第4話 届いた守り
「灰壁砦まで退く! 負傷者を中央へ集めろ!」
ライトスからの通信を受けたトッキーは、迷わず命令を切り替えた。
第三遊撃団が加わったことで戦線は持ち直していたが、森の奥から現れるストログ兵は増え続けている。街道に残れば、いずれ数で押し潰されるのは明らかだった。
「灰壁砦までは、ここからどの程度ですか?」
レインの問いに、シャルンが周囲の負傷者と馬車の状態を見比べて答える。
「負傷者を連れているため、急いでも時間はかかります。ただ、街道上で戦い続けるよりは安全です」
レインは、矢の刺さった馬車と倒れた護衛兵へ目を向けた。歩けない者を残して速度を上げる選択はない。
「負傷者を置いてはいけません。動ける方で守りながら、全員で砦へ向かいます」
「承知しました。馬車へ乗せる者と、歩ける者を分けます」
護衛兵には、すでにかなりの犠牲が出ていた。動ける者も傷を負いながら戦っている。
シャルンは残された馬車へ負傷者を乗せ、持ち出せる物資を確かめた。
「荷物は捨てて構いません。水と食料、治療に使えるものを優先してください。歩ける方は馬車を負傷者へ譲って。誰を乗せたかも記録してください」
逃げ切るだけでなく、その先で何人を治療し、どれだけ支えられるかまで考えた指示だった。
ユキネは敵兵を退けながら、トッキーへ声を飛ばした。
「後方は私も守ります」
「王女殿下を危険な場所には置けません」
「ここで守られるだけなら、剣を持っている意味がありません。私が下がれば追撃を許し、姉様と負傷者へ届きます」
ユキネの剣筋と、敵が押し寄せる位置を見たトッキーは、それ以上止めなかった。
「では、俺の近くを離れないでください。敵を追いすぎず、退路を守ります」
「分かりました」
第三遊撃団は交代しながら敵を押し返し、王女一行と負傷者を先に進ませた。トッキーとユキネが最後尾で追撃を防ぎ、少しずつ旧街道を後退していく。
レインは馬車のそばを離れず、敵がまとまって迫るたびに短い詠唱で水流を起こした。敵を倒すためではなく、負傷者を運ぶ隊列との間を広げるために力を使う。
やがて木々の間から、灰色の石壁が見えた。
灰壁砦は長く使われていなかったが、外壁と門は残っていた。先に到着した兵が内部を確かめ、危険がないことを確認する。
「負傷者から入れ! 全員が入るまで門を閉じるな!」
トッキーの号令に、兵たちが動く。
敵の矢が追いすがる中、最後の兵が砦へ滑り込み、重い門が閉じられた。
息を整える暇もなく、シャルンは砦内を見回した。残された物資だけでは、長い籠城には耐えられない。門の近くへ負傷者を集めれば、破られた時に逃げ場も失う。
「食料と水は分けて保管してください。けが人は門から離れた壁際へ集め、治癒のできる方を重傷者から回します。矢と薬は数を確認し、使うたびに残数を報告してください」
レインも負傷者のそばへ向かおうとしたが、シャルンに止められた。
「レイン殿下は、広範囲魔法で外壁を援護してください。敵がまとまって接近した時に動きを止められるのは、殿下だけです。ここは私が引き受けます」
助けを求める声が耳に残る。それでも、今の自分が負傷者のそばへ行けば、外壁を守る力が1つ減る。
「分かりました。魔法を使う位置と敵の動きを知らせてください。ここにいる方々は、あなたに任せます」
「お任せください」
砦の外から怒号が上がった。
ストログ兵が門へ迫り、外壁へ矢を浴びせ始める。砦へ退くまでに見えた兵だけでも、最初の200人を大きく上回っていた。さらに後方から増援が続いている。
トッキーは兵を外壁へ配置した。
「門の前に集まる敵を優先して狙え! 壁を越えようとする者は近づけさせるな! 矢は敵が射程へ入るまで使うな!」
門へ密集した敵兵に向け、レインが詠唱を始めた。
地面から噴き上がった水流が広く押し寄せ、攻城のために集まっていた兵たちをまとめて後退させる。その隙に第三遊撃団の弓兵が矢を放った。
ユキネは門の内側で剣を握り、外の気配を探っていた。
「ここへ来るまでとは、動きが違います。正面から押すだけでなく、こちらの注意を散らそうとしています」
トッキーも壁の隙間から外を見た。
「俺たちを砦へ追い込んだ後も、増援が止まらない。王女殿下方を殺すまで退くつもりがないのでしょう」
「ならば、待っているだけでは数が増え続けます」
「兄上が来ます。それまでは、ここを守ります」
迷いのない答えだった。
ユキネは隣に立つ少年を見た。先ほど初めて会ったばかりだが、敵に囲まれた状況でも声に恐れがない。兵たちも、その声を聞けば迷わず動いていた。
外壁の一角から警告が上がった。
「敵弓兵、右手の林へ移動!」
林の手前で、ストログ兵の一部が急に後退した。その奥には、護衛を失ったように見える弓兵たちが残されている。
弓兵を放置すれば、外壁上の兵と負傷者を運ぶ者が狙われ続ける。すでに壁へ突き立つ矢は増え、兵たちは身を伏せながら応戦していた。
トッキーは門の外へ目を凝らした。
「今なら弓兵を崩せる」
「私も行きます。弓兵へ近づく間、横から来る敵を防げます」
ユキネの言葉に、トッキーは一瞬だけ迷った。
「門から離れすぎないでください。弓兵を退かせたら、すぐ戻ります」
門がわずかに開かれ、2人は選抜した兵とともに外へ出た。
トッキーが正面の敵を切り崩し、ユキネがその脇を抜けようとした兵を退ける。残されていた弓兵は、2人が近づくと林の奥へ逃げ始めた。
「逃がすな!」
トッキーが踏み込む。
ユキネも続いたが、前方にいた敵兵は戦おうとせず、さらに後退した。
不自然だった。
弓兵を守る兵が崩れたのではない。最初から、追わせるために道を開けていた。
外壁から戦況を見ていたレインは、敵兵が左右へ分かれたことに気づいた。退いているのではない。2人を囲める位置へ移っている。
「トッキー、戻ってください!」
レインの声が砦の上から響く。
同時に、林の両側で弓が一斉に引かれた。
隠れていた弓兵たちの狙いは、先頭を走るトッキーではなかった。
「クラストの王女を狙え!」
声が上がり、すべての矢先がユキネへ向く。
ユキネは反射的に剣を構えた。しかし、正面だけでなく左右からも矢が放たれている。剣だけですべてを落とすことはできない。
トッキーが引き返そうとした時には、無数の矢がユキネへ迫っていた。
その瞬間、淡い光がユキネの全身を包んだ。
最初の矢が光へ触れ、弾かれる。
続く矢も次々に見えない壁へ遮られ、1本もユキネの身体へ届かなかった。
同じ光はトッキーだけでなく、砦の外壁に立つ兵や負傷者たちまで包んでいた。
「これは……守護魔法?」
ユキネが息をのむ。
遠方から砦全体へ届くほど広い守り。その魔法を、彼女は幼い頃に一度だけ見たことがあった。
林の向こうから、クラスト兵の一団が姿を現した。
その先頭に立つ青年が、敵の動きを見据えながら声を張る。
「トッキー、ユキネ殿下を連れて砦へ戻れ! ここからは僕たちが敵の背後を押さえる!」
顔立ちと声に、幼い日の面影が重なった。
ユキネは迫る敵も忘れ、青年を見つめた。
「ライトス……?」
成長した姿を前にしても、間違えるはずがなかった。
あの日、自分を守り、木彫りのペンダントをくれた少年が、再び彼女へ届くはずだった刃を防いでいた。




