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第八話 緑目狩りのアジト

 この街は恐らく、何人もの職人や建築家達が魂を注ぎ込んで造られた所なのだろう。


 街の象徴である噴水の中央で天使像は自らの主に祈りを捧げ、おもちゃの兵隊のように規則正しく並ぶ家々はどれも立派な屋敷で、おまけに夜を照らす街灯もくるくるとした華美な装飾付き。そして、無数の家と家の間の路地から蜘蛛の巣のように更に分かれ道が伸びている。

 こんな迷宮のような街だから、アジトどころかイリス達はどこにいるのかさえも一瞬でわからなくなってしまった。


「あー、うぜえ。ああいう人間はホント虫唾が走る。どうしよう、皆殺しにしちゃおっかな」


 右往左往する二人の近く、洋館の屋根の上で、一人呟く影に気づくこともなく。





 同じ頃。


 気味の悪い夢にラルバが目を覚ますと、薄汚い小部屋に数人の《ゲムマ族》と共に閉じ込められていた。衣の擦れる音すら聞こえぬ部屋を、唯一の光であるランプの火が心細く灯している。


 ここ、どこだっけ。てかオレはなんで閉じ込められているんだ?


 手足の自由が利かない。どうやら縄をかけられているようだった。


「なあなあ、ここどこ?」


 芋虫のように這いずって近くの中年の男に話しかけたところ、一瞥だけされて無視された。

 は? いきなり無視とか感じ悪すぎだろ、と男の顔を覗き込んで凍りつく。

 彼の美しいはずの瞳は完全に光を失ってしまっていたのだ。生気が抜け落ち、微かな吐息でもなければ屍にしか見えなかった。

 逃げるように男から離れると、今度は隅にうずくまる青年の側に這っていった。彼の瞳もまた光を失い、全身を強張らせて何かにひどく怯えているようだった。


「なんか皆死んでるみたいで怖いんだけど。どうしたの?」

「……君はこの状況がわからないのかい」

「わかるわけねーだろ? オレ今起きたんだぜ?! それに記憶が」


 ガン、と扉の向こうから響いた音に怯む。


「うるっせえぞガキが!!」


 ────ガキ?


「オレはガキじゃ……!」

「抵抗しない方がいい。俺達が死ぬと瞳の魔力は数分で消えてしまうんだが、逆に言えば死ななければ完全に消えることはないんだ。禁忌を犯さない限りはね」

「……何が言いたいんだよ」

「奴らの目的は目だけだ。つまり身体はどんなに傷ついても構わない。死ななければ」


 ふいにランプの火が揺れ、青年の身体中の化膿した醜い傷が露わとなった。よく見れば中年の男も含め皆どこかに虐待の跡があったのだ。


「……!」

「俺達は怯えながら、見知らぬ場所に送られて目玉を取られるのを待ってるしかないんだ」


 そう、ここは緑目狩りのアジト。罪なき《ゲムマ族》の牢獄。

 とんでもない所に来てしまった事に今更気づいた。そして気づいたなら、道は一つだ。


「逃げねーの?」

「無理だよ、そんなの……」

「へへ、それはどうかな」


 きつく巻かれた縄。だが、彼にしてみれば全然甘い。これならオルミカが巻いた方がまだマシだ。怪力を使うまでもない。

 ラルバが手首を器用に動かしていくと、縄は勝手に緩んで解けていく。手が自由になった彼は足の縄もすぐ解いてみせた。


『何度言われてもわかんないのかいこの子は!!』


 そんな台詞が蘇る。

 幾度となく物を盗み、たちの悪い悪戯をしてきた彼はとうとうお仕置きとして手首を縛られるようになった。この縄抜けはその経験で自然と身についた技だ。


 でも、まさかまたおふくろに助けられるなんて……


 郷愁にも似た、切なく懐かしい感情に囚われるが「もう叱られないから死んでくれてよかったんだ」とすぐに打ち消した。


「逃げるなら縄を解いてやるけど、どうする?」


 爽やかな笑みで青年に尋ねる。

 お礼に何をせびろうかなー、と実は心の内で良からぬ事を考えていたのだが……


「……いや、気持ちは嬉しいが断るよ。もし見つかったりしたら」


 青年が頭を抱え、瞳は恐怖に見開かれる。「恐ろしくて、考えたくもない」


「考えなきゃいいじゃん。そのときはそのときだし、後先なんて気にすんなって」

「嫌だ! 俺には無理だ……!」


 呆れた。


 彼は完全に怖気づいているし、他の連中に至ってはてんで話にならない。目玉が取られるより他に怖い仕打ちなんてあるものか。


「はぁ。じゃあ好きにしろよ。オレは行くから」


 もしかしたら彼らはかつて逃げようとした仲間を、そしてその末路をその目で見てしまったのかもしれない。

 だが、知ったことではない。お礼がなければ助ける理由もないし、このまま緑目狩りの鬱憤の捌け口にされるのもごめんだ。さっさと扉の取っ手を握った。


「外から鍵がかかってるよ」

「あぁ? んなもん、こうしてやる」


 ラルバが拳を扉に叩きつけると、爆発音と共に扉が倒れて埃が砂塵のように舞い上がった。

 扉の下の呻き声を無視して、ラルバは扉を踏み越え悠々と脱走する────つもりだったのだが。


「あれ、イデアさんは? ルークの奴は大丈夫だったのか?」


 ルークはまだいいとして、イデアさんは美人だからもしかしたら……


 考えれば考える程嫌な想像が膨らんでいき、堪らなくなって走り出す。

 ランプに照らされた狭い通路に足音がこだましていく。アジト内の緑目狩り達は皆その足音のする方を凝視していた。




 たまに出くわす緑目狩りを殴り倒しながら通路の扉を見つけ次第に破壊していると、それは急に視界に飛び込んできた。


「!!」


 青みがかった緑の瞳に警戒を宿した強い眼差し。


 さるぐつわを噛まされて、やはり手足を縛られたルークがそこにいた。


 入ってきた人間がラルバとわかると、彼は安心したように目を伏せる。そこそこかっこいい部類に入るであろうその顔が少し腫れあがっていた。

 だが……それ以上に気になることがある。


「おい、昔縄抜け教えてやっただろ。忘れたのかよ」


 毒づきながらも縄を解いて、さるぐつわも外してやった。


 ルークが五歳になった頃の話だが、盗んで茂みに隠した指輪をそのまま紛失してしまったラルバは木の幹に縛り付けられる羽目になってしまった。

 その光景をルークがあまりにもびっくりしたように見ていたので、目の前で今までの縄抜けを応用して脱出してみせたのだ。その時にやり方も教えたはずだった。


「……隙を窺ってたんだよ! 決して忘れたわけじゃないんだからな」


 さるぐつわが外れた途端ぺらぺらと不機嫌そうに喋りだす。この分だと心配はなさそうだ。


「へー、かなりボコられたみたいだけど抵抗しなかったのか?」

「我慢って大事だよ。敵の目の前で縄抜けしても意味ないじゃないか。それより、君の方は大丈夫かい? 頭を殴られてたけど」

「……そうだっけ? 全く覚えてねーや」


 だが、何気なく頭に触った手を見ると渇いた血の塊がついていた。


「うおぉ、なんかついてる」


 慌てて払い落として「そういえばさ」とあの事について切り出した。その語調の変化に気づいたルークの表情も引き締まる。


「イデアさんどこか知ってる? まだ見つかんねえんだ」

「見た。きっとまだ親分の部屋だ」

「……えっマジ!? 連れてけ! 今すぐ!! 早く!!!」


 あのデブに何かされないかオレは心配してんのに、コイツは「見た」なんて何呑気に言ってんだ! 見たんならそのとき助けろってーの!!


「ちょ、まっ、お、落ち着けっ……! わかったから、でかい声出さないで!」


 ルークは揺さぶるラルバの手を強引に振り切った。


「僕だって助けられるものなら助けたかったよ。でも、縛られてたから一方的にやられるしかなかったんだよ! で、好きなだけ殴ったら僕をこの個室に捨てたんだ……後で仕返しの仕返しをしてやる」

「仕返しの仕返し?」

「ああ。ニレで最初に会ったときは僕が懲らしめただろ? それでプライドが傷ついたとかなんとかって因縁つけられてさ。頭も何度も踏みつけられたよ。こう、げしげしと」


 苦い表情を浮かべたルークは何度も地団駄を踏むような仕草をする。ラルバが言えたことではないが、随分器の小さそうな奴だ。


「イデアさんそのときは無事だったよ。でも……」


 彼はその先をなかなか言おうとはしなかった。


「そこで止めんなよ。でもってどうしたんだよ!?」

「……ラルバ。君はでかい声を出しすぎだ!」

「は?」

「聞こえないのか!? よく耳を澄ませてごらんよ!」


 言われるがままに耳を澄ま────さずともわかった。


「あの怪力野郎どこだ! 捕まえたらすぐ奴隷送りにしてやる!」

「あっちから声が聞こえるぞ。ここら辺は一本道だし、部屋に隠れてなきゃこの先だ!」

「部屋に隠れてたら、そこにいた奴ら全員鞭打ちにしてやりましょう」

「鞭打ちじゃ足りねえ。指の爪を全部剥いでそれから……」


 身の毛もよだつ会話と大勢で廊下を走ってくる音が。このままだと二人とも捕まってしまう。


「ど……どっかに隠れようぜ!」

「部屋に隠れられる場所はないよ。それに、聞こえただろ。他人を巻き込むわけにいかない」

「だったらどうすんだよ! とりあえず先進むか?」


 奴隷は嫌だ。目を取られるのも嫌だ。結果、全部嫌だ!!


 足がルークを犠牲にしてでも逃げろと言わんばかりに勝手に動こうとする。だが、至ってルークは冷静だ。何故なんだろう、こんな状況だというのに。


「ラルバ。君は先に行ってイデアさんを助けてやってくれ」


 わかった、と頷こうとしてやめた。


「おい待て。それじゃルークは?」

「僕はここで足止めをするよ。大丈夫さ、あいつら雑魚だから今度は負けはしない」

「……捕まるなよ?」

「もちろん。ラルバも人間一人だったら一瞬で勝てるだろ? さっき一人で逃げたことをここで挽回するんだ」


 今度こそラルバは頷いた。と、同時に部屋を飛び出す。親分がいるとするなら大体最奥部だろう。一本道だ、絶対迷わない。


 振り向くとルークも部屋から出てきて剣の柄を握り、既に戦闘態勢に入っている。

 それは恐れを見せない、孤高の勇者のような気高い姿だった。

 もし自分がルークのようであったなら……そんな思考を強制的に脳が遮断する。

 今はイデアが先だ。そんなこと考えても仕方がない。


 全てが消えてなくなった後、何故だかイデアが温かな光のように見えるようになった。そしてジルエットがもたらした魔女という名の一筋の希望。その二つが災厄によってがらんどうになった彼の心を新たに満たしたのだ。


 疲れは感じなかった。空を飛ぶように薄暗い廊下を駆け抜け、やがて見えた最後の扉へ身を投げる。


「イデアさんっ!」


 飛び込んだのは、じわじわと部屋の隅のイデアに詰め寄る親分の姿。


 今までとは全く異なる広々とした部屋だった。古めかしい机に、床に溢れる程金貨が詰まった大量の袋。机上の燭台が落ち着きそうな雰囲気を醸し出しているが、部屋にいるのはそれに不相応な汚らしい男と震える美女。

 振り向いた親分は一瞬細い目を丸くして……ニヤァッと不気味に笑った。


「ふん、なんだと思ったらさっきの小僧か。わざわざ助けに来たのかぁ?」

「ラルバ君、来ちゃ駄目! この人、危険な感じがするの……!」


 イデアは他の者とは違い、壁の鎖と首輪で繋がれている。瞳を涙で濡らして懸命に首を振っていたが、ラルバは余裕の笑みで返した。たかがデブ一人、一発殴り飛ばすだけと思っていたから怖くはなかった。


「まあいい。もう一度俺様に逆らうとどうなるか見せつけてから、最後にたっぷり遊んでやるよ。この生意気な小僧の目の前でなぁっ!!」


 叫ぶなり親分はナイフを取り出し、ラルバ目がけて突進してきた。ラルバも負けじと拳を握りしめて飛びかかる。


 刹那、鮮血が迸った。


「ラルバ君……!」

「う、うっそぉ……」


 力なく呟き、遅れてきた右腕の鋭い痛みに思わず呻いた。見ると肘の下から手首にかけて深い切り傷ができ、血が滴り落ちていた。


「ククク、オメェの怪力はやっぱり目の魔力によるものだったんだな。最初からおかしいと思ってたんだよ」


 ラルバは傷口を押さえながら睨みつける。

 何故? たしかに拳は命中した。なのに、普通なら吹っ飛ぶはずなのに微動だにしない。


「ぐうっ……オレを、なめんなよっ!!」


 今度は腹に拳を叩き入れたが、親分の腹の肉が揺れる以外変化はなかった。


「な、なんで? くそ、このこのこのこのこの!!!」


 やけになって流血もそのままに打撃を繰り返すもやはり同じ。

 息を切らし、ふらつくラルバに親分は勝ち誇ったように立ちはだかる。


「なんだ、もう終わりかぁ? じゃ、今度はこっちの番といこうか?」

「うおあぁっ!」


 ナイフが空を穿つ。身体を反らすのが遅れていれば顔面に穴が開いていただろう。が、それで終わるはずもなくまた次の攻撃。かわしてもかわしても止まぬ追撃の雨。

 右へ左へ身体を翻らせながら、ラルバの心は再び恐怖を思い出す。


 ルークの嘘つきが! なーにが「簡単に勝てる」だ! どうしようヤバいヤバいヤバい────


 汗で張り付いた前髪をかき上げる。息はとっくに上がり、かわすのもやっとだった。

 もう、イデアを捨てて逃げてもいいのではないか。そんな暗い考えが頭をよぎる。


 いいじゃん、自分の身を守るので精いっぱいだったんだよ。オレは悪くねえ。オレにイデアさんを託したルークが悪いんだ……


 防衛本能か、その思いが彼の全てを支配しようとした瞬間。


「ラルバ君、こっち!」


 イデアの声が彼を我に返らせた。と、後ずさろうとして机にぶつかる。目の前には奇妙な光を放つ親分の瞳。後ろには机と燭台。親分が来る。迷う暇などなかった。とっさに燭台を手に取り、親分のナイフをかわして回り込む。そして親分が振り向くその前に、それを振りかぶった。


 ぎゃっという声と手に伝わる鈍い感触。蝋燭は折れ、辺りは薄暗くなり、イデアが小さく悲鳴をあげた。


 どうやら奴、動きは鈍いみたいだ。でなければ、部屋中駆け回って疲れているラルバはとっくに血まみれになっているはず。その事実に気づいて思わず頬が緩んだ。


 やいデブ。いいモンばっか食ってるからだよ、バーカバーカ!


 少し落ち着きを取り戻して、親分が怯んだ隙にイデアの元へダッシュする。


「大丈夫スか? イデアさん!」


 急いで彼女をこの場に縛る鎖を引きちぎろうとしたものの。


「あれ、おかしいな。こんなもんっ…………!! あれ?」


 これくらい楽勝のはずなのに何故か切れない。親分と対峙したときから何かがおかしい。


「ちょっと待って、ラルバ君が力を発揮できないのには秘密があるの。私に任せて……」


 気のせいだろうか。頼もしいはずのその台詞が少し弱々しく聞こえた。が、彼女は心配そうに見つめるラルバを庇うように、なんとか立ち上がる。鎖が伸び切り、これ以上の前進は自分の首を絞めることになる。その数歩先には赤く目を光らせる親分。

 イデアの目が一際強く輝きだした。そして、光のカーテンが現れて彼女とラルバを包み込む。


「貴方、その力を使えば私達なんて敵じゃないと思ってたんでしょうけど……私相手にはそうはいかないわよ……!!」

もしかしたら、ちょこっとだけ変更を加えるかもしれません。変更後を知らなくても影響がない程度に。

なので、違和感やツッコみなどがございましたら教えていただけるとありがたいです。

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