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灰壁の守護者~剣に恵まれなかった遊撃団長は、守護魔法で仲間を生還させる~  作者: ムネディ


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第59話 斬らないための剣

 ウェルの身体が動いた。

 

 踏み出した先にいたのは、レインだった。呼びかけも迷いもなく、ただ最短の距離を選び、姉へ向かって腕を伸ばす。

 

「姉上!」

 

 ユキネがレインを後ろへ押し、自分が前へ出た。同時に、ライトスが守護魔法を展開する。

 

 見えない壁へぶつかったようにウェルの身体が止まった。だが、それは一瞬だった。

 

 止められたと分かるより早く身体の向きが変わる。今度は、レインを庇って前へ出たユキネへ踏み込んだ。

 

 ユキネは剣を抜いた。それでも刃は弟へ向けない。伸びてきた腕を手首で払い、肩を入れて軌道を外す。ウェルの身体が横へ流れたが、転ぶことなく床を蹴り、すぐに体勢を戻した。

 

「ウェル! 私です!」

 

 返事はない。

 

 ユキネはその目を見た。アドラスで1度だけ向けられた、知らない者に狙いを定められたような視線。あの時はすぐ消えたが、今は消えない。

 

「姉上、私から離れないでください」

 

「分かりました」

 

 レインは後ろへ退きながらも、弟から目をそらさなかった。

 

「ウェル。聞こえていますか。私です。レインです」

 

 反応はない。ウェルが再び前へ出る。

 

 ライトスは守護魔法を強め、衝撃を受け止めて押し返した。それでもウェルは止まらない。

 

 痛みを避けようとも、守りを崩す方法を探そうともしない。ただレインとユキネへ届くまで、同じ動きを繰り返そうとしている。

 

 そこには、先ほどまで姉たちへ向けていた迷いも、苦しそうに言葉を探していた姿もなかった。呼びかけに反応しないまま、遮られれば向きを変え、2人のどちらかへ届くためだけに動いている。

 

 その異様さに、ライトスは剣へ手を伸ばさなかった。

 

 倒すだけなら、もっと簡単だった。ユキネもトッキーもウェルより剣の腕は上だ。自分たち4人で囲めば、殺して止めることはできる。

 

 だが、それでは何が起きているのか分からないまま終わる。何より、つい先ほどまでそこにいたウェル自身まで一緒に斬ることになる。

 

「トッキー! レイン殿下とユキネ殿下を守れ!」

 

「兄上は?」

 

「僕はウェル殿下を止める!」

 

「分かった!」

 

 トッキーが剣を抜き、レインたちの前へ入る。団長同士として、長い説明はいらなかった。

 

 ライトスは守護魔法を維持したまま、ウェルへ意識を集中する。

 

 防ぐだけではない。ライトスの守護魔法には、相手の魔力を低下させ、魔法による力を弱めるものがある。

 

 今のウェルに魔法が作用している証拠はない。それでも、試す理由はあった。

 

 記憶が途切れ、言おうとした言葉が止まる。そして今、本人の意思が消えたように2人だけを狙っている。

 

 ライトスはウェル本人を傷つけるのではなく、その身体へ働いているかもしれない力を弱めることを頭に描いた。

 

 守護魔法が切り替わり、ウェルの足が止まる。完全には止められない。それでも、初めて動きが鈍った。片足を前へ出した姿勢のまま、何かに抗うように身体が震えている。

 

 この変化だけで、魔法に支配されていると決めることはできない。それでも、守護魔法へ反応したという事実は、ライトスが次に試すべき方向を示していた。

 

 レインは、ウェルへ駆け寄りたい衝動を押さえた。少し前までなら、弟が苦しそうにしていれば迷わず手を伸ばしていた。けれど今は、自分が近づくことそのものがウェルを動かす理由になっているかもしれない。

 

 姉としてそばへ行きたい。王位継承第1位として、この場の判断を誤れない。その2つが胸の中でぶつかっても、レインは足を止めた。

 

「ユキネ。無理に押さえ込まないでください。ウェルが戻った時、自分の身体に傷だけが残っていたら、また自分を責めます」

 

「分かっています。だから斬りません」

 

 ユキネは短く答えた。弟を守りたい気持ちは同じだった。だが、彼女が選んだのは抱きついて止めることではない。剣士として間合いを測り、姉へ届く軌道だけを潰し続けることだった。

 

「兄上! 今のは、兄上がやったのか?」

 

 トッキーもウェルの変化を捉えていた。

 

「ああ。でも、止め切れない!」

 

 ウェルが顔を上げ、再び身体を前へ出す。ライトスは守護魔法を切らさなかった。

 

 効いている。少なくとも、何も起きていないわけではない。しかし、魔力を弱めるだけではウェルを解放できない。

 

 その時、トッキーがミカと試した前日のことを口にした。

 

「兄上。もう1度、今のを強くできるか?」

 

「何をするつもりだ」

 

「分からない。でも、試したいことがある」

 

 ライトスは振り返らなかった。弟の声には迷いがあり、できるとは断言していない。それでも、ミカの掌に浮かんだ小さな光を、魔力を流した剣先で1度だけ歪ませたことは聞いている。

 

 術を消せたわけではなく、再現もできなかった。だが、飛んできた魔法を剣で受けるのではなく、すでに働いている術へ剣を介して触れる。その手掛かりを、トッキーは掴みかけていた。

 

 成功する保証はない。だからといって、ウェルを傷つけずに止める可能性がほかに見えているわけでもなかった。ライトスは守りを崩さず、その一度へ賭ける余地を弟に作ると決めた。

 

「やれ。僕が止める」

 

 トッキーは1歩前へ出た。

 

「レイン殿下、ユキネ殿下。俺より前へ出ないでください」

 

 レインが何か言いかけたが、先にユキネが答えた。

 

「分かりました。ですが、ウェルを斬るつもりなら止めます」

 

「斬るのはウェル殿下じゃありません」

 

 それ以上は説明できなかった。何を斬れるのか、トッキー自身にもまだ分かっていない。

 

 トッキーは剣を構えた。魔力を集めず、押し込まず、普段から身体の中へ細く流し続けているものを、そのまま肩から腕へ、手から柄へ伸ばそうとする。

 

 だが、最初は柄の中で散った。

 

「くそっ」

 

 焦った瞬間、流れが消えた。ウェルがライトスの守護魔法を押し返し、1歩進む。

 

 ライトスは足を踏ん張った。

 

「トッキー、ウェル殿下を見るな!」

 

「え?」

 

「自分の剣をやれ! こっちは僕が止める!」

 

 兄の言葉に、トッキーは息を吐いた。ウェルの動きを追えば焦る。レインの姿を見れば、なおさら急ぎたくなる。それでは前と同じように、魔力を剣へ入れようとして柄で散らしてしまう。

 

 トッキーは1度だけ目を閉じた。

 

 ライトスは、弟が自分の守護魔法を見て、必要な時だけ急に作るのではなく、普段から流れを切らさないことを覚えようとしていたのを知っている。

 

 トッキーの腕にあった細い流れが、そのまま先へ伸びる。柄を越え、刃の根元へ淡い揺らぎが走った。

 

 半ばまで。以前はそこで消えた。

 

 トッキーは力を込めず、ただ流れを止めなかった。揺らぎはさらに先へ進み、ついに剣先まで届く。

 

 ライトスはウェルを押し戻しながら、その淡い揺らぎを横目に捉えた。弟が焦りに任せて剣を振り回しているのではない。自分の魔力を途切れさせず、刃の先まで導こうとしていることが分かった。

 

「……通った」

 

 だが、それだけではウェルの動きは変わらない。

 

 トッキーは踏み込み、身体を斬らない距離で剣を振った。何も起きない。もう1度試しても同じだった。

 

「違う……」

 

 剣に魔力を乗せること自体が目的ではない。刃を通して、すでに働いている術へ触れる。ならば探すべきはウェルの身体ではなく、その身体へ作用している何かのはずだった。

 

 ライトスは守護魔法をさらに強めた。ウェルの動きがまた鈍る。

 

 その瞬間、トッキーの剣へ流した魔力が何かに触れた。

 

 ライトスには見えない。だが、トッキーはわずかに目を見開いた。ミカの光が歪んだ時と同じ感触が、今度は剣先からはっきり返ってきたのだ。

 

「兄上! 今のを続けてくれ!」

 

「分かった!」

 

 ライトスは答えながら、ようやく弟が何を見つけたのか悟り始めた。自分の守護魔法で弱くなった時だけ、トッキーの剣が何かへ届いている。

 

 ならば、守るためにやることは1つだった。ウェルを倒すのではない。弟の剣が届くところまで、ウェルを動かしている力を弱める。

 

 ライトスは守護魔法へ意識を集中した。トッキーも、剣先に返るわずかな抵抗を逃さない。

 

 今度こそ、そこに触れている。ウェル本人ではなく、ウェルの中で彼を動かしている何かに。

 

 2人の間に、もう言葉は必要なかった。

 

 兄が弱める。

 

 弟が、その瞬間を捉える。

 

 斬るべきものが、ようやく見えないまま形を持った。

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