第16話 二回目のお見合い
二回目のお見合いも同じオーシャンビューのホテルだった。
相手は柘植悟、自営業で次男だと釣書に書いてあった。
今度は美織の十歳以上年上で離婚歴のある男だった。珍しいことに付き添いの家族が父親だった。
柘植悟はぽっちゃりした高田義夫と対照的に背が高く、肉を削ぎ落としたような体型で細身のスーツでも少し布が余っているように見えた。
柘植悟は高田義夫と同じ反応をした。
ポカンとした顔で美織を見て、その後もジロジロと見た。
美織は必死に気に入られようと愛想笑いをしたが高田義夫と違い、柘植悟は笑ってはくれず、むしろ目を逸らした。
(お願い。今度こそ私を好きになって。私をあの家から出して)
今回はなかなか「後はお若いお二人で」とならず、両家の親戚同士の話が長く続いた。
「すみません、緊張してしまって」
そう言って柘植悟は父親と喫煙室に去ってしまった。
スープを飲み干した美織はならばと「化粧を直してきます」とトイレに向かった。化粧室で口紅を塗り直して戻ると喫煙室の前を通った。
「……いや、あの体型はないわ。ぽっちゃりどころかデブすら超えてる」
その声に足が止まってしまった。
磨りガラスで入り口が隠された喫煙室から柘植悟の声が聞こえる。
美織は咄嗟にシフォンのワンピースで覆われた自分の身体を見下ろした。
「確かになあ。あれは太り過ぎの領域を超えてる。よくお見合いなんてできたもんだ」
「それだけじゃない。目が死んでるし、食事中のフォークを持つ手が小刻みに震えてた。あれはうつ病とか精神的な病気だと思う。前に職場でそういう奴が辞めてた。
デブの上に病気。ますます無理だよ、あんな女」
美織は咄嗟に耳を塞ごうとした。
柘植悟が話している相手は彼の父親だ。お見合いの最中に大声でこんな話をしているなんて断られたと同じことだ。
それでも声は鼓膜に侵入してくる。
「親父、もうこんな話持ってくるなよ。三十代の女だから試しに受けたけど、あんなのじゃ話にならない。これ吸ったらもう帰るからな」
「まあそういうな。山下さんには昔世話になったんだ。形式だけ最後までいろ。お前だってバツイチで五十過ぎじゃそこまで選べるわけじゃないんだからな。まあでも……あのお嬢さんはないな。確かに病気がありそうで子供も無理そうだ」
「そもそも写真が違うじゃないか」
写真。その言葉に必死に去ろうとする足が止まってしまう。
確かに美織はお見合いの相手のようにスタジオで写真を撮っていない。高田義夫のポカンとした顔が何故か理解できてしまう。
「写真はもっと若くて体型だってぽっちゃり程度で、目だって光があった。あんなデブで病気っぽくなかった。あれ、絶対あちこちで見合いを断られて若い頃の写真を釣書に入れてるんだぜ。それだけで断るには十分だ」
美織はオーシャンビューのレストランへ、踵の痛いヒールで逃げていった。
夜中、美織はむくりと起き上がった。
そっと母の部屋に忍び込む。母の許可なく母の部屋に入るなんて初めてだ。
いびきをかいて寝ている母の様子を見て、引き出しを開ける。
母は大切なものはこの引き出しに大体入れる。あった。
十枚以上の大きく印刷された写真。それは美織が二十五歳の頃の写真だった。
まだ頬がふっくらしているだけの可愛いとも見える写真。暗いのでよく見えないが目だって光が宿っているはずだ。
十年前の自分。
(ママの仕業だったんだ)
わざと昔の美織の写真を釣書に入れた。まるで今の美織を隠して、相手を騙すような行為。
そんなに会ってしまえば全てバレてしまうのに。
こっそり一枚だけ抜き取って母の部屋を抜け出す。
自室に帰る途中に洗面所を横切る。不意に足が止まる。
引き返して洗面所の照明をつける。そこには見たくないものがあった。
水色の体重計。五年以上乗っていない。最後に測った時は七十キロだった。
「……」
一分、美織は体重計を見つめた。
耳元で柘植悟の声がする。
あんなデブ。うつ病。どちらも面と向かっては言われないような酷い言葉。
特にうつ病は病名にさえ届かなかった美織が外見だけでそう言われるほど病的だと言われたようなものだ。
意を決して体重計に乗る。
百五キロ。三桁オーバー。
信じられなくてもう一度乗り直す。百五キロ。
(だって仕方ないじゃない。ママは可哀想なんだから。お菓子を全部ニコニコして食べなきゃいけないんだから。ご飯だって残すとすごく怒るんだから)
照明を消して自室に戻る。クローゼットについた鏡を見ると目を逸らす。
そして抜き取ってきた二十五歳の頃の写真を見る。美人ではないが平凡な可愛さが映っていた。ぽっちゃりしてるけどそれでも可愛い。
今には面影が残ってない。全て脂肪で潰れてしまった。
美織は写真を真っ二つに破いた。
そしてさらに半分に破く。小さな紙片になるまで破き続けた。
小さな紙を破く音に頬に冷たさを感じた。それは一筋の涙だった。
美織は床に崩れ落ちた。写真の紙片の散らばる床をかきむしって泣いた。
「ひっく、うっく……ママも私をみっともないって、デブだって思ってるんだ。病気で目が死んでるって思ってるんだ。写真を誤魔化さなきゃいけないと思ってるんだ。
私を可愛いねって言ったのは嘘だったんだ……ハハっ。そうだよね。だって百五キロなんだもん、人間じゃないみたい……ママ、ママ」
溢れた涙が止まらない。泣きながら床に大の字になって天井を見上げる。
お見合いの時に食事の最中、酷く手が震えたことを思い出す。白い皿に何度もフォークとナイフの音がガチガチと響いた。
本当に病気持ちの女じゃないかと美織は自嘲がやめられなかった。
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