第6話 救援へつながる糸
第一遊撃団は、クラスト国内の街道と国境周辺における軍の動きを調べていた。
偵察を主な任務とする第一遊撃団は、兵を一か所へ集めていない。小隊ごとに複数の経路を確認させ、得られた情報をシャーウのもとへ集約していた。
「団長、王都から来たという商人が面会を求めています」
副団長のセンクから報告を受け、シャーウは机上の地図から顔を上げた。
「商人? 取引なら担当へ回して」
「内政官マウク様から、団長へ直接渡すよう頼まれた手紙を持っているそうです」
マウクの名を聞き、シャーウはすぐに商人を通した。
受け取った封書には、確かにマウクの署名がある。
礼を述べて商人を退出させると、シャーウはセンクだけを残し、その場で封を切った。
「ウェル殿下への同行が、出立直前に中止……」
手紙には、マウクがウェルの相談役としてストログへ同行する予定だったこと、突然の国王命令で王城へ残されたことが記されていた。
それだけなら、王城内の事情で予定が変わったとも考えられる。
だが、マウクが同行しないことを前提とした書類は、命令が伝えられる前から整えられていた。
さらに、これから届く命令や不自然な軍の動きへ注意してほしいと書き添えられている。
「マウク様は、何が起きるか分かっていたのでしょうか」
センクの問いに、シャーウは首を横に振った。
「分かっていたなら、もっと具体的に書く人よ。誰が敵か断定せず、自分に起きたことだけを伝えている。何かは見えているけれど、全体までは分からないのでしょうね」
「それでも、正規の伝令を使わず、商人へ託した」
センクが選んだのは、手紙の内容ではなく届け方の異常だった。
「王城からの伝達が信用できない可能性まで考えたのよ。少なくとも、軽く扱っていい手紙ではないわ」
シャーウは地図へ視線を戻した。
マウクが警戒を促したのは、自分だけではないはずだった。しかし、誰へ手紙を出したのかは書かれていない。
受け取った側で、確認できた事実を基に判断しろということだろう。
その時、天幕の外から慌ただしい足音が近づいた。
戻ってきた偵察兵が入室し、シャーウの前へ膝をつく。
「報告します。ストログ兵が旧街道方面へ集結しています」
「規模は?」
「複数の経路から次々に到着しており、現在も増加中です。このまま集まり続ければ、5,000人規模に達する可能性があります」
「確認できた到着経路は?」
偵察兵が地図上の複数の道を順に示した。シャーウはその指先を追い、兵が向かう先を確かめる。
旧街道は、すでに主要な往来から外れている。国境警備のためとしても、5,000人近い兵を集める理由はなかった。
「他の部隊の動きは?」
「第三遊撃団が旧街道側へ入り、その後、戦闘が起きた形跡を確認しました。新街道付近にいた第二遊撃団も任務地を離れ、灰壁砦の方角へ向かっています」
「第二遊撃団が?」
「はい。500人全軍です」
第二遊撃団の指揮官はライトス。第三遊撃団を率いるのは、その弟であるトッキーだった。
2つの遊撃団が偶然同じ場所へ向かうとは考えにくい。
シャーウは別の偵察兵へ視線を向けた。
「ストログから帰国する王女殿下方の予定経路は?」
「本来は新街道を通る予定です。ですが、予定経路上では現在地を確認できていません」
マウクの警告。
旧街道へ集まるストログ兵。
戦闘へ入った第三遊撃団と、その救援へ向かったと見られる第二遊撃団。
そして、帰国途中で行方を確認できなくなったレインとユキネ。
ばらばらだった情報が、1つの場所へ集まっていた。
「灰壁砦ね」
シャーウが指した場所を、センクも見つめた。
「王女殿下方が、砦にいると?」
「断定はできない。でも、第二遊撃団500人が全軍で向かう以上、通常の任務ではない。第三遊撃団だけで対応できない事態が起きていると考えるべきよ」
「確認を待ちますか?」
「待たない。今から情報を取り直していたら、救援が間に合わなくなる」
それは推測だけで軍を動かすという意味ではなかった。
ストログ兵の異常な集結と、クラストの2つの遊撃団の移動は、第一遊撃団が自ら確認した事実である。マウクの手紙も、王城で何らかの異変が起きていることを示していた。
王女たちの現在地だけは推定だ。それを事実と混同せず、救援できる部隊へ直ちに渡す。確証がそろうまで待って手遅れになることを、シャーウは選ばなかった。
シャーウは意識を集中し、通信魔法を発動した。
呼びかける相手は、第五騎士団長ジルバだった。
『ジルバ、聞こえる?』
短い間を置いて、落ち着いた声が返る。
『聞こえている。何があった?』
『旧街道方面へ、ストログ兵が集まり続けている。このままでは5,000人規模になる。第三遊撃団はすでに交戦した形跡があり、第二遊撃団500人も全軍で灰壁砦へ向かったわ』
『王女殿下方は?』
『本来の経路では現在地を確認できない。灰壁砦にいる可能性が高いと見ている』
ジルバはすぐには答えなかった。
シャーウは、マウクから届いた手紙についても必要な範囲だけ伝えた。同行中止と、それ以前から手続きが用意されていたこと。今後の命令や軍の動きを警戒するよう求められたこと。
手紙の全文を読み上げることはしなかった。
今、ジルバが判断するために必要なのは、王城で起きた異変と、灰壁砦周辺の軍事状況だった。
『確認した情報に間違いはないか?』
『ストログ兵の移動と、第二・第三遊撃団の動きは第一遊撃団が直接確認した。王女殿下方の現在地だけは推定よ。でも、この状況で救援を遅らせれば、取り返しがつかなくなる』
『分かった。第五騎士団を出す』
声に迷いはなかった。
『5,000人全軍?』
『ああ。先遣隊を先に灰壁砦へ向かわせ、本隊もすぐに続く。王女殿下方と2つの遊撃団が包囲されているなら、少数だけを送っても救援にはならない』
シャーウは息をついた。
『ありがとう。こちらは引き続き敵の移動を調べて、分かったことを送る』
『シャーウも無理はするな。情報を得るために、敵へ近づきすぎるなよ』
任務中の会話に、わずかに夫としての響きが混じった。
『分かっている。あなたも気をつけて』
通信を終えると、シャーウはセンクへ向き直った。
「偵察範囲を広げるわ。ただし、敵との接触は避けて。第五騎士団へ安全な進路と、ストログ軍の集結状況を伝え続ける」
「承知しました。接近せずに見通せる場所を選び、各小隊の報告をつなぎます」
短い返答には、潜伏と観察を担う副団長として、必要な情報だけを持ち帰る判断が表れていた。
その頃、第五騎士団では出動命令が響き渡っていた。
機動力の高い兵が先遣隊として編成され、灰壁砦へ向けて出発する。その後方では、ジルバが残る本隊の準備を急がせていた。
誰の命令でストログ兵が動いているのか。
王女たちが、なぜ旧街道へ入ったのか。
まだ分からないことは多い。
それでも、第五騎士団5,000人が向かう目的だけは明確だった。
灰壁砦にいる者たちを、生きて連れ戻すためだった。




