第7話 灰壁を救う旗
ストログ兵による次の攻撃は、ほどなく始まった。
森から姿を現した兵は、すでに灰壁砦を囲めるほどに増え、その数は5,000人規模に達していた。
対する砦側は、第二・第三遊撃団を合わせても1,000人ほどだった。そこへ襲撃で多数の犠牲を出した護衛兵と、守らなければならない負傷者を抱えている。
「敵、正面と東側へ展開!」
外壁から報告が飛ぶ。
ライトスは砦内の中央に立ち、守護魔法を外壁全体へ広げていた。正面へ兵を集めれば、敵は薄くなった場所を狙う。守りの起点である自分が、砦全体の動きを見失うわけにはいかなかった。
「正面だけに兵を集めるな。壁へ取りつく敵はトッキーが対応する。弓兵は東側を優先しろ!」
「分かった! 第三遊撃団、俺についてこい!」
トッキーは外壁へ駆け上がり、壁を越えようとする敵へ備えた。
ライトスが全体の守備を担い、トッキーが攻撃を指揮する。兄弟は細かく言葉を交わさなくても、互いが何をすべきか理解していた。
敵の矢が一斉に放たれた。
外壁の上へ降り注いだ矢は、淡い光の膜へ触れると次々に弾かれる。その直後、第二遊撃団の弓兵が反撃した。
「敵の魔法兵を狙います」
弓を構えたキュリが、壁の向こうを見据えた。迫る兵の数に気を取られず、詠唱を始める者の動きを選んでいる。
「無理に身を乗り出すな。守護魔法は矢を防げても、範囲から出れば守れない」
ライトスの注意に、キュリは振り返らず答える。
「分かっています。団長の守りから出るようなことはしません」
放たれた矢は、詠唱を始めた敵魔法兵のすぐそばへ突き刺さった。狙われたと気づいた兵が詠唱を中断し、後方へ退く。
その間に、レインが広範囲魔法の詠唱を終えた。味方の位置を確かめ、正面へ集まった敵だけを見定める。
「壁へ近づけさせません!」
地面を走った水が敵兵の足元へ広がり、正面へ集まっていた部隊の進撃を止める。
動きの鈍った敵へ、トッキー率いる兵が外壁上から攻撃を加えた。
ユキネも壁へ上がろうとしたが、ライトスが呼び止める。
「ユキネ殿下は、門の内側をお願いします。突破された時に止められる方が必要です」
「私を戦場から遠ざけようとしているのではありませんか?」
「違います。門を破られた場合、最初に敵が入る場所です。そこを守る方がいなければ、負傷者まで一気に攻め込まれます」
ユキネはライトスの顔を見た。
幼い頃と同じだった。ただ危険から遠ざけるのではなく、守るために必要な役割を渡してくる。
門を抜かれれば、レインだけでなく、戦えない負傷者まで敵にさらされる。そこを任される意味を、武人であるユキネは理解した。
「分かりました。門は私が守ります」
ライトスはうなずき、すぐに外壁へ意識を戻した。
敵の火球が正面の壁へ迫る。
守護魔法がそれを受け止め、激しい衝撃が砦全体を揺らした。光の膜が大きくたわんだが、火は内側へ届かない。
それでも、魔力の消耗までは避けられなかった。
ライトスの額から汗が流れ落ちる。
隣にいたガランが、その顔を見た。
「団長、守る範囲を狭めるか?」
「狭めれば、敵は守りの薄い場所へ集中する。まだ維持できる」
「倒れる前に言えよ。お前が倒れたら、全部が崩れる」
「分かっている」
返事をした直後、東側から敵兵が押し寄せた。
長く使われていなかった外壁は一部が低くなっている。敵はそこを狙い、梯子をかけ始めた。
「トッキー、東側だ!」
「見えている! 正面は任せる!」
第三遊撃団が東側へ移動する。
砦内では、シャルンが残りの矢と治療用の物資を数え直していた。目の前の負傷者だけでなく、次に運び込まれる人数まで見越さなければ、物資はすぐに尽きる。
「東側へ矢を運んでください。水は戦っている方へ優先して回します。治癒要員は魔力を使い切らず、動ける程度まで回復させたら次の方へ」
「完全には治さないのですか?」
手伝っていた兵の問いに、シャルンは負傷者を見た。
「今は1人を完全に治すより、10人が生きられる状態を保つ方が先です。救援が来るまで持たせます」
だが、その救援がいつ来るのかは分からない。
外からは絶え間なく攻撃音が響き、運び込まれる負傷者も増えていた。
やがて門へ、敵兵が丸太を打ちつけ始めた。
鈍い衝撃が繰り返されるたび、門を支える木材が軋む。
ユキネは剣を抜き、その正面に立った。
「破られた場合は、私の後ろへ下がってください。狭い入口で止めます」
護衛兵たちが彼女の背後で武器を構えた。
再び衝撃が響く。
門を支える木材の一部に、亀裂が走った。
その時、砦を囲むストログ兵の後方から、騎馬の駆ける音が近づいてきた。
外壁の兵が声を上げる。
「新たな部隊が接近!」
ライトスは守護魔法を維持しながら、外壁の隙間へ目を向けた。
森を抜けてきた兵たちが掲げているのは、クラスト第五騎士団の旗だった。
「味方です! 第五騎士団の先遣隊です!」
砦の中に、抑えていた歓声が広がる。
先遣隊は敵の後方へ矢を浴びせ、そのまま騎馬の勢いを生かして包囲の一角を突いた。隊列の中には、騎兵として槍を構えるカウンの姿もあった。
不意を突かれたストログ兵が、砦への攻撃を止めて振り返る。
「歓声は後だ!」
ライトスが声を張った。
「先遣隊だけでは敵の方が多い! 砦から援護しろ。孤立させるな!」
レインは先遣隊の進路を見て、敵が集まる場所へ水流を走らせた。騎馬の勢いを削がず、その前へ回ろうとする兵だけを遮る。弓兵たちも外壁から援護を重ねた。
トッキーも兵をまとめ、門の前に残る敵へ攻撃を集中させた。
先遣隊は包囲を崩すことに専念し、無理に砦へ近づこうとはしない。敵を引きつけながら動き続け、本隊が到着するまでの時間を稼いでいた。
やがて、森の奥から地面を揺らすほどの足音が響いた。
先遣隊とは比較にならない数のクラスト兵が姿を現す。
その先頭で、第五騎士団長ジルバが槍を掲げた。
「第五騎士団、本隊到着! 灰壁砦を包囲する敵を退かせろ! ただし深追いはするな。王女殿下方と遊撃団の救援を最優先とする!」
本隊の到着により、戦況は一変した。
砦を攻めていたストログ兵は、背後から同規模の第五騎士団に迫られ、包囲を維持できなくなる。さらに砦内には、第二・第三遊撃団が残っている。
前後から挟まれることを恐れた敵は、部隊ごとに森へ退き始めた。
トッキーが追撃しようとする兵を止める。
「追うな! 砦の安全を確保しろ!」
第五騎士団も一定の距離まで敵を押し返すと、それ以上は追わなかった。
ストログ兵は森の奥へ消え、今度こそ砦の周囲から姿を消した。
ライトスは敵の気配が遠ざかったことを確かめ、ようやく守護魔法を解いた。
淡い光が外壁から消える。
全身から力が抜けかけたが、ガランがすぐに肩を支えた。
「だから、倒れる前に言えと言っただろう」
「倒れてはいない」
「支えられながら言っても説得力がないぞ」
ライトスは立ち直り、砦の門を開かせた。
門の向こうには、第五騎士団5,000人を率いて駆けつけたジルバが立っていた。
「第二遊撃団長ライトス、第三遊撃団長トッキー。よく持ちこたえた」
ジルバの言葉に、2人はそろって頭を下げた。
灰壁砦を覆っていた殺気は消えている。
ようやく、戦いの終わりを告げる静けさが戻っていた。




