第23話 毒親同盟の解散
ずっとずっと一人で寂しかった。母の罵倒に耐えられなかった。
そんな日々も終わり。
「美織、どういう意味?」
遠くに鈴虫の声が聞こえた。空は夕焼けを始めていた。美織の頬に橙の光がかかる。
「だって親が怒ったから帰ってくるんでしょう? 私、ずっと待ってた。牧子が帰ってくる日を。辛かった、千花がいなくなって」
「……」
「ねえ、いつ帰ってくるの? ……もしかして、怒ってる? でも私ずっと一人で」
牧子は少し躊躇ったようだった。
「……本当に美織だったんだね。住所をバラしたの」
「あ、うん、ごめん! でも仕方ないと思わない? だって親を捨てるなんて許されないよ。信じられない親不孝じゃない」
美織は親不孝といえば全て免罪されると信じていた。しかし、牧子の沈黙に少し不安になった。
「千花はそうだって言ってたけど、私は半信半疑だった。美織が裏切るなんて……信じてなかった」
「裏切るって何? だって親不孝ってありえないよ。ねえ、来月には帰ってくる?」
うきうきする美織をよそに牧子は電話の向こうで深い深いため息をついた。太陽が山の稜線の向こうに傾いていく。
「たまたま千花の家に一緒に行ったんだ。そしたら、千花の父親が待ち伏せしていた。汚い言葉を怒鳴り散らして……私が一緒でよかった。もう年なんだね、私が前に出て怒鳴ったら小さくなってた。千花は過呼吸で動けなくなった」
「千花……ごめん、そうだね、親は怖いよね。でも親不孝の罰は受けないと」
「千花は今、うちで寝てる。もうあの家には帰れないって怖がってる。泣いてた……せっかくうちを出て新しい生活に慣れたのに、また引っ越さないといけなくなった」
引っ越し?
美織は晴れやかな予感に曇りを感じた。牧子の口調は美織の町に千花が帰ってくると感じられなかった。
「ずっと美織を東京で待っていた。だからこっそり年賀状を出していた。でも、千花の言葉にそうかもしれないと思った。美織の親への忠誠心はおかしいって」
「忠誠心って……親なら当然でしょう?」
「そんなことないよ、そんなの美織だけ」
美織はさっきの明るい気持ちが、目の前で陽が沈むように暗くなっているのを感じた。嫌な予感、信じられない予感に、身を震わせる。
「ねえ、牧子……ごめんってば。私も悪かった。でも、教えて。いつ帰ってくるの?」
「帰らないよ。私も千花もあの町には帰らない。例え親に住所がバレても東京で暮らすの。住所なんて手間だけど引っ越せばいいだけじゃない」
美織はガンとコンクリートで頭を殴られたような衝撃を受けた。血が出ているのではと額に触れるが何も流れていない。
これからも牧子と千花は帰ってこない。
「な、なんで、牧子、牧子の親も来たでしょう? 私、教えたもの。親には逆らえないでしょ?」
「来ないよ……私はね、とっくの昔に親と話はつけたの」
「親と、話?」
従うことが親孝行だと信じている美織には馴染まない言葉だった。
「五年前、祖母が死んだ。教育虐待のあの家で唯一優しくしてくれた存在だった。私は縁を切ったから知りようもなかったけど、遠縁の叔母は東京に住んでいて信頼できたからメールアドレスだけ教えてたまに会ってたの。その叔母が祖母の死を教えてくれた。私は迷った。そして叔母から葬儀会場の住所を教えてもらって手だけ合わせに行った」
美織はスマートフォンを持つ手が震えていた。太陽はすでに山の向こうに消えていて、空が藍色になり始めていた。
「当然、葬儀会場には父と母がいた。私は焼香だけできればよかったから、面倒事になる前に立ち去った。そうしたら追いかけてきて、やっぱりこんな家には帰るんじゃないなって思っていたら、父に土下座された。母も父に言われて土下座した。帰ってきてくれって。即座に断った。あなたたちのしたことは虐待、全て遅い。私は東京で生きていくって」
牧子の口調は淡々としていてなんの感情もない。美織ははあはあと緊張で息が切れた。
「すると父が世間体が悪いって言い出した。どうか父と母の葬儀には来てくれ、他には何も望まない。遺産はやるからって。私は呆れたよ。この期に及んで世間体? 遺産? 馬鹿じゃないのかと思った。それでもどうしてもって言うから、住所は教えず、電話番号だけ教えた。葬儀以外の時にかけてきたらブロックするよってだけ言った。そしたら本当にかけてこなかったから電話番号は変えてない」
「なんて酷いの……親が土下座してるのに、牧子の態度はそれ!?」
「なんとでも言って。私にとって親は過去。もう葬儀の約束以外は忘れたつもり。親もそれで納得してる。だって美織は住所を教えたけど、私のところに親は来なかった。もう終わった話だから」
美織は電話の向こうで話しているのは言葉の通じる怪物ではないかと疑った。
「信じられない……変だよ。なんで牧子が許されるの? 親を捨てたのに許してもらうって何!?」
「親が許す許さないは関係ない。私は一人で生きてる。例え何を知られたって東京で生きていく……ねえ、美織、子供は二十歳過ぎたら親なんて関係ない、自由なんだよ」
「何を言っているか分からない!」
なんなんだ、この世界は。
親を捨てた牧子は許され、親に尽くしてきた美織は母に罵られている。
おかしいおかしい、世界の法則が狂ってしまった。
「ま、牧子が……何を言っているか分からない。牧子の親もなんでそんな事を許したのか。私のママは絶対許してくれないのに」
「私の親は分かってるんだよ。もう私は巣立った。力ずくで取り返すことなんてできないって……ねえ、美織。美織のお母さんの言うことを聞くことがお母さんの為になるとは限らないんだよ」
「そんなはずない! 私はずっとママの言う事を聞いてきた! 他になかった! それが親孝行って事だから!」
「親孝行なんて私はどうでもいい」
美織は電話の向こうにいるのは怪物だと確信した。美織の知っていることと何もかもが違う。太陽は沈みかけていた。
「そんな事言うなんて親不孝だよ!」
「私は親不孝でいいよ」
美織は再び額をコンクリートで殴られたように感じた。また額に触れるが何も流れていない。
「信じられない……そんなことをいうなんて。だって親不孝なんだよ! 世間がなんていうか! 牧子なんて後ろ指さされればいいんだ!」
言いながら後ろ指をさされているのは自分だと美織は下唇を噛んだ。
電話の向こうで牧子は深い息を吐いた。
「とにかく、美織がバラしたのを確認できてよかった。信じたくなかったけどね……これで毒親同盟は解散だ。二度と会うこともない」
「解、散……?」
「ええ、美織が裏切ったからね。千花はやっと落ち着いてきたの。それをぶち壊しにして許すことはできない。住所を知られた千花は早く引っ越しをしないといけない……美織も洗脳されていると思うけれど、今の私は千花の未来を守りたい」
「ま、待ってよ、牧子……」
「さようなら、美織」
プツッと電話は切れた。美織は足の力が抜けて尻もちをつく。
辺りは完全に夜になっていた。
感想・ご意見など気軽にお寄せください。
ぜひまたお立ち寄りください。
よかったら星をポチッとしてくれると嬉しいです(^^)




