第54話 途切れた命令
第54話 途切れた命令
王城の丞相府へ、正門から急報が届いた。
アーグ王崩御。ウェル王子拘束。第六騎士団の護衛が正門で抜剣し、城兵1人が負傷。正門は閉鎖された。
クマークは最後まで読み終え、紙を机へ置いた。
「これは誰の判断だ」
急報を運んだ兵が一瞬ためらう。
「元帥府から、正門には第六騎士団を入れるなとの命令が出ています。その一方で、第六騎士団側には、ウェル殿下の身柄を確保し、元帥府の保護下へ移せとの命令が出されたと」
クマークの目が細くなった。
同じ元帥府から、門を閉ざす命令と、その門の向こうから王子を取り戻せという命令が出ている。従えば、第六騎士団は閉じた正門へ迫るしかない。
結果はすでに出ていた。第六騎士団と王城側の兵が剣を交えた。
「各方面へも急報が出ています。国王陛下崩御、ウェル殿下拘束、第六騎士団が王城正門で武装行動を開始した、と」
「ボリャークが出したのか」
「はい」
クマークは返事をしなかった。
アーグの死は予定していた流れではない。それ以上に問題なのは、その直後にボリャークが自分の判断だけで王都の状況を動かしたことだった。
第六騎士団を正門へぶつけ、クラスト兵同士の戦いを起こす。さらに理由を伏せたまま、その結果だけを各地へ流す。
王位継承第1位のレインが知れば、王都へ戻ろうとする可能性は高い。そこまで考えて火をつけたのなら、ボリャークはもう命令を待つ側ではない。
クマークは兵を下がらせ、人払いを命じた。
しばらくして、王都に潜んでいたミドルンティアの間者が丞相府へ入る。クマークは机に残した急報の写しへ指を置いた。
「ボリャークを消せ」
間者は表情を変えなかった。
「元帥を?」
「第六騎士団を正門へぶつけ、王城内の混乱を各方面へ流した。すべて私へ相談せずにな。自分の判断で王都を動かし始めた者を残しておく理由はない。それに、あの男はこれまでの軍令を知りすぎている。計画が崩れた時、自分だけ生き残るために何を話すか分からん」
間者が短くうなずく。
「いつまでに」
「今夜だ」
それだけ告げ、クマークは相手を下がらせた。
扉が閉じても、すぐには机へ戻らない。ボリャークを失えば、軍令を動かすための手は1つ減る。それでも、自分の知らないところで勝手に火をつける手を残す方が危険だった。
*
その夜、元帥府ではまだ灯りが消えていなかった。
ボリャークは机いっぱいに広げた書面を前に、正門で起きた衝突と、各方面へ送り出した急報の経路を追っていた。
アーグの死は予定になかった。だが、起きてしまったことは使える。
アーグ王崩御、ウェル王子拘束、第六騎士団が王城正門で武装行動を開始。急報には、その3つしか書かせていない。第六騎士団がなぜ剣を抜いたのかも、ウェルが何の容疑で拘束されたのかも記していなかった。
理由が分からなければ、知ろうとする者は王都へ目を向ける。とりわけレインなら、父王の死と弟の拘束、さらに王城でクラスト兵同士が戦ったと知らされれば、アドラスに留まり続けることは難しい。
そこまでは狙いどおりだった。
問題は、その後だ。
レインが戻れば、これまでと同じ形で軍令を動かすことはできない。だが、王位継承第1位が王都へ戻るなら、その動きそのものを次の材料にできる。
廊下を歩く足音が、扉の前で止まった。
ボリャークは書面から顔を上げる。
「入れ」
扉が開いた。入ってきた者の姿を見ても、最初は不審に思わなかった。だから、その手元へ気づくのが遅れた。
脇腹へ刃が入る。
ボリャークは椅子を蹴るように立ち上がり、反射的に腰の剣へ手を伸ばした。しかし力が入らず、机へ片手をついて踏みとどまる。
相手の顔を認め、ようやく目を見開いた。
「……なぜだ」
返事はない。
ボリャークは剣を抜こうとしたまま相手を睨んだが、問いを重ねる時間は残されていなかった。握っていた指から力が抜ける。
机の上には、自分が各方面へ送らせた急報の写しが残っている。そこへ手を伸ばすこともできないまま、ボリャークは床へ崩れ落ちた。
間者は急報にも机にも触れず、元帥府を去った。
その夜、ボリャークの名で新たな命令が出ることはなかった。
*
アドラスを発った一行は、先行する第一遊撃団から王都までの状況を受け取りながら街道を進んでいた。
大部隊は伴っていない。各騎士団と遊撃団の主力をアドラスへ残したのは、レインが軍勢を率いて王都へ攻め込んだと見られることを避け、谷の守りも崩さないためだった。
ライトスはレインたちの前方を保ちながら、街道脇の林と行き交う者の動きへ意識を配っていた。第一遊撃団が先行していても、任せきりにはできない。守護魔法をいつでも展開できる距離を崩さず、後方を警戒するトッキーとも時折目を合わせる。
やがて、前方から戻ってくる第一遊撃団の兵に気づき、一行へ合図して足を止めた。
「王都に潜入している者から知らせが届きました。元帥ボリャークが死亡しました。殺害された可能性が高いものの、実行した者は確認できていません」
父王に続いて元帥まで死んだという知らせに、空気が張りつめた。それでもレインは、犯人を推測する問いを口にしなかった。
「確かめられているのは、ボリャーク元帥が亡くなったことと、殺害された可能性が高いことまでなのですね」
「はい。王都では複数の話が出ていますが、裏付けの取れないものは除いています」
「分かりました。誰が殺したのかも、父上の死やウェルの拘束と関係しているのかも、確かめるまでは別の事実として扱います」
悲しみや焦りで空白を埋めず、分かっている範囲だけで次を決める。レインの声を聞き、ライトスは張りつめていた一行の空気がわずかに定まるのを感じた。
シャルンはすぐに次の問題へ移った。
「元帥が亡くなっても、すでに発せられた軍令まで消えるわけではありません。これから新しい命令が届いた場合は、発令時刻、名義、誰の権限で出されたのかを分けて確かめる必要があります」
マウクが小さく息を吐く。
「僕を死刑にした裁判の場にいた人が、また1人いなくなった。ボリャーク様がどこまで知っていたのか、直接確かめる機会は失われたね」
「だからこそ、死んだ理由をこちらで補ってはいけません。王都へ着いたら、元帥が最後に出した命令と、死亡が確認された時刻を別々に確かめます」
ルートシンは王都へ続く街道へ顔を向けた。
「アーグ陛下から下された王命も、元帥府を通じて発せられた軍令も、発令された事実は残っています。陛下も元帥も亡くなった今、新しい命令が重なれば、現場の兵は何を基準に従うべきか判断できなくなる」
ユキネの手が腰の剣へ触れた。
「それなら、正門を守る兵が誰の命令で動いているのか、到着前に確かめる必要があります。門上の弓兵や、周囲へ伏せた兵の有無もです。姉上を状況の分からない門前へ出すわけにはいきません」
レインは妹の警戒を受け止めたうえで、自分だけ後ろへ退くことは選ばなかった。
「私だけ安全な場所にいて、皆さんへ確かめに行かせるつもりはありません。ただ、何も知らず正門へ近づくのも違います。第一遊撃団には、門の守備と王城側の動きを確かめてもらいましょう。私たちはその内容を受け取ってから進みます」
急げば、誰かが作った混乱の中へ自分から踏み込むかもしれない。立ち止まれば、父を失った王都で命令の空白が広がる。
レインが選んだのは、進みながら事実を積み上げることだった。
兵が先行隊へ戻ると、一行も再び王都へ向かって歩き始めた。
マウクが隣のシャルンへ声を落とす。
「王が亡くなって、元帥も亡くなった。王城へ着いたら、思っていたより確かめることが多そうだね」
「増えたのは、確かめるべき順番です。先に決めておけば迷いません」
「もう順番まで考えているんだ」
「着いてから考える方が遅いです」
王都へ近づいているはずなのに、そこで何が起きているのかは、進むほど分からなくなっていく。
父王は死に、ウェルは拘束され、正門では第六騎士団と王城側の兵が衝突した。そして今度は、その衝突を起こした元帥まで殺された。
レインたちはまだ知らない。
ボリャークの死が王都の混乱から偶然生まれたものではなく、その混乱を作ってきた側の人間によって命じられたことを。




