第5話 砦の内と外
ライトスの守護魔法に矢を弾かれ、林に潜んでいた弓兵たちが動揺した。
その背後へ、第二遊撃団500人が迫る。
「弓兵を前へ出させるな! ガラン、左から敵を砦側へ押せ!」
「任せろ! 第二遊撃団、隊列を崩すな! 守護魔法の範囲から出るんじゃないぞ!」
ガランの号令を受け、第二遊撃団が横へ広がった。
敵の背後を突いたとはいえ、ライトスは無理に突撃させなかった。敵を砦と第二遊撃団の間へ挟み、退路を限定することを優先する。敵兵の向きと味方の間隔を見ながら、守護魔法の範囲を押し進めた。
ストログ兵は慌てて向きを変えた。
その隙にトッキーがユキネのもとへ駆け寄る。
「ユキネ殿下、今のうちに戻ります!」
ユキネは林の向こうにいるライトスを見つめたまま、一瞬動かなかった。
「殿下!」
呼びかけられて我に返り、剣を握り直す。
「分かりました。砦へ戻ります」
トッキーとユキネは、連れてきた兵たちをまとめて門へ走った。敵兵が追おうとしたが、第二遊撃団の弓兵から矢を浴び、足を止める。
砦の上から戦況を見ていたレインは、2人が門へ近づいたのを確認した。
「門の前にいる敵を退かせます!」
詠唱を終えると、地面から広い水流が立ち上がった。
門前へ集まっていたストログ兵が押し流され、その間に砦の門が開く。トッキーたちが中へ飛び込むと、兵たちはすぐに門を閉ざした。
レインは外壁から身を乗り出し、林の向こうへ目を向けた。
第二遊撃団は、敵の背後へ到着しても勢い任せに斬り込んではいない。敵の反撃を守護魔法で受け止めながら、少しずつ砦へ押し戻している。
その中心にいる青年が、ライトスなのだろう。
「全員を守りながら、あれほど広い範囲へ魔法を……」
レインの呟きを聞き、戻ってきたトッキーが答えた。
「兄上の守護魔法です。攻めることより、生き残らせることを考える人ですから」
声には、隠しきれない誇らしさがあった。
「よく信じているのですね」
「はい。俺にはできない戦い方ができる人です」
トッキーは外壁へ上がり、敵の配置を確かめた。
第二遊撃団の出現により、ストログ兵の注意は完全に背後へ向いている。砦側から攻撃すれば、挟撃できる。
「門を開ける準備をしろ!」
命令を聞いたユキネが、トッキーの隣へ立った。
「また外へ出るのですか?」
「今度は追いません。第二遊撃団と足並みをそろえ、敵をここから退かせます」
「ならば、私も出ます」
先ほど罠にかかったばかりだった。それでも、ユキネの声に怯えはない。
トッキーは止める代わりに、短くうなずいた。
「俺より前へは出ないでください」
「それは、あなたが私より前へ出るという意味ですか?」
「戦闘の指揮は俺が執ります。王女殿下を先頭には立たせられません」
「分かりました。ですが、隣で戦うことまでは止めないでください」
「それでお願いします」
砦の門が開かれた。
トッキーを先頭に、第三遊撃団の動ける兵が外へ出る。ユキネもその列へ加わった。
砦側が動いたことに気づいたライトスは、敵の攻撃を守護魔法で受け止めながら、第二遊撃団へ指示を飛ばした。
「前へ出すぎるな! トッキーたちが門から出る。敵を倒すことより、砦から引き離すことを優先しろ!」
ガランがすぐに兵を組み替え、左右へ逃れようとする敵の進路を塞いだ。
前方からはトッキー率いる第三遊撃団。後方からはライトス率いる第二遊撃団。
挟まれたストログ兵の隊列が乱れる。
敵兵が突破を試みて一斉に押し寄せたが、第二遊撃団の前には淡い光の壁が広がった。剣も魔法も守護魔法へ阻まれ、その勢いを失う。
「今だ! 押し返せ!」
ガランの号令とともに、第二遊撃団が一歩前へ出た。
反対側では、トッキーが崩れた敵の隙へ迷わず踏み込んでいた。
「門の前から追い払え! 深追いはするな!」
ユキネも隣で剣を振るい、砦へ近づこうとする兵を退ける。先ほどの失敗を繰り返すまいとするように、トッキーの位置と門までの距離を確かめ、隊列からは離れない。
ライトスは遠目にその姿を認めた。
先ほど、自分の名を口にしたように聞こえた。しかし、ユキネと会った記憶はない。王族である彼女が、平民出身の遊撃団長を知っている理由も思い当たらなかった。
今は確かめている場合ではない。
敵の魔法が砦の外へ出た第三遊撃団へ向けて放たれる。
ライトスは意識を集中し、守護魔法の範囲を崩さずに受け止めた。衝撃が淡い光の表面を走ったが、内側にいる兵たちへは届かない。
「団長、右から回り込もうとしている!」
ガランの声に、ライトスはすぐ右手を見た。敵の進路は砦から外れている。そこへ兵を割けば、門へ続く道が薄くなる。
「追うな。砦から離れていくなら、そのまま退かせろ。目的は砦への合流だ」
敵を包囲して全滅させようとすれば、こちらの隊列も広がる。さらに増援が来れば、逆に分断されかねない。
勝つ必要はない。
全員が砦へ入り、守りを整えるための時間を作ればよい。
第二、第三遊撃団の圧力に耐えきれず、ストログ兵の一部が森へ退き始めた。それを見た他の兵も、次々に戦線を離れていく。
「敵が退くぞ!」
声が上がったが、ライトスは追撃を許さなかった。
「その場で止まれ! 負傷者を先に砦へ入れろ!」
トッキーも同じ判断を下した。
「第三遊撃団、追うな! 砦へ戻れ!」
敵は森の奥まで退いた。
完全に撤退したわけではない。木々の間にはまだ多数の人影があり、後方から到着する兵も途切れていなかった。
一時的に距離を取っただけだ。
トッキーとユキネが砦へ戻り、続いて第二遊撃団が負傷者から門を通過した。ガランが後方を警戒し、最後まで外に残ったライトスも、全員が入ったことを確かめてから門をくぐる。
重い門が閉じられた。
砦の中では、シャルンが兵を動かしていた。
「第二遊撃団の物資は、第三遊撃団のものと分けずに管理してください。治療のできる方は、こちらの負傷者をお願いします」
ガランは指示を聞くと、すぐに部下へ伝えた。
ライトスは守護魔法を維持したまま、砦内を見回した。
第三遊撃団とクラストの護衛兵には、多くの負傷者がいる。門や外壁も、次の攻撃までに確かめなければならない。外にいる敵の数も増え続けていた。
「兄上!」
トッキーが駆け寄ってくる。
ライトスは弟の無事を確認し、ようやく息をついた。しかし、団長として確かめるべきことが先だった。
「間に合ってよかった。状況を教えてくれ」
「最初は200人ほどでした。ですが、今も増援が続いています。王女殿下方を狙った襲撃で間違いありません」
その言葉に続いて、レインとユキネが歩み寄ってきた。
ライトスは2人と直接会うのは初めてだと思い、姿勢を正して頭を下げた。
「第二遊撃団長、ライトスです。救援が遅くなり、申し訳ありません」
「いいえ。あなたが来なければ、ユキネだけでなく、ここにいる全員が危険でした。ありがとうございます」
レインの言葉に、ライトスは首を横に振った。
「まだ終わっていません。敵は森の外へ退いただけです。次の攻撃に備えます」
ユキネは何も言わず、ライトスの顔を見つめていた。
ライトスはその視線に戸惑ったものの、幼い頃に会った少女と結びつけることはできなかった。
ユキネもまた、過去を口にしなかった。
砦の外では、再び兵が動く音が広がり始めていた。




