第3話 灰壁砦へ
新街道の国境付近で、第二遊撃団は周辺の警戒にあたっていた。
街道沿いに異常はなく、ストログ側にも大規模な軍の動きは見られない。任務を終えた兵たちは、ライトスの指示を待ちながら装備を整えていた。
「団長、王都から伝令です」
副団長のガランに呼ばれ、ライトスは天幕の外へ出た。
馬を降りた伝令兵から差し出された命令書には、第二遊撃団へ王都へ帰還するよう記されていた。理由は、ストログから帰国するレインとユキネを出迎えるためだった。
「王女殿下方は、もう国境に近いのですか?」
ライトスが尋ねると、伝令兵は首を横に振った。
「詳しい現在地までは知らされておりません。元帥閣下からは、任務を切り上げ、速やかに帰還せよと」
「分かりました。伝達ありがとうございます」
伝令兵を見送った後、ガランが命令書を受け取った。
「出迎えのために、国境付近で任務中の俺たちまで王都へ戻すのか」
「王女殿下方の正式な帰国だからな。王都へ兵をそろえたいのだろう」
そう答えながらも、ライトスはわずかな違和感を覚えていた。
第二遊撃団は儀礼を担う部隊ではない。王女を迎えるだけなら、王都に駐留する騎士団や兵で十分なはずだった。しかも、帰国する王女たちの現在地を伝令兵は知らされていない。
とはいえ、正式な帰還命令を疑うだけの根拠はない。命令を受けた以上、推測だけで動きを止めることもできなかった。
「帰還準備を始める。全員に伝えてくれ。ただし、周辺の警戒は最後まで解くな」
「分かった」
ガランが動きだした直後、街道側から1人の商人が近づいてきた。荷車を伴っていたが、取引に訪れた様子ではない。兵に止められると、懐から封書を取り出した。
「第二遊撃団長のライトス様へ、直接お渡しするよう頼まれています」
ライトスは商人のもとへ向かった。
「僕がライトスです。誰から預かったものですか?」
「王城の内政官、マウク様です」
その名を聞き、ライトスは封書を受け取った。
マウクと直接話したことはない。王城に有能な内政官がいるとは聞いていたが、なぜ自分へ手紙を送ったのか見当もつかなかった。
封を切り、ガランとともに文面を読む。
ウェルの出立直前、同行予定だったマウクへ突然の同行中止命令が出されたこと。にもかかわらず、マウク不在を前提とした手続きが事前に整えられていたこと。そして、今後届く命令や不自然な軍の動きへ注意してほしいことが書かれていた。
「帰還命令の直後に、これか」
ガランが王都からの命令書と手紙を見比べた。
「マウク殿は、この命令を知っていたと思うか?」
「いや。手紙には、第二遊撃団の帰還命令について何も書かれていない。ただ、何かが起こる可能性を考えて、僕たち以外にも警告を送ったんだろう」
「何が起こるか分からないうちに、か」
ライトスはもう一度、手紙へ目を落とした。
同行者を突然外されたというだけなら、手続き上の変更とも考えられる。しかし、変更を命じる前から必要な書類が整えられていたのなら、話は違う。
マウクは、そこに意図があると見た。
しかも相手を断定せず、自分が何を知っているかを必要な範囲だけ記している。受け取った側が独自に状況を判断できるようにするためだろう。
「ずいぶん先を読んでいるな」
ガランの言葉に、ライトスはうなずいた。
「まだ何も起きていない段階で、王城の伝令ではなく商人へ託している。マウク殿は、正規の伝達手段まで信用できない可能性を考えたんだろう」
「だとすれば、この帰還命令も無条件には信じられないか」
「命令そのものが偽物だとは言えない。国王陛下の名で正式に出されている。ただ、僕たちをこの場所から動かす意図が別にあるのかもしれない」
帰還命令に従えば、第二遊撃団は国境から離れる。その間に何かが起きたとしても、すぐには対応できない。
だが、手紙が示しているのは疑うべき理由であって、王命に背く根拠ではない。ライトスは帰還準備を続けさせたまま、国境周辺に残る時間と移動経路を頭の中で組み直した。
その時、意識の奥へ強い魔力が割り込んでくる。
聞こえたのは、弟の声だった。
『クラストとストログ王国を繋ぐ街道脇の森で王女殿下たちが襲撃されている。加勢してくれ』
「トッキー!」
通信は短く、それだけで途切れた。
だが、必要な情報は入っている。王女たちは街道脇の森で襲われ、トッキーたちはすでに交戦している。第二遊撃団が警戒している新街道に戦闘の気配はない。ならば、襲撃地点は森を隔てた旧街道側と考えられた。
ガランがライトスの表情を見た。
「第三遊撃団か?」
「王女殿下方が襲撃されている。トッキーたちはすでに交戦中だ」
「敵の数は?」
「分からない。だが、第三遊撃団が救援を求める状況だ。少なくとも、王女殿下方と負傷者を守りながら、街道上で支え続けられる相手じゃない」
ライトスは天幕へ戻り、机の上へ地図を広げた。
新街道と旧街道は森を挟んで離れている。第二遊撃団の現在地から旧街道へ抜ける経路を指で追い、その先へ視線を移した。
旧街道の近くに、小さな砦が記されている。
灰壁砦。
現在は主要街道から外れているが、かつて国境防衛に使われていた砦だ。周囲を石壁で囲まれ、森の中で兵を守る場所としては、街道上よりはるかに適している。
「ここだ」
ライトスが地図を指すと、ガランはすぐに意図を理解した。
「第三遊撃団に、灰壁砦まで退かせるのか」
「ああ。街道で戦い続ければ、敵の増援が来た時に支えきれない。負傷者と王女殿下方を守りながら移動するなら、目的地を先に決める必要がある」
「俺たちはどう動く?」
「第二遊撃団500人、全軍で灰壁砦へ向かう。部隊を分ければ、到着前に各個に崩される危険がある」
王都帰還命令は受けたばかりだった。
それでも、迷う余地はなかった。王女たちが現に襲われている以上、出迎えるために王都へ戻ることより、救出を優先しなければならない。これは命令を捨てるのではなく、命令の目的を守るための判断だった。
ライトスは再びトッキーへ通信を送った。
「トッキー、聞こえるか。王女殿下方と負傷者を守りながら、灰壁砦へ退いてくれ。僕たちも全軍で向かう」
短い間の後、荒い息遣いに混じって返事が届いた。
『分かった』
それだけで通信は切れた。
詳しい説明を求めないのは、トッキーが戦闘中だからだけではない。兄が退却先として灰壁砦を選んだなら、今は従うべきだと判断したのだろう。
ライトスは天幕を出た。
すでにガランが兵たちへ号令をかけ、王都帰還のためにまとめていた装備を出動用に切り替えさせている。ライトスの決断を待つ間にも、必要な準備を見極めて動いていた。
「第二遊撃団、全員準備! 目的地は灰壁砦。王女殿下方と第三遊撃団を救出する!」
兵たちの空気が一変した。
ライトスは集まった500人を見渡した。
「敵の数も、王女殿下方の被害も分からない。先行しすぎるな。隊列を崩すな。目的は敵を倒すことじゃない。王女殿下方と負傷者、第三遊撃団を灰壁砦へ入れることだ」
勝つことだけを考えれば、敵を探して突撃すればよい。
しかし、王女たちと負傷者を守り、生きて帰るために必要なのは、崩れないことだった。
「第二遊撃団、出発する!」
ライトスの号令とともに、第二遊撃団500人は新街道を離れ、灰壁砦へ向けて動き始めた。




