第12話 檻の外〜東京〜
美織は母に頼んで通販で服を新調した。抹茶色のチュニックは可愛くて体型も隠してくれる。
母には千花と市外の新しくできたチェーン店に行くと言っている。
友人が千花しかいない美織を気にしているのか千花の名前を出すと両親は甘かった。
「……市外に行くとか、いつも寝ているのはやっぱり怠けてるだけか」
美織を駅に送る父の車の中でびくりと背中が震える。
美織は抹茶色のチュニックの裾を握って必死に聞こえないふりをした。母は興味がないようで好きな韓国アイドルの音楽を聴いていた。
駅で千花と合流する。千花は美織の両親に一瞬複雑な目をしたが、今日は娘さんを一日お借りしますとすっと頭を下げた。
美織はその仕草に感心してしまう。いつも棒立ちになって咄嗟にそういう礼儀作法ができないことがコンプレックスだった。
「礼儀って、そんな大したことじゃないよ。バイト先で慣れてるし」
電車の中で千花は明るく言う。
千花はデニムにパンツにシンプルな白いニットを着ていた。首元に金の鎖だけのネックレスをしている。
バイト先、という言葉に一瞬親指をギュッと握ってしまう。美織は二ヶ月前にアルバイトの書類が落ちてから何もしていない。
「牧子、本当に久しぶりに会うね」
今日は本当に久しぶりに牧子に会う。
もちろん千花と美織だけの秘密だ。親にバレたら牧子の親行方が彼女の親に知られてしまう。
「うん、電車代まで出してくれてなんだろうね」
「なんでも嬉しいよ、牧子に会えるなら」
「……うん」
牧子は眩しすぎる。千花にもそれは言った事がなかった。
長い電車に揺られながら千花は牧子とどんなLINEをしているのだろうとぼんやりと思った。
市外へ出て、隣の県まで行った駅で牧子は待っていた。
「千花、美織!」
二人が改札を出ると牧子は小走りでやってきた。
牧子は意外なことにちょっと太っていた。美織と比べるとぽっちゃり程度だがかつての子鹿のようだった牧子ではない。
それに内心ほっとしてまった美織は罪悪感を覚えた。
「牧子、会いたかった!」
「もちろんだよ、千花、美織!」
「牧子、元気そうでよかった」
牧子はぽっちゃりしていること以外は洗練されていた。
ソバージュは栗色に染められていたし毛先は揃っている。黒いブラウスにベージュのマキシ丈のスカートが印象的だった。バックが有名なブランドのものだったので美織は驚いた。
「ささ、バスに乗って早くレストラン行こ。予約してるし今日は奢るから」
「いいよ、牧子。交通費含めて私は出すから。牧子だって東京からここまで着てお金かかったでしょう」
はっきりした千花の声にドキと美織は財布の中を思った。
美織は月に五千円のお小遣いをもらうだけで他に収入源がない。アルバイトをしている千花とは違うのだ。
牧子は目を丸く見開き、照れたように鼻先をかいた。
「本当にいいよ。実は結構給料もらっててさ。それに……今回は本当に二人に聞いて欲しい事があるからここまできてもらったんだ」
牧子の瞳に悲しみの影がよぎり、美織は牧子はとっくの昔に大人になったのだと思った。
牧子が案内したのは古民家を改装した洒落たレストランだった。
中に入ってメニューを見た美織は目が丸くなる。一番安いコースで五千円する。
これでは牧子に奢ってもらうしかない。さっきそう言ってもらって助かった。
予約をしていたので三人は店員に導かれて一番奥の広い個室に案内された。
白いテーブルクロスの丸いテーブルにクッションがついた木の椅子が三つ置かれている。ドアの横に棚があって三人ともそこに上着と荷物を置いた。
創作料理のスープとサラダが運ばれてくる。地元の有機野菜を使っているらしくどれも美味しい。レタスの上のドレッシングがキラキラと光っていた。
スープを飲み干すと無言だった牧子が口を開いた。彼女はスープを一口スプーンで飲んだだけだった。
「実は結婚しようと思っていたんだ」
結婚、と言う単語が美織は頭に入ってこなかった。
「結婚?」
「牧子が?」
「そう、でも失敗しちゃってさ。二人にはそれを聞いて欲しくてこんなところまで来てもらったんだ。ここなら個室だし、何話してもいいかなって」
確かに薄い壁だが個室のレストランだった。牧子は追加で頼んだレモネードを一口飲むと千花と美織を交互に見た。
美織は牧子から失敗という言葉が出たことに安心したことを見透かされないように表情を取り繕った。
「悪い人じゃなかったんだ。私なりに真剣に選んで付き合ってた。でもダメだった」
「牧子、恋愛してたんだね。そういうのに失敗も成功もないよ」
千花は優しい声で牧子を見つめた。牧子は首を横に振る。美織は牧子がより遠くへ行かなかったことを安堵していた。
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