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第六話 緑目狩り達との戦い

ここから二章中盤に入ります。ここでなんとなーくこの章の主人公が明らかになる気がします。

 さっきから、フォルテの挙動がおかしい。


 昨日までは最後尾だった彼がいつの間にイリスの隣にいて、しかも心なしかそわそわと落ち着きがないのだ。当の本人はいつもの仏頂面だが……

 それに先頭のイデアはもっと変だ。ラルバが話しかけても上の空な返事しかしないし、歩く足が異様に早い。それをラルバが歩調を合わせているような感じ。


「……フォルテ?」

「ただ、前だけを見て歩いていてください」

「え?」


 意図が読めずにイリスが聞き返すと、彼は聞こえるか聞こえないかの声でこう囁いた。


「背後に何者かがいる気配がします。しかも複数」


 え、嘘? 振り返ろうとすると、ルークに止められた。


「わ、私達と同じ旅人じゃないんですか?」

「物音が聞こえません。複数なら声や足音がしててもいいはずなのにそれが全くないということは、意図的に音を立てないようにしているということ。普通の旅人ならそんなことしませんよ」


 フォルテはもちろん、お姉様もルークさんも気づいていたんだ。逆に、気づいてなかったのは私だけ? ラルバさんはどうなんだろう?


 どうか、ラルバが気づいていませんようにと願う。

 自分勝手だが、ラルバまで気づいていたなら自分がもっと恥ずかしくなるからだ。何が「自分も気をつけなければ」だ。全部フォルテに任せっきりじゃないか。イリスはもっと自分が嫌いになる。


 本当に私が神の生まれ変わり? そんな馬鹿な……。


 下を向いて溜め息をついたとき、ふいに白い何かを被せられる。

 ニレで買ったフード付きの白いボレロを、着たのはいいが被るのを忘れていた。顔を隠すためのものだったのに……本当に馬鹿だ。


「いいですか、目を絶対見られてはいけませんよ? そのフードで隠していてください」


「絶対フードを取らないでくださいね?」とルークがあまりにも念を押すから、イリスもフードを自分で更に深く被って頷くしかなかった。と、その直後。


 暇を持て余したラルバが、急にこちらを振り返ってきたのだ。


「ルーク、何イリスと絡んで────」


 ラルバが真顔になったとき、ルークとイリスとそれからラルバの視線の向こうにいるであろう人物が「あ」と同時に声をあげた。二名はしまったという風に、もう一名は驚きを隠せない様子で、一瞬全ての時間が止まった。


「……あいつ、緑目だ!」

「ほう、神の生まれ変わり以外にも緑目がいたとはな。よし、ひっ捕らえよう!」

「…………走れっ!!」


 気づかれた以上仕方がない。ルークが土を蹴り声を張り上げた。


「失礼します」とフォルテの手が伸びたかと思うと、ふわりとイリスは宙に浮きあがる。フォルテが体力のない彼女を抱き上げてくれたのだ。

 向こうを見れば、ガラの悪い男が数人。


 間違いない。緑目狩りだ。しかも本当の目的は、神の生まれ変わりらしい。何故この中にいるとわかったのだろう……?


 四人はただ走る。高原の景色が激流の如く流れていく。少しでも速度を緩めれば────襲われる。


「何、あいつら何なの?」

「緑目狩りだよ! それよりなんでこっち見たんだ馬鹿!!」

「話しかけただけで、なんで責められなきゃいけねーんだよ!?」

「だってあと少しでやり過ごせたかもしれないのに────」

「知るか! 逃げ切ればいいだけだろ逃げ切れば!」


 オレをなめんなよ、とラルバはルークやフォルテを追い抜いて独走を始めた。

 が、追い抜かれた瞬間イリスが見たものは、軽い言動とは真逆で顔面蒼白、冷や汗をだらだら流した必死の形相そのものだった。

 目玉を奪われる、奴隷として売られる……ただでさえ少しヘタレというか、臆病な彼が怯えるのも仕方のないことだ。


 だが、ラルバは最近良い雰囲気だったイデアも置いて行ってしまったようだった。


「ねえ、フォルテ……ちょっと、疲れたから足止め……あ、無理、か……」


 イデアの息は大分上がってきているようだが、あいにくフォルテは両手が塞がっている。緑目狩りの魔の手がそこまで迫っていた。


「あの野郎ぉ……ったく!」


 仕方なしにとルークが立ち止まって素早く男達に人差し指を突き出した。

 すると一人の男の足元から僅かに黒煙が立ち上り、間もなく靴がポンと音を立てて発火した。


「うわっなんだなんだ!?」


 火が控えめなのはまた火だるまにしないための気遣いだろう。

 男達があたふたしている間に、ルークはイデアに手を差し伸べる。


「イデアさん、一緒に」

「ええ、ありがとう」


 イデアの手を引いてルークはまた走り出す。だが、フォルテは二人にはお構いなしなので彼らの間には距離ができてしまっている。そして独走を続けるラルバは────


 立ち止まっていた。いや違う、阻まれているのだ。コーラムバインは目と鼻の先なのに、これまた男達がいて進むことができないのだ。

 男が一歩進んだ。ラルバが一歩後ずさった……かと思いきや回れ右。


「こっちにもなんかいるんですけどおおおおぉぉぉぁぁあああぁ────っ!!!!」


 なんと喚きながらそのまま戻ってきたのだ。しかも後ろに男達をぞろぞろと引き連れつつ。


 ラルバを先頭にむさくるしい野郎共が近づいてくる────!


 さすがのフォルテも面食らう。イリスも思わず彼にしがみついた。


「こ……こっちに来るな!!」


 フォルテまで取り乱して引き返そうとするも、そこにはイデアやルークとまた別の奴ら。


 こちらは五人に対してあちらは合計してその四倍以上にもなるだろう。結果的に……囲まれてしまった。


「部下共を総出させた甲斐があったぜ。まさかこんなに収穫があるとはなぁ」


 親分と思わしき小太りの男が懐から銀色のナイフをちらつかせつつ、意地の悪い顔で笑う。部下達もつられたように汚い笑い声を上げた。

 無意識のうちに、四人は背中合わせになるように寄り添っていた。イリスもしがみつく力を強めたが、それでも紺の外套だのごつい手袋だのと完全防備のフォルテの体温は感じられやしない。


「あ……お前、どこかで見たことあると思ったら」


 ルークが肩で大きく息をしながら言った。


「この間、ニレの自警団に渡した奴……」

「あんなとこ一瞬で脱走したよ。今頃騒ぎになってるだろうなぁ、見張りと門番を殺してきたから」


 ゲハハ、と小太りの男が笑う。

 たしか《ゲムマ族》の女性を助けるときにルークが投げ飛ばし、そこから更に蹴り上げた奴だ。


 ひどい、と思った。それ以外に言いようがなかった。

 自分の利益しか考えてない。そのためなら他人の命を奪うことも躊躇わない。そんなどうしようもなく傲慢で、残忍極まりない奴ら。


「てめえ……人の命をなんだと思ってやがるんだ……」


 ルークが普段とは想像もつかないくらいに声を荒げる。煮えたぎる火山の火口から響いてきたような声。


「ハァ? んなもん俺はどうでもいいんだよ。なぁ、坊主」


 親分がラルバを見た。


「なんでオレに……」

「さっきお友達を捨てて自分だけ逃げようとしただろ?」

「……っ!」


 怯え半分、面倒半分な顔つきが一変した。何か言おうとした口からは微かな息だけが漏れた。軽口どころか、まともに口を利くことさえできないように見えた。それほど、ラルバの瞳は泳いでいる────怯えではない。そこにあるのは動揺だ。


 親分が更に追い打ちをかけようとした、その刹那。


 軽い音が鳴り響いた。


 親分は頬を抑えて後ずさり、バランスを崩しかけたところを部下に支えられる。


「これ以上、彼を好き勝手言わないで頂戴!」

「お姉様……」


 親分の前には目を吊り上がらせ、凛と見据えるイデアがいた。彼女が耐え切れず、平手打ちをかましたのだ。

 なのに親分は黄色い歯を見せてニヤニヤしている。


「ほーう? 女神様の生まれ変わりというのは随分と勇敢なお方ですなあ」

「……えっ?」


 耳を疑う発言に皆が一瞬戸惑った、その隙をつかれた。


「きゃぁっ!?」


 親分が素早く彼女を捕え、首にナイフを突きつける。


「見ろ、貴様らの女神を捕まえてやったぞ! 傷つけたくなけりゃ大人しく来るんだな!!」

「しまった、イデアさん……!」

「お姉様を放してください! 神の生まれ変わりは────」


 私です!


 そう言いたかったのに、すんでのところでルークに口を塞がれる。


「なんだおめえ、女神の妹かあ? 偉そうにお姫様抱っこなんかされやがって……」


 イデアを拉致したまま、親分がにじり寄ってくる。部下達とイリス達の距離も段々狭まってきた。

 見るとイデアは何かを伝えようとしているかのように、必死に何度も口を動かしている。

 イリスはそれが何を意味しているのか見当もつかなかったが、ルークとフォルテはその無言のメッセージに気づいたようだった。お互いに顔を見合わせ、頷く。


「ラルバにも協力してもらわなきゃな……って、ラルバ!!」


 ルークが見る先には、一人の部下に捕らえられているラルバの姿があった。頭を垂れ、抵抗する気配も見せない。


「なっ、なんでラルバさんまで?!」

「だ……だってだって、さっき傷つけたくなけりゃ大人しく来いって言ってたじゃねーか!」


 諦めきったようにラルバが言った。先程親分に指摘されたことが、どこかに深く刺さったようなのだ。


「それで、大人しく捕まったところでどうすんだよ!!」

「そんなの後で考えりゃ……」

「良くない! 役立たずだなあもうっ……!」


 ルークのその言葉が、ラルバのプライドに火をつけた。


「……あ? 誰が役立たず?」


 ラルバが頭を上げるといきなり部下の手を振りほどき、振り向きざまに顔面パンチを叩きこんだ。


 ラルバの一発を喰らった部下は鼻血を噴出しながら蒼穹の彼方へ消えていく────そこにいた者は唖然と空を仰ぐ。


「オレだってやればできるんだよ! めんどいからやらないだけだっ!!」


 イリスとイデアはまだぽかんとしているが、ルークは「よし来た」と言わんばかりに自らも剣を抜き、更に挑発。


「一人倒しただけで何を偉そうに。僕は十人はいけるね」

「はぁ? クソ生意気なガキだな。オレは百人……」

「ほら来るよ! あと僕はガキじゃないっ!!」


 彼らの前には不格好な武器を手に猛進するだけの部下共。

 それをルークが剣で草を刈るかの如く斬り倒しながら言う。それに放り投げ、アッパー、金的蹴りと技を決めながらラルバが応える。


「オレよりはガキだバーカ!」


 ルークの一振りで敵は薙ぎ払われていく。ラルバの左拳でまた一人大空に飛んでいく。数分のうちに部下の数は激減し、視界が開けてきたラルバがある事に気づいた。


「あれ? ……あんの野郎、勝手に逃げやがったぁああ!!!」


 ルークから笑みがこぼれる。


 包囲網を崩すためにルークとラルバがひと暴れし、場が乱れたところでどさくさに紛れてフォルテがイリスと共に逃げる。イリス────本物の神の生まれ変わりを守るために、イデアが読唇術で伝えていたことだ。

 だが、ラルバはもう一つ大事な事にも気づいていた。


「てか、イデアさんもいねーし!!」

「嘘っ!?」


 ルークの笑みが消え失せた。

 勝ち目がないと判断した親分は部下達を置いて、やはりどさくさに紛れてイデアを連れて逃げてしまったのだ。

 だが、まだ目の前には部下が残っている。追いかけてくるのも厄介だからここで片づけておいた方がいい。

 ルークが動けぬよう、敵の脚を狙って攻撃し始めた。ラルバも出来る限り攻撃の手を早めている。ラルバにしては珍しい真剣そのもので、二人とも無言で敵を倒し続けた。


 ほどなくして高原が朱に染まりきり、倒れた部下達でいっぱいになった頃。


「……お、終わった……か」


 ラルバが荒い息遣いで呟く。疲れの色で満ちているが妙に清々しい表情だ。そして、何を思ったか倒れた部下の背中の上に片足を乗せたかと思うと唐突に、


「オレ最強!!」


 嬉しそうに叫んだ。もちろん、ポーズもしっかり決めて。


「とりあえずフォルテさん達も呼んで、早くイデアさんを捜さないと────」


 ルークが呆れ顔でラルバの方を見て、言葉を止めた。


「どうした? どこ見てんの?」

「ラ……ラルバ!! まだ終わっちゃあいない! 後ろを向け!!」

「は? オレを脅そうとしたって無駄……」


 ラルバがのろのろ振り向くと────鼻が潰れて変形し、口から血を流した男が石を振りかざしていた。


 部下達は死んでいるわけではない。気絶か動けなくなっているだけだ。ラルバはともかくとして、ルークは急所を敢えて外していた。故に、いつ目覚めても不思議ではなかったのだ。


 ラルバの三白眼が大きく見開かれる。

 ルークの助けも間に合わなかった。


「ラルバァァァ────ッ!!」


 ルークの悲鳴と、鈍い音が重なり合った。

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