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第13話 私ならそんな親不孝できない

「違うんだ。結局は私が男を信じられないからこうなったんだよ。相手の人には悪いことした……私、ダメなんだ。男性を見ると父親のことを思い出してしまう。結局、お父さんみたいに私を裏切る、そういう目で見ることがやめられなかった」

 

 だから別れた、とスープを一口飲む。


 美織は恋愛をした事がない。中学生の頃にクラスの委員長に親切にされた時に初恋めいた感情を覚えたが、ろくに口も聞けないままそれっきりの恋愛遍歴だった。

 

 千花はサラダを食べながら牧子を気遣った。

 

「分かるよ。私も男ってなんか信じらない。恋人どころか友達にもできない。父さんを思い出しちゃってさ……今のアルバイト先も女性の方が多くてさ。それで続けられてるとこあるよ」

「ありがとう。でも、今回は私も自分の限界が分かってよかった部分もある。やっぱり、私は結婚は無理なんだ。それが分かった」

「何も諦めなくても……」

「ううん、人を信じられないと家族になるって無理だよ」

「でも、牧子ならきっと大丈夫だよ」

 

 内心、牧子がこれ以上成功しないことに安堵している美織は必死に心と逆のことを言った。本音で話せている千花が羨ましい。

 

(牧子、いっそこれを機に帰ってきてくれないかな……牧子がそばにいてくれたら私も心強いんだけど。結局、親元にいるのが一番親孝行って言われるんだし)

 

 美織の内心とは別に食事は進んでいく。


 セロリと茄子メインのオードブルが運ばれてきて、ポークステーキに口をつける。


 美織は思わずガツガツと食べてしまった。こんなに美味しいものを食べるのは久しぶりだ。母の料理はあまり美味しくない。

 

「実はこれを機に転職しようと思ってるんだ。今の仕事は残業続きできつくてさ。給料は下がるけど、家で時間が取れる仕事を探そうと思って転職エージェントに登録した」

 

 美織は驚いた。牧子が勤めているのは美織でも知っているような大手だからだ。


 そこを捨てるなんて美織の母だったら許さないだろう。

 

「な、何もやめなくていいんじゃない? あんなすごい会社を辞めるなんてもったいない、牧子ならできるよ」

「ううん、正直限界だったんだ。このままいったら突然辞めてしまいそうだから余裕のあるうちに転職先探す……実は夜眠れなくてね。精神科で睡眠薬をもらってる」

 

 精神科という言葉に美織は硬直した。自分が許されなかった場所。


 成功していると思っていた牧子がネガティブな場所に行っていたという事実に料理の味が薄くなる。

 

「牧子、精神科に行っていたんだね。そんなこと初めて聞いた」

 

 ポークステーキを半分食べた千花がじっと牧子を見つめた。

 

「なかなか言えなくてさ。最初はこのくらいで病院に行ってもいいのかって思ったけど、半年もするとヘロヘロになった。ネットで調べて家に近いところに行った。優しいいい先生だよ。男性だけど割と信頼できる感じ」

「私も精神科に行ってるけど、本当のこと話せる場所って感じだよ。眠剤があれば眠れるし」

「眠れないのが一番辛いよね。やっぱり専門家にかかるのが一番いいよ。一時期ドカ食いして結構太っちゃった」

 

 自分だけ精神科に行っていない。


 二人には親の許可がいらない。美織は椅子に何度も座り直した。


 牧子はポースクステーキを食べ終えて、レモネードを飲み干した。

 

「やっぱり、信頼できるのは毒親同盟の二人だけだよ。千花と美織には安心して話せる。東京に行ってから友達を作ろうとしてもなんか上手く行かなくてさ。なんか親に恵まれた子って上手く話が合わなくて……こんな私が結婚しようっての無理だったんだ」

 

 だから今日二人に会えて嬉しい、と笑う牧子に美織は罪悪感が湧いた。

 

「私、今カウンセリングにも通ってるんだ。最初は話なんて聞いて何になるって思ってたけど本当に支えになってる。精神科とカウンセリングがなければ私はここまで働けなかったと思う。仕事を変わったらさ、心理学の勉強をしようと思ってる。放送大学でカウンセラーの資格を取ろうかと考えてる。仕事にするかまでは分からないけど、自分の心のこと勉強したくてさ。何冊か本を読んだけど幼少期の親の対応って本当に大きいらしいよ」

 

 美織は子供の頃を思い出した。


 いつも母は祖母に頭を下げて父は助けようとしなかった。そして母は家事が終わると美織を呼びつけて祖母と父の悪口を聞かせた。

 

「牧子、すごいじゃん。新しい夢、見つけたんだね」

「夢、なのかな。でも、今のカウンセラーのことは本当に尊敬してる。私はきっと今もあの家に囚われてるってことを教えてくれた。親の考えに似ていてそれで苦しんでることを教えてくれた。五十代になってからでもいいからカウンセラーになってみたい」

 

 千花と牧子は話が弾み、美織は横で聞いていた。


 カウンセリング、母は許してくれないだろう。

 

「いい人なんだね。カウンセリングか……今はお金がないけど、私もいつか受けてみたいな。私もあの家のことで苦しんでると思うから。東京に行ったらきっと行ってみるよ」

 

 美織はハッと千花を見た。千花まで東京に行ってしまったら美織はどうすればいい。


 東京はその時、キラキラとした夢の場所ではなく、美織の居場所を奪う存在に見えた。

 

「ねえ、牧子、カウンセリングルーム、教えてよ。いつか行ってみたい」

「ええ、いいけど……千花と美織もさ、必ず東京に来てよ。約束だよ。私は必ず協力するからさ。家にしばらくいていいし、仕事やマンションも一緒に探す。必ず理不尽な親の元から逃れてほしい。毒親同盟の一員として」

 

 牧子はまっすぐな眼差しで千花と美織を見た。


 美織はまだどこかで、それでもあんな大企業を辞めるのはもったいないと思っていた。

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― 新着の感想 ―
お疲れ様です。牧子ちゃん、そんなことがあったのね……よしよし……色々あるけど、自分の人生を生きてるのね…… 美織ちゃんは親孝行がどうかが基準だから、仕事が辛くてももったいないと感じてしまうのか……
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