第53話 帰るための布陣
王都へ戻ると決めた日の午後、ルイセンの屋敷にある軍議の間には、再び大きな地図が広げられた。
机を囲むのは、レイン、ユキネ、ルイセン、ゴハール、ジルバ、チョーカ、シャーウ、ライトス、トッキー、マウク、シャルン、ルートシン、ミカ。傷の癒えきらないゴハールだけが椅子に腰掛け、王都から届いた急報へ険しい目を向けていた。
シャーウは公式の急報と第一遊撃団が集めた情報を混ぜず、地図の脇へ別々に置いた。
「王都へ続く街道は使えます。ただし、人の動きが増えています。第一遊撃団を先行させ、どこで誰が動いているのかを確かめます。王都から流された話と、実際の動きは分けて扱います」
ゴハールが低く息を吐いた。
「それでいい。今の王都へ大軍を連れていけば、殿下方が攻め上ったと好きに言わせることになる」
「王位継承第1位の殿下が複数の騎士団を伴えば、事情を知らぬ者には進軍としか見えません。第五騎士団を含め、主力はアドラスへ残すべきです」
ジルバの進言に、レインはすぐ答えた。
「私もそのつもりです。王都を奪うためではなく、父上に何が起きたのか、ウェルがなぜ拘束されているのか、今の王城で誰が何を決めているのかを確かめるために戻ります。兵の数で答えを迫るつもりはありません」
悲しみを隠し切れてはいない。それでも、その声には王族として決断を引き受ける強さがあった。
シャルンが紙へ筆を置く。
「では同行者は、王城で何を確認し、誰に何を説明できるかで決めます。行きたいかどうかでは選べません」
「僕は行くよ。ウェル様から受け取った暗号の意味を確かめたい」
マウクに続き、シャルンは書面の項目を指で押さえた。
「私も同行します。王城へ着いたら、現在有効な命令、権限、発令経路を確認します。命令書があっても、誰の権限で、どこを通って出たものかが定まらなければ正当とは扱えません」
「その2人は必要だ。わしが王城で確かめた書類の不自然さも伝えてある。本当なら、わしも戻りたいところだがな」
「その身体では無理だ」
ルイセンが即座に返す。ゴハールは鼻を鳴らしたが、それ以上は言い返さなかった。
「私は谷へ残ります。領地軍と避難路は私が預かります。皆様が戻る場所まで失わせるわけにはいきません」
チョーカも北側山脈へ続く線を指した。
「俺も残ります。第七騎士団は3日戦ったばかりです。兵を休ませながら、北側の警戒を続けます」
シャーウは第一遊撃団をアドラスに残し、王都、街道、北側の動きをつなぐ。ジルバは第五騎士団で谷の入口と第六騎士団の捕虜を押さえ、第四騎士団の立て直しを支える。残留側の指揮が曖昧にならないことを確認してから、レインは先へ進めた。
「私は同行します」
ルートシンが皆を見渡した。
「両殿下を討つ王命を受け、その後に御本人と命令の真偽を確認したこと、第六騎士団の反逆とアカヤンの最期を目の前で確かめたことは、私自身が王城で説明すべきです」
レインはライトスとトッキーへ顔を向ける。
「お2人にも同行をお願いします」
「第二遊撃団は残します。僕だけなら同行できます」
「第三遊撃団も同じです。俺も行きます」
ライトスが弟を見ると、トッキーは小さく笑った。
「団のことなら大丈夫だ、兄上。王都へ殴り込みに行くわけじゃない。団ごと動かす理由はないよ」
ユキネは腰の剣へ手を添えた。
「私も戻ります。ただ姉上をお守りするためだけではありません。ウェルがアドラスへ戻った時、あの子が一瞬だけ、私を弟とは思えない目で捉えました。直後にはいつものウェルへ戻り、自分がそんな目をしたことにも気づいていないようでした」
そこで息を整え、言葉を継ぐ。
「私はウェルが王都へ出る直前まで近くにいました。何が変わったのか、自分で見極めます。父上が亡くなり、ウェルが拘束された今、姉上1人に王家の判断を背負わせ、ここで知らせを待つつもりもありません。王城で危険が迫るなら、私も剣を取る側です」
レインは妹の覚悟を受け止めた。
「分かりました。一緒に戻りましょう。ただし、私もユキネも独断では動きません」
「はい、姉上」
最後にミカが口を開く。
「私も行くわ。第三騎士団本隊は残す。ウェル殿下の件に魔法が関わっている証拠はないけれど、無関係とも言い切れないでしょう。魔法が作用しているかを調べられる人間はいた方がいい」
「助かるよ」
「ただし、最初から魔法のせいだとは決めないわよ、マウク」
同行者と残留側の役割を確定させ、レインは翌朝の出発を命じた。急ぐからこそ、残る部隊の指揮と連絡経路を曖昧にはしない。その決定を受け、皆はそれぞれの持ち場へ戻った。
*
夕方、第二遊撃団への指示を終えたライトスは、屋敷へ戻る途中で魔法を訓練するトッキーを見つけた。
トッキーが小さな術を発動させる。その瞬間、通りかかったミカが足を止めた。注目したのは術の形ではなく、発動までに身体を巡った魔力だった。
「トッキー、今のをもう一度できる?」
同じ術が発動する。ミカは魔力が動き始めて術になるまでを追い、顎へ手を当てた。
「やっぱり普通と違う。直前に魔力をまとめず、前から細く流し続けて、そのまま発動へつないでいる。前から?」
「いえ、自分で変えました。兄上の守護魔法を近くで見てきたからです。兄上は詠唱せず、必要になった瞬間にはもう発動している。俺には同じことはできないけど、普段から流れを切らなければ、少しでも早くなると思って練習しました」
ライトスは思わず弟を見た。トッキーは共に戦う間、自分の守護魔法を観察し、自分にできる形へ変えようとしていたのだ。
ミカはもう一度魔力の流れを確かめ、トッキーの腰の剣へ目を止める。
「……待って。今の流れと、その剣。古い魔法書で読んだ『剣と魔法』の一節に似ているわ。術式はなかったけれど、魔力を一度術として外へ出さず、流れを切らずに剣へ通す、と」
促され、トッキーは剣を抜いた。
「術は使わなくていい。身体から手へ流れるものを、そのまま剣の先へ延ばして」
トッキーは柄を握り、呼吸を整える。最初の魔力は柄へ入ったところで散った。
「今、剣へ押し込んだでしょう。入れようとせず、身体の中でしていたことを先へ延ばすだけ」
もう一度、細い流れを保つ。魔力は柄を越え、刃の根元から半ばまで淡い揺らぎを走らせて消えた。
「今、剣まで流れたな」
「ああ。俺にも分かった」
ミカは右の掌へ、照明にもならないほど小さな光を作る。
「もう一度。この近くで」
トッキーが刃へ魔力を伸ばす。剣先が光へ触れるほど近づいた時、丸い光の一部が引かれるように歪んだ。
消えてはいない。だが、一瞬だけ形を崩した。
「今の……俺がやったんですか?」
ミカは光を作り直した。
「分からない。だから、もう1回」
今度は刃の途中で流れが乱れ、何も起こらない。魔力を流さない剣も近づけさせたが、光は動かなかった。
「……やっぱり、何かある」
「魔法を消したんですか?」
「消していない。形が崩れただけ。それも1回きりで、何が起きたかは決められない。ただ剣へ魔力が流れただけではなさそうね」
ミカは古い一節をたどるように目を細めた。
「刃を通して『術へ触れる』という表現だったはず。飛んでくる魔法を剣で受けるのではなく、すでに働いている術へ剣を介して触れる。今なら少し意味が分かるわ」
「続ければ、魔法を斬れるようになりますか?」
「まだ言えない。私の弱い術を一瞬揺らしただけで、再現もできていないもの。でも、あなたの魔力の流れと剣が関係している可能性はある」
「教えてもらえますか?」
「ええ。私も完成した技を知らないから、一緒に探すことになるけれど。まずは剣先まで同じ流れを通すこと。それができなければ先は確かめられない」
トッキーが構え直すより先に、ミカが止めた。
「今日はここまで。明日は王都へ出るんでしょう。面白くなったからって、今夜ずっと続けるのは禁止。腕も魔力も残しておいて」
「分かりました」
答えても、トッキーは剣から目を離せない。ライトスも同じだった。
弟が守護魔法を真似るところから始めた訓練は、別の形へ変わり始めている。何のための技になるのかは、まだ誰にも分からない。ウェルに魔法が作用している証拠もなく、この揺らぎと王都の事件を結びつける根拠もなかった。
ただ、トッキーの剣が術へ触れた瞬間、確かに何かが起きた。
翌朝、一行はアドラスを発った。トッキーの腰には昨日までと同じ剣がある。
だが、その剣に何ができるのかを考える者は、もうトッキー1人ではなかった。




