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第五話 二人の悪夢

 あの三人組は町の薬師に渡した。イデアの手当はあくまで応急処置だからちゃんとした治療が必要、ということでの判断だ。


「完治した後の処置は町の自警団が決めるって。ま、多分牢獄送りだろうけど」


 ルークは満足げな顔だ。


「ルークさん。あの人達って……」

「緑目狩りよ」


 ルークの代わりにイデアが答えた。


「お姉様、知ってるんですか?」

「ええ。少しは」

「なら教えてください! 緑目狩りはなぜ《ゲムマ族》ばかりを狙うんですか? 何が目的なんですか?」

「気になるのはわかるけど、落ち着きなさい? 歩きながら教えるから」




 昼過ぎの賑やかなニレの市場を歩きながら、だがその賑わいとはそぐわぬ表情でイデアは説明する。


「緑目狩りの目的はね……私達の目よ」

「目、ですか?」

「そう。私達の瞳が緑色なのは、そこに女神ハルモニアから賜った魔力が宿っているから……だから誘拐してその目玉を奪い取ってしまうの」

「うげえ。目玉なんて取ってどうすんだよ……」

「もちろん、売るんだよ。なにしろ金になるからな!」


 引き気味のラルバにルークは言い切った。抑えきれなかった怒りを言葉の節々に滲ませて。


「そう。それ自体が力を宿しているから呪いや黒魔術にうってつけの呪術品らしいわ。だからそういう事を行う人達に高額で売れるの。あと、能力によっては奴隷としてそのまま売ることもあるとか……」

「えーっと、つまり……オレ達はモノ扱い?」

「残念だけど、そういうこと。まあ、そう考える人は本当にごく一部だけどね」

「……って黒魔術って何? ルークとかフォルテが使ってたあれ?」


 ラルバが言いたいのは、ルークが火を出したりフォルテが砂や岩を操ったりしていたことだろう。それなら少しはイリスもわかる。


「ラルバさん、あれは────」

「魔法と黒魔術なんかを一緒にしてほしくはないね!」


 言いかけたイリスを遮ってルークが声を上げた。


「魔法は自らの精神力で自然を操ること、黒魔術にも色々あるけど……悪魔を呼び出して相手に害を与える魔術が代表的かしら?」

「えーと、魔法は頑張れば誰でも習得できるんでした……っけ?」


 うろ覚えの知識だったがイデアは「そうよ」とイリスを褒めてくれ、ラルバは「へええ」と感嘆の声を漏らす。

 なんだか心がくすぐったいような変な感じだ。褒められたときや認められたとき、決まってそんな風になる。


「じゃあオレも頑張れば火出したり岩壁作ったりできるってこと?!」

「ラルバがそこまで頑張れたら、の話だけどね。しかも魔法は個人差があるし、なによりいっぺんに習得はできないよ」

「え? そうなの?」

「そう。基本的に四元素である火、水、風、地のどれか一つしか操れないの。しかも、どれを操れるかは本人もわからない。実は光や闇を操る魔法もあるんだけど……これは選ばれた人しか使えないわね」


 火はルーク。地はフォルテ。風は察する限りジルエット。水を操る人間はまだ知らない。

 そしてごく稀に光と闇を操る人間がいるらしいけど、もしかして光を操れるのは私だったりして────と思ったがすぐに撤回した。


 魔法を使う人間にも適正がある。数日で習得できる人もいれば何年、何ヶ月もかけないと習得できない人もいる。イリスは後者の方で、どれだけ訓練しても習得する気配は全くなかった。つまり、魔法には向いていないということだ。そんな自分がまさか貴重な光の魔法を操れるわけがない。


「イデアさん、なんでそんな詳しいんスか……」

「あ、僕もそれ思いました。魔法の属性に光と闇が存在するなんて知りませんでしたから」

「村で色々と調べてたの。呪いとか、魔法とかね。緑目狩りや薬草も少し関連していたから、一緒に詳しくなっちゃって」

「なんかイデアさんが一番魔女みたいッスよ」

「言われてみれば、そうかもね」


 ラルバが冗談っぽく言うとくすくすとおかしそうにイデアが笑った。




 イデアの話を聞きながら水を買った一行は、再びニレを出た。

 こちら側の門番は反対側と違って張りつめた表情をしている。きっと緑目狩りみたいな輩がいるから、ニレの町は自警団や門などの防衛機能が発達しているのだ。


「ここに馬車があったらもっと町を行き来しやすくなるのに。ニレの人は自分の町で満足しすぎなんだよ。だからいつまで経っても市場と防衛しか発展しないんだ」


 首都ブバリアとコーラムバインを結ぶ道は馬車もよく走るが、ここら辺は得体の知れない馬車が南の方へ走っているくらい……らしい。

 ルークはこんな調子でずっと愚痴をこぼしている。そしてラルバはそれに適当に相づちを打つ。イリスとイデアは他愛もないことを駄弁り、フォルテは最後尾で空気に徹している。


 話しながら歩けば、案外足の痛みも時間の流れも感じないもので、気づいた頃には辺りは暗くなり始めていた。夜の行動は危険なので、その日は野宿することにしたのだが────


「えー、こんなとこで寝んの? 絶対土とかで汚れるだろ」


 今まで比較的大人しかったラルバの我が儘は、ここで発動した。


「いいじゃないですか。満天の星空の下で眠るなんて、素敵ですよ! 一度やってみたかったんです!!」


 イリスのロマンチストも。


 実際、今夜は夜空で宝石箱をひっくり返したかのように大小色とりどりの星達が瞬き、ぼうっと何かが帯状に光っている。イデアによると天の川というそうだ。そしてその中心に浮かぶは、一際神々しく輝く三日月。絶好の野宿日和ではないか。


「……ラルバ。旅に野宿はつきものだよ。服が汚れるのが嫌ならマントにくるまればいいじゃないか」


 集めておいた薪を手際よくくべながらルークが言った。


「嫌だ。今度はマントが汚れるじゃん。地味に気に入ってんのに」

「諦めな。そのうち汚れがどうとか言ってられなくなるよ」

「んな事言われたって……あ」


 文句を垂れていたラルバは突然口を閉ざし、近くの木を注視する。


「木の上で寝ればいいじゃん」


 するすると器用に木のてっぺんまで登っていった彼は「こことかいいんじゃね?!」と輪郭の滲んだ手を嬉しそうに振っている。


 やっぱり外に出た方が気分転換になるみたい。元気そうでなによりだ。


 イリスは小さく手を振り返しながらそう思った。


「ま、まあ僕は止めないけど……。ところで、最初の見張りは誰にしましょうか?」


 ルークが薪に魔法で火をつけると、パチパチと暖かい橙色の光が夜に沈むイリス達の姿を照らし出した。


「見張りですか?」

「はい。夜は危険なので交代で見張りをするんです。何かあってもすぐ全員を起こせるように」

「……見張りならおれがする」


 一日中沈黙を貫き通していたフォルテが、ついに口を開いた。


「じゃあ最初はフォルテさんってことで、次は……」

「次は必要ない。おれ一人で十分だ」


 え?


 イリスがフォルテを見た。ルークも、イデアも、ラルバでさえも彼に視線を送った。

 実にさらっと言ったが、それでは彼が徹夜することになってしまうではないか。


「フォルテ……本当に大丈夫なの?」

「眠ろうと思えばできなくもないが、別に徹夜でも平気だ」

「お前それ言ったからな? それで寝てたら後ろからぶん殴るからな?」

「殴りたきゃ殴ればいい。おれにその隙があればな」


 ラルバの挑戦的な台詞にもフォルテは淡々と返す。


「そこまで言うなら……」とルークは認めたが、イリスはやはり心配だった。

 人も動物も寝るときは寝るものだ。身体を休める時間がなければ、死んでしまう。


「フォルテ。無理をすると身体に悪いですよ?」

「お気遣い感謝します。ですがイリス様は何もお気になさらず、ゆっくりお休みになってください」




 あまりにも頑固なので見張りは彼に任せることになったのだが、イリスは疲れが溜まっていたのか、ベッド代わりの草むらに横になると一瞬で眠りに落ちてしまった。夜遅く、大きな物音で目が覚めかけたが結局起きることもなかった。


 夜明け頃、イリスが目を覚ましたときもフォルテはやっぱり起きていた。

 しかも彼がイリスに気づくと「お早うございます、イリス様。昨晩はよほどお疲れだったようで」だなんていつもと変わらぬ調子で言ってきたのだ。


 疲れというものを知らないのだろうか、とすごいを通り越して少し呆れる。口には出さないけど……


「おはようございます。昨夜物音がした気がするんですが、どうかしたんですか?」

「ああ、やはり聞こえていましたか……奴の仕業です」


「……よう」という不機嫌な声の先に、目の下に隈を作ったラルバがいた。もちろん、木の下に。


「夢で崖から突き落とされたと思ったらこれだよ。八つ当たりにフォルテを殴ろうとしたら、マジで一晩中起きてやがったし。最悪」

「あらら……どこか打ってませんか?」

「多分、平気」


 ついでに、悪夢を見たのは彼だけではなかった。


「……ラルバ」


 ルークがふいにむくりと起き上がり、寝ぼけ眼できょろきょろラルバの姿を探している。そして目が合ったその瞬間。


「ラルバ────────ッ!!!!」

「っ!?」


 平静さを失ったルークが、いきなりラルバに尋常じゃない速さで突っ走ってきたのだ。勢いそのままにラルバを思い切り押し倒す。


「なんで? なんでお前が死んでんだよっ!? 嘘だ、嘘に決まってる……!!」


 ルークがラルバの胸倉を掴んで涙ながらに叫んでいるが────


「……お前何言ってんの?」

「ん? あ、あれ?」


 ラルバの一言で我に返った彼は申し訳なさそうにその手を離す。


「……ごめん。僕はどうやら寝ぼけてたみたいだ」

「ルークさんも悪い夢を見たんですか……?」


 ルークは無言で頷いてイリスを振り返った。


「ラルバが、死んだ夢を見た。血まみれで」

「えっ」


 ラルバとイリスが同時に声を上げ、イデアもルークの言葉に反応して目を開けた。

 ルークの能力は予知夢。もしそれが予知夢だった場合────


 沈黙に包まれた五人の間を、朝の肌寒い風がすり抜けていく。


「……くくっ」


 え。今度はルークが言う番だった。


「うひゃひゃひゃひゃ、なんだと思ったら夢かよ! ひゃひゃひゃ」

「なっ……!? 僕は君の心配を」

「大体お前さぁ、ただの夢と予知夢の区別ついてんの?」

「そりゃあ、なんとなくわかるよ!」

「なんとなくって! お前!」


 狼狽するルークと対照的に、ラルバはまたけらけら笑い飛ばす。


「で、でもそういえば、ラルバさん夢で崖から突き落とされたって言っていましたよね!? 何か関係があるんじゃ?」

「その可能性は低いと思う」


 ここでイデアの横槍が入る。


「ラルバ君は予知夢を見ないでしょ? 夢なんて見る人の心や環境次第でどうにでも変わるわ。それより、ルーク君。覚えてる限りで夢の状況を教えてくれないかしら?」

「それが、気がついたら僕の前にラルバが仰向けで、血まみれになって死んでいて……そこで頭が真っ白になって何も覚えてなくて……」


 これじゃあ何もわからないですね、と言うとイデアも頷いた。


「とりあえず、ラルバ君には気をつけてとしか言いようがないわね……」


 ゆっくりとイデアはラルバのところに行くと、その隣に寄り添うように腰を下ろす。


「ラルバ君、何かあったら誰でもいいからすぐ相談してね? 心が壊れないうちに」

「じゃあ、今さっそく一ついいスか」

「ええ、もちろん」

「腹減った」





 朝から暗い話だったが、水とパン(ラルバだけハチミツつき)だけの朝食より後は概ね昨日と変わりはなかった。しかし、違うところもある。ラルバが頭が痛い足が痛いとごねていたが、それの事じゃない。時間帯だ。


 イリスは朝が一番好きな時間だった。黒く沈んだ山々から太陽が顔を出すとき、暗闇の世界に光が差す。夜が朝となり、明けの明星と白い月が浮かぶ群青の空は紫に染まる。そしてこの頃に夜行性の動物は眠りにつき、昼行性の動物もまだ夢の中。だから、夜明けは冷たく澄んだ空気に満ちた静かな時間なのだ。


 さすがに夜明けと言うにはもう遅いが、まだ冷たい空気は残っている。イリスは歩きながらすうっと深呼吸した。


 ────ノックス、よく夜明けの森を一緒に歩いたよね。また一緒に……歩きたかったな。


 そして、違うことはもう一つ。ラルバは昨日ルークと話していたが、今日はイデアと親しげに話している。

 次の日も、その更に次の日も何事もなかったせいか、彼らはずっとそんな様子だった。


 イデアと一緒にいるとき、ラルバは背が高いはずなのに何故だかとても幼く見える。彼の子どものような横顔のせいか、はたまたイデアの優しげな雰囲気のせいか。


 町中で手を繋ぐ親子みたいな、少し微笑ましくも羨ましい光景。


 その光景をルークとイリス、そして一応フォルテも見ているが、まさかそれ以外にも見ている人間がいようとは思ってもいなかった。


「……なあ。アイツ、そうじゃないか?」

「ああ、女神ハルモニアの生まれ変わりに間違いない。さっそく親分に報告だ」

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