第55話 閉ざされた王都
王都の城壁が見え始めたところで、先行していた第一遊撃団の兵が戻ってきた。
一行は街道の脇で足を止める。ライトスは話を聞く前に、兵の背後へ続く道へ意識を向けた。追手の気配はなく、王都へ向かう人の流れも完全には途切れていない。それでも、遠くに見える王城の周囲だけは、これまでとは違う緊張に包まれていた。
「王城正門は閉じられたままです。城壁の上には近衛と弓兵が配置されています。元帥府から閉門命令が出た後、解除する命令は届いていません。正門前で今も戦闘が続いている様子はありませんが、第六騎士団の護衛がその後どうなったかは確認できませんでした」
シャルンがすぐに問い返す。
「閉門命令が出たのは、第六騎士団と王城側の兵が衝突した後ですね」
「はい。王城への攻撃と判断された直後です」
「門の配置は、あなた方が直接確かめたものですか」
「はい。閉門命令が解除されていないことは、王都内の協力者とも照合しています」
「分かりました。第六騎士団の護衛については、消息不明以上のことは決めず、未確認のまま扱います」
兵はうなずいた。シャーウから預かった役目どおり、自分で確かめたものと人から聞いた話を混ぜていない。
レインは王都の城壁を見つめた。ようやく帰ってきた故郷だったが、父が待つ場所ではなくなっている。ウェルはその内側に拘束され、ボリャークまで死んだ。胸の奥へ沈むものはあっても、それを理由に判断を他人へ預けようとはしなかった。
「ここから先も、大人数で動いているように見せたくありません。先行している方々は周囲の警戒を続けてください。私たちはこのまま王城へ向かいます。ただし、門へ着くまでは武器を抜かず、こちらから争う意思がないことを崩しません」
「姉上、正門へ着く前に私が前を確かめます」
ユキネはすでに城壁の上へ目を向けていた。旗ではなく人の位置を追っている。弓を持つ兵、門の脇に置かれた盾、出入りを確かめる者。正門だけでなく、左右の城壁と建物の陰にも注意を配っていた。
「危険がないと分かるまでは、門の真下へ立たないでください。声を届けるなら、矢を受けても退ける距離を残せます」
「分かりました。ただし、私だけ後ろへ下がって皆さんに話をさせるつもりはありません。私が戻ったことは、私自身が示します」
ユキネは反対しなかった。その代わり、姉より半歩前を保った。守られる王女としてではなく、自分も姉を守る側に立つという距離だった。
王都へ入ってからも、一行は急がなかった。
ライトスは道の先だけでなく、建物の間や高い場所へ意識を向ける。ここまで来て守護魔法を展開すれば、レインたちを守ることはできる。しかし、何も起きていないうちから光の壁を出せば、王城側には攻撃へ備えたようにも見える。
使えることと、使うべきことは違う。
だから魔力は動かさず、何かあればすぐに一行を覆える距離だけを保った。守る対象を狭めすぎないよう、レインとユキネだけでなく、前へ出るルートシンやシャルンの位置も確かめる。
トッキーも剣へ手をかけず左側を警戒し、ミカは城壁の上で詠唱を始める兵がいないかを追っていた。誰も戦うために戻ったわけではない。それでも、戦わずに済む保証もなかった。
やがて王城正門が見えた。
扉は固く閉ざされ、城壁の上には兵が並んでいる。門前の石には、数日前の衝突が残した傷があった。石を擦った剣の跡と、乱れたまま乾いた土。その場所へ目を留めたユキネの歩みが、わずかに遅くなる。
「ここで、クラストの兵同士が戦ったのですね」
レインは足元へ一度だけ目を落としたが、立ち止まらなかった。
一行が近づくと、城壁の上から声が飛ぶ。
「そこで止まれ! 所属と目的を告げろ!」
ライトスたちは足を止めた。誰も武器を抜かない。ユキネは城壁の弓兵から姉をかばえる位置を崩さず、ライトスも守護魔法を出せる間合いを保つ。ルートシンは腰の剣から手を離したまま、一歩前へ出た。
「第一騎士団長ルートシンだ。レイン殿下、ユキネ殿下に同行している。両殿下は御本人であると私が直接確認した。入城を強行する意思はない。まず、両殿下が帰還されたことを城内へ取り次いでもらいたい」
城壁上の兵たちがざわめいた。
ライトスは弓兵の指先を追った。まだ誰も矢をつがえていない。それでも警戒は解かなかった。ルートシンが同行していても、王城側がアドラスで起きたことをどこまで知っているかは分からない。
しばらくして、門の内側から近衛兵の声が返ってきた。
「王城は閉鎖中です。門を開く許可は出ておりません。確認を取りますので、その場でお待ちください」
ユキネが眉を寄せる。
「誰に確認するのですか。父上も、ボリャーク元帥も亡くなっています」
答えはすぐには返ってこなかった。
その沈黙だけで、王城の中も同じ問題を抱えていることが分かる。最後の命令は残っている。だが、その次を誰に求めるのかが定まっていない。
シャルンが一歩進み、門の向こうへ届く声で尋ねた。
「現在、正門を閉じている根拠は、ボリャーク元帥が出した閉鎖命令で間違いありませんか」
「そのとおりです」
「元帥が亡くなられた後、それを変更する命令は届いていますか」
「……届いておりません」
シャルンはそこで質問を止めた。門を開けろとも、元帥の死によって命令が失効したとも言わない。近衛が答えられる事実だけを確定させ、判断の責任を曖昧にさせなかった。
「では、その2点を分けて記録に残していただけますか。閉鎖命令が出た時と、ボリャーク元帥の死亡が確認された時を混ぜないでください」
マウクが小さく息を吐く。
「相変わらず、逃げ道を塞ぐね」
「事実の順番を残しているだけです」
「それを逃げ道を塞ぐって言うんだよ」
シャルンは返事をせず、門へ意識を戻した。
レインが前へ出る。
ユキネの手が伸びかけたが、レインは門から十分な距離を残したところで足を止めた。姉の決断を止める代わりに、ユキネは城壁上の兵を見渡し、何かあれば割って入れる位置を取る。
「門を開けるよう命じるつもりはありません。今の王城が混乱していることは承知しています。だからこそ、私が王位継承第1位であることを理由に、ここにいる方々へ判断を迫るつもりもありません」
声を張り上げてはいない。それでも、門前と城壁の上にはっきり届いた。
「私とユキネが帰還したこと、第一騎士団長ルートシンが同行し、私たちを本人だと確認していることを城内へ伝えてください。私は父上の死と、ウェルが拘束された理由を確認するために戻りました。返答があるまで、ここから先へは進みません」
ライトスはレインの横顔を見た。
命令という言葉が何度も人を動かし、クラストの兵同士を戦わせてきた。その末に戻ってきた場所で、レインは自分の立場を使って同じことを繰り返さなかった。今すぐ弟のもとへ行きたい感情を抱えたまま、門を守る兵へ新たな争いの責任を負わせない道を選んでいる。
ルートシンも城壁を見上げた。
「私の名もそのまま伝えてほしい。両殿下を偽物として討つ王命を受けた第一騎士団長が、御本人であると確認したうえで同行している。必要であれば、私自身が王城内で経緯を説明する」
「承知しました」
今度の返答は早かった。門の向こうで足音が遠ざかっていく。
シャルンはそれを聞いてから、レインへ声を落とした。
「今伝えた内容は、両殿下の帰還、ルートシン団長の同行と本人確認、入城を強行していないこと、王城へ判断を求めていることです。次に返ってくる言葉がこれと違えば、途中で何が加えられたのか確かめられます」
「分かりました。待ちましょう」
レインは閉ざされた門を見上げた。
その向こうには父を失った王城があり、拘束されたウェルがいる。今すぐ中へ入りたい気持ちを消したわけではない。それでも、ここで力ずくで門を開かせれば、自分たちまで混乱へ新しい理由を重ねることになる。
だから待つ。
ただし、立ち止まるためではない。
自分たちが帰還したという事実を、今度こそ途中で消させないためだった。
門の向こうへ走る足音は、やがて聞こえなくなった。
閉ざされた王城の内側へ、レインとユキネが戻ったという知らせが運ばれていく。
門はまだ開かない。
それでも、アドラスから始まった帰還は、ようやく王城の前まで辿り着いていた。




