第22話 孝行娘の裏切り
牧子の母に渡した帰り道に千花の母にも千花の年賀状を渡した。
千花の母は引ったくるように年賀状を手にしてありがとうと言った。
自室に戻った美織は晴々とした笑みを浮かべた。
「これで……牧子も千花も帰ってくる」
二人だって親には逆らえまい。住所さえ教えればこの街に戻ってくるはずだ。
千花は少し可哀想だが母親を置いて行ったのは親不孝なはずだ。
「牧子、ザマアミロ」
美織は抑えていた牧子への憎悪をもはや隠さなくなった。
親にバレたことでもうカウンセラーなどと呑気なことは言えなくなるはずだ。
親を捨てるという親不孝をした牧子が幸せになるなんて許されるはずない。
(怒られればいい、叱られればいい。そうして二人とも帰ってきて。昔みたいに話をして。聞かせてあげる、私がどんなに孝行娘なのか)
美織はその日だけを支えに日々を耐えた。
両親は毎日美織を責めた。
結局、母はすぐ元に戻った。
あの日、親不孝だと罵ったことなど忘れて、美織を呼び付けて愚痴を聞かせる。お菓子も残すことは許されない。LINEも即レスでなければならない。
父は変わった。働け、結婚しろと顔を合わすたびに言うようになった。
「ママはちゃんと育ててきたのにこんなになって。美織ちゃんは親孝行とか考えたことある?」
母の変化。
それは愚痴の対象が祖母から美織に変わったことだ。
「考えたことあるわけないわよね。だったら引きこもりの生活なんてできるわけない。そんなに太って、お見合いがうまくいかないのも仕方ないわ。ママの気持ち分かってる?」
「はい、はい……ごめんなさい、ママ」
真昼のリビング。父は仕事でいない。
最近、母は自室に招かずにリビングのテーブルを挟んで美織を嬲った。
どんなに美織が親不孝か語って美織はただただ頷いた。
こんなのおかしいと叫びたかったがこの身体は逆らうという経験がなかった。
耐えられない。だから牧子と千花に帰ってきてもらわないと。
「謝れば済むと思ってるの!?」
母の拳がテーブルを叩く。
二人分のカフェオレのマグが揺らめく。甘ったるい匂いにすら責められているようだ。
「ごめん、ごめんね、ママ」
いつまでこんな風に暮らせばいいんだろう。
ふとつけっぱなしのテレビから音が聞こえた。
『今日の特集は毒親です』
美織の背筋が凍った。医師らしき男性が解説している。
『最近の虐待は巧妙で、殴る怒鳴る食事を与えない、だけでなく。何時間も愚痴を聞かせる、無理やり大量の食事を食べさせる、電話やLINEで何時間も拘束する、矛盾したことを言ってそれを指摘するとキレる。など、見えにくい虐待になっています』
『いや、信じられませんね。最近は母と娘の分離の難しさを説く専門家もいます。母性愛があるはずの母親がこんなことをするなんて信じられませんよね』
『娘の人生を束縛する母親が増えています。対策が必要です』
ママのことだ、とテレビを見てさっと青くなる。
母はほとんど当てはまる。ああ、テレビの方を見るんじゃなかった。
(どうしよう、ママがまたキレる)
キレたら母は何時間も美織を罵る。
身を固くしていると母はテレビの方を一瞥した。しばらくじっと画面を見ていると母の口から言葉が転がり落ちた。
「自分の子供にこんなことする母親がいるなんて信じられないわ」
「……え?」
「母親なら母性愛があるはずなのに、娘に愚痴を聞かせたり、電話で束縛したりするなんて信じられない。よかったわね、美織ちゃん。ママの子供に生まれて愛されて育って」
美織は愕然として母の顔を見た。
母は完全に他人事だと思っていた。むしろそんな毒親を悪く言う側の人間だと思っているらしい。
「ね、よかったでしょ、美織ちゃん。優しいママの元に生まれて幸せだったでしょう?」
はい、という気力がなく、力なくこくこくと頷いた。
母には言葉が通じないのだ。こんな母にどうやって孝行娘でいられるだろうか。
早く、牧子と千花に帰ってきてほしかった。
その通知を見た時、美織は家の外に飛び出して行った。
牧子からのLINEの通話だった。
部屋で電話をすると両親は怒る。
(やっと帰ってくるんだ!)
音なく玄関から飛び出してあぜ道で周囲を伺う。誰もいない。安心して通話ボタンを押す。
「……もしもし、美織? 聞こえてる?」
「いつ帰ってくるの!?」
美織は晴れやかな笑顔で牧子の返事を待った。
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