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第四話 薬師イデア

 ラルバが想像以上の大金を所持していたおかげで、必要な物は何事もなく揃えることができた。何故か食料を買うときにラルバが小さな蜂蜜の瓶を二つ三つ買っていたが……それは置いておこう。それより────


「ラルバさん、いつの間にそんな物持ってたんですか?」


 イリスと並んで歩く彼は、りんごを美味しそうな音を立ててかじりついていた。小ぶりだがラルバが食べているのも手伝って十分甘くて美味しそうだ。


「……ん? いや、さっき、これがたくさん入った袋を抱えた人とすれ違ったから一個くすねて────」


 バシィ!


 突如ラルバの後頭部に鋭いチョップが入る。


 びっくりして振り向くとルークが右手を真っ赤にして、頭を抑えて悶絶するラルバを見下ろしているではないか。


 怒っている。明らかに怒っている。


「いってぇ……何すんだよ!」

「何すんだよじゃないよ、ちゃっかり人の物盗んでんじゃねえよ!!」

「一個くらいなくなったってわかんねーしょ」

「そういう問題じゃない! 盗むというその行為がいけないんだよ、ゴチャゴチャ言うと牢獄にぶち込むぞ!?」

「なんでそれくらいでぶち込まれなきゃいけねーのー?」


 人々が町中で喧嘩する二人を訝しげに見つめている。


 どうしよう、どうしよう?


 こういうとき二人の間に立つイリスが仲裁に入れればいいのだが、どうすればいいかわからない。ラルバとルークの顔を交互に見てても状況は変わらない。

 しかも助けを求めてイデアの姿を捜すが、何故かどこにも見当たらないのだ。


「あら、お姉様? フォルテもどこですかー?!」


 呼ばれてぬっと姿を現したフォルテに尋ねる。


「お姉様はどこですか?」

「イデアならば、薬草を見てくると言ってあちらの方向へ行きました」


 そう言ってさっき寄った防具屋がある方向を顎で示した。

 とりあえず喧嘩中の二人は放っておいてイリスは走り出した。後ろからフォルテもついてくる気配がする。


 どんなときも彼が監視している、と思うとさすがに少しうんざりする。慣れたことだし「必ず誰かが側にいる」という条件があるので、仕方のないことだが……他にやることないのだろうか?


 店が並ぶ通りを駆け抜けていくと、買い物をする人々の中にイデアの姿を発見した。イデアはすぐ後ろのイリスに気づく様子もなくどこかを目指して、男の視線を集めながら猫のように優雅に歩いていく。


 何をしているんだろう。イリスは彼女の後をこっそり追うことにした。


「イリス様、どうかなさいましたか? いきなり建物なんかの陰に隠れて……」


 道のど真ん中で話しかけてくるフォルテに、イリスは人差し指を口に当てる。


「フォルテもこっち来てください。お姉様に気づかれてしまいますよ!」

「……承知しました」


 特に何を突っ込んでくるわけでもなくフォルテは大人しく建物の陰に入ってくる。

 彼と一緒に色々な物に身を隠しながらしぶとく追い続けると、そのうちイデアが人気のない裏通りに入っていくのが見えた。


「あいつ……あんな所で何をしている?」


 イデアは今、薬草がずらりと並んだテーブル越しに店主と何やら話しこんでいる。

 店主が首を横に振った。イデアが頷いた。イデアは何も買わずに店を出て行き、来た道を引き返してきた。そして慌てて隠れたイリスとフォルテにすれ違いざまにこう呟く。


「ねえイリス。フォルテが隠れるのはさすがに無理があったんじゃない?」




「お姉様、あそこで何されてたんですか?」


 今度はイデアの横で堂々と歩きながら尋ねる。


「ふふ、珍しい薬草入ってないかなーってね。イリスこそどうしたの? ラルバ君達と一緒にいたはずでしょう」

「あー、それなんですが、ラルバさんとルークさんが……」


 事の次第を説明すると、イデアは「仕方ない子達ね」と言って苦笑した。


「頭に血が昇っている状態で、旅の目的地を変更したいなんて言ったらルーク君は怒るかしら」

「えっ? どこへ行くつもりなんですか?」

「ちょっとね。詳しい事は後で話すわ」




「えぇーっ!?」


 戻ってきたイデアの言葉を聞いたルークは大げさに声をあげた。喧嘩はとっくに終わっていたようで怒りはしなかったものの、大分戸惑っているようだ。


「ブバリアよりも先にリリィ山脈の方へ行きたいって……」

「何それ」


 りんごの芯をつまんだラルバが割り込んでくる。ルークと喧嘩した後だというのに随分涼しげな顔だ。


「ここからずっと北西の方にある、国境沿いの山脈よ」


 ちなみに、ルークが言うには首都のブバリアは北東に進んだ先にあるという。つまりイデアの行きたがっているリリィ山脈とは逆の方向だ。


「イデアさん、そんな辺境の地に何故……?」

「そこに生えてるらしい《月光花げっこうか》という幻の薬草がどうしても欲しいの。だから目的地を変更してもらえないかしら」

「で、でもイリスさん達はなんて言ってるんです?」


 ルークが困った顔でイリス達を見る。


「私は良いですよ」

「イリス様が良いとおっしゃるなら、それに従うだけだ。どうせどこも危険なのは変わりない」

「オレもいいよ。どっかで魔女に会えるかもしれねーし」


 と全員が迷わず頷いた、が。


「残念だけど、おそらく魔女には会えないと思うわよ」


 イデアがそう言った途端、ラルバが露骨に苦い顔をする。


 彼にとって旅の目的は噂の魔女に出会うことただ一つで、それ以外はただの面倒事でしかないのかもしれない。


 ラルバはやはり昔と同じようで少し変わっている。悪い存在かもしれない魔女に頼んでまで叶えたいものとはなんだろう。


「……なーに見てんだよ」

「いえ、ラルバさんの願いってなんだろうなってちょっと思っただけです」

「イリスに泣いてせがまれたって絶対言わねーよ?」

「ですよね。別に聞こうとは思ってませんよ」


 いくら瞳の奥を覗いても心までは見えやしない。

 見えなければ見えない程その先を見たくなる好奇心の反面、見るのが怖いという臆病な気持ちもある。だから、イリスはラルバの心が見たいとは思わなかった。




 次に目指すべき場所はコーラムバインの街だとルークは言った。いわくニレの町よりも大きい、いわゆる都会なのだそうだ。


 だが、そこまでの道は何日もかかる上にとても治安が悪いらしい。イリスにはフォルテという護衛がいるが、自分も十分に気をつけなければ…………と、イリスが思っているうちに、さっそく治安が悪いことを思い切り主張するかのような出来事が起こった。


 いつも通りルークを先頭にニレの町を後にしてすぐのことだ。

 ルークが急に右手を広げて後ろのイリス達を制した。


「向こうに何か見えないか? 何か複数の人が走り回っているような……」


 たしかに黒い人影がいくつか見えなくはないが、一体何をしているのか想像がつかない。

 ふと横を見ればラルバが目を細めてじっと遠くを見つめている。


「ラルバさん、何か見えますか?」

「若い女とひげ面のキモいおっさんが何人か」


 ラルバのその一言で、ルークの顔に緊張が走った。


「ラルバ! 今その人達はどんな様子だい」

「なんか女の方追いかけられてるよ。治安が悪いってホント────っておいちょっと! 人の話を聞け!」


 ラルバが言い終える前にルークはもう一人で走り出していた。


「私達も行きましょう!」

「なんで? こっちも被害に遭うし、助ける義理なんかねーじゃん……って!!」


 ラルバの文句をスルーしてイデア、そしてイリスとフォルテの順に続いていく。

 そして最後、ラルバも悪態をつきながらのろのろ後を追いかけた。


 追いかけられていた女性は、長い距離を逃げ回っていたのか息を切らして段々と後ろの男達に距離を詰められてしまっていた。だが、ルークももう数歩先にまで近づこうとしていた。


 と、ここで男達がルークの存在に気づく。


「な、なんだてめえは?」


 ルークはそれに答えることなく、三人いた男の一人に腹にいきなり拳を叩き込んだ。


 呻き声を上げて男が膝から崩れていく。


 僅か数秒の事だった。残された男二人も、少し遠くのイリス達も誰もがこの一瞬の出来事に呆気にとられた。


「このガキがっ……くそ、やってくれるじゃねえか!!」


 すぐ我に返った小太りの男がナイフを手にルークに向かってくるも彼はその突進をかわし、男を掴むと足を引っ掛けて投げ倒した。それでもなお地でもがき、あがく男の頭を一発力任せに蹴り上げる。


 そして最後にルークは、隙を見て逃げ出そうとした男に素早く左手の平を突き出した。


 刹那、男は黒煙をあげて激しく燃え上がった。


「ぎゃああ! いやああぁあぁ!! 火が! 俺に火がぁぁあ!!」


 パニックに陥った男は火だるまのまま狂ったように走り回った後、ぱたりと倒れて動かなくなった。


「……ここが焼け野原になっても困る」


 ルークが燃える男に近づくと、自分の買ったばかりの水を彼に注いでやる。


「やべぇ……」


 後ろでラルバが呟いた。

 あたかも普通の事であるかのように淡々と力を振るうルークの目つきは暗く冷やかで、まるで一瞬だけ別人格が目覚めたようだった。


「うん、まだ死んでないね。でも火をつけるのはちょっとやりすぎたかな。牢獄行く前に治療を受けないと……」


 倒れた男達の脈を調べる今のルークはもういつも通りの彼に戻っていた。


 逃げ回っていた女性はというと、イデアの方が保護していた。まだ震えの止まらない彼女をイデアは安心させるように優しい声で話しかけた。


「あら、転んじゃったの? 少し膝を怪我してる」


 流血していることに気づいた女性が膝を慌てて覆い隠すが、イデアが「手当してあげるから座って」と言うと大人しくその場に座り込んだ。


「えーと、薬ってどこにあったかしら……」


 イデアは色々な薬草やらなんやらを草むらの地面に広げていく。さすが薬草専門なだけあっていつも相当な量を常備しているようだが、その中には包帯とか塗り薬だとかも混ざっている。


「あれ? イデアさん何をしているんですか?」


 ルークがイデアのところまで歩いてきた。


「この人の怪我の手当をしようと思ってたところよ」

「あの、それならこっちも診てくれませんか? 僕が一人火傷を負わせてしまって……無理ならいいのですが」

「火傷?」


 イデアがルークの方を見た。

 そしてイデアがどこから出したのかわからない程大量の薬草や薬の中から、小瓶に入った白い塗り薬と包帯、同じく小瓶に入った透明な塗り薬を手に取る。


「軽いものならどうにかなるでしょう。イリス、いつまでもぼーっと見てないでこっちの女の人を診てあげて。やり方はわかるでしょ?」

「えっ? えーっと、は、はい!」


 近づいてきたイデアにいきなり包帯と透明な方の薬を手渡されて、一瞬思考が止まる。


 どうすればいいんだっけ? そう思っている間にも女性はこちらを律儀に座って待っている。


「包帯、使い終わったら頂戴ね。こっちも必要なの」

「は、はい。わかりました」


 女性は二十歳くらいの若い女のようだった。彼女も《ゲムマ族》なのか美しい黄緑の瞳をしている。そんな瞳が不安げに揺れていて、こちらまで不安になってしまう。


 イリスは同じ治療を過去に受けたことがある。

 たしか何年も前に、四方八方に飛び回るピッコロを追いかけるうちに森で迷い、倒木に気づかずに引っかかって派手に転倒、腕は血まみれお気に入りのワンピースは土まみれという大惨事になってしまったのだった。

 目を閉じてあのときの怒りに震えるフォルテと、包帯を片手に優しく微笑むイデアの情景を思い出す。あのとき彼女は……


 まずイリスは女性の傷口を持っていた水で洗い流す。それからハンカチで軽く水分を取った後、薬を少し指に取ってなるべく優しく塗ってあげた。


「……大丈夫ですか?」


 そう尋ねると、女性は黙って頷いた。


 最後に包帯を巻いて終了。気絶していた男の治療をしていた二人に包帯を渡す。


「……助けていただいてありがとうございました」


 戻ってきたイリスに女性は深々と頭を下げた。


「いえ、私はただ傷の手当をしただけです」


 今、私はお姉様のように笑えているだろうか。イリスはそう思った。あの見る人を安心させる不思議な笑みをできる人はそういない。


 でも、目の前の女性は少しだけ警戒を解いてくれたようだった。


「あの……あなた方ももしかして《ゲムマ族》の方ですか?」

「はい。それがどうかしました?」

「やっぱり!」


 女性のか細い声が高くなった。


「この先に気をつけてください! コーラムバインの街を根城に《ゲムマ族》ばかりを狙う奴らがいるんです。あの三人もそいつらの一味なんです!」

「私達を? どうして……?」

「詳しい理由はあたしもよくわかりません。でも」


 女性はよろよろと立ちあがる。


「捕まった人達は行方不明になってずっと帰ってこないそうです。噂では人身売買で異国に連れ去られてしまうとか……だから、本当に気をつけてくださいね」


 最後に女性はもう一度イリスに「ありがとうございました。あの方々にもよろしくお願いします」と言い、後ろにいたラルバにも頭を軽く下げるとニレの町の方へ歩いて行った。


「やっと終わったか。イリス、何の話をしてたの?」


 女性と入れ替わりでラルバが来る。大分待ちくたびれた表情だ。


「ええと、この辺りの《ゲムマ族》ばかりを狙う────」

「ラルバ!」

「あー?」


 突然ルークが呼ぶ声が聞こえ、ラルバは面倒くさそうに視線をそちらにやる。


「こいつらを運ぶの手伝ってくれないかい? 一人でいいから」


 ルークの前には包帯の巻かれた三人の男がぐったりとのびている。


「一人は僕、もう一人はフォルテさんに運んでもらって、ラルバに最後の一人を運んでほしいんだけど」

「えー、オレ無関係じゃん。なんで……」

「じゃあ、君より非力なイデアさんに運ばせるのかい? こいつを?」


 フォルテもルークもさっさと男を一人ずつ担いでしまい、余っているのは小太りの男一人だけ。怪力でもないのに細身の女性であるイデアに運ばせるというのは酷というものだ。

 少し沈黙した後、ラルバは不服そうな表情で男を背負う。


「……へいへい。やればいいんだろやれば」

「ありがとう、ラルバ君」


 嬉しそうなイデアに、ラルバも気だるそうな態度ながらも恥ずかしそうに笑う。


「じゃあ、とりあえずニレに戻ろう。さっきの奴のせいで水がなくなったし、こいつらもなんとかしなきゃ」


 ルーク達は怪しげな男達を担いで歩き出す。


 もしかして、とイリスは思った。

 ルークはあの女性より《ゲムマ族》ばかり狙う集団について詳しいのだろうか。ニレに戻ったら聞いてみようか。

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