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灰壁の守護者~剣に恵まれなかった遊撃団長は、守護魔法で仲間を生還させる~  作者: ムネディ


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第52話 戻らなければならない場所

 王都からの急報がアドラスへ届いたのは、谷の朝の見張りが交代して間もない頃だった。

 

 第一遊撃団の兵に案内されてきた伝令は、谷の入口で足を止めた。迎えたシャーウは、疲れた馬と泥の付いた外套へ目を向けてから、差し出された書面を開く。

 

 そこに記されていたのは、3つだけだった。

 

 アーグ王崩御。

 

 ウェル王子を拘束。

 

 第六騎士団が王城正門で武装行動を開始。

 

 シャーウは最後まで読み、周囲にいた兵へは渡さず折り直した。

 

「この内容を谷の中で広めないで。王女殿下方と必要な指揮官へ先に伝えます。伝令を休ませた後、王都のどこでこの書面を受け取り、途中で誰に止められ、どの道を通ったのかを順に聞いてください」

 

「承知しました」

 

 部下が伝令を休ませるために動く。

 

 父王が死んだという知らせであっても、書かれていない出来事まで事実として運ぶわけにはいかない。

 

 急報には、アーグがどこで、どのように亡くなったのか記されていなかった。ウェルが拘束された理由も、第六騎士団がなぜ正門で武器を取ったのかも分からない。

 

 3つの結果だけが、原因を省かれたまま並んでいる。

 

 シャーウは書面を手に、ルイセンの屋敷へ向かった。

 

 *

 

 レインは書面を受け取っても、しばらく次の行へ目を移せなかった。

 

 最初の一文に、父の死があった。

 

「父上が……亡くなられたのですか」

 

 声は小さかった。

 

 向かいにいたユキネが立ち上がりかける。だが、レインは紙から手を離さず、もう一度最初から読み直した。

 

 父が死んだ。

 

 ウェルが拘束された。

 

 第六騎士団が王城で武器を取った。

 

 机の端には、王都へ届けられなかった警告書が残っている。レインの指が、その封へ触れた。

 

「間に合わなかったのですね」

 

 シャルンは、安易に否定も肯定もしなかった。

 

「この書状が届いていれば、結果が変わったとは断定できません。今分かるのは、私たちの警告がアーグ陛下へ届かなかったことと、その後に陛下が亡くなられたことだけです」

 

 レインは唇を結んだ。

 

 慰めではない。娘として欲しい言葉でもなかった。それでも今は、確かめられた事実だけを示す言葉の方が必要だった。

 

 ユキネは急報を受け取り、3行を確かめる。

 

「ウェルが父上を殺したとは書いてありません」

 

「はい」

 

 シャーウが答えた。

 

「拘束された理由も書かれていません。第六騎士団についても、王城正門で武装行動を始めたという記述だけです。誰が先に武器を抜いたのかも、何を求めたのかも不明です」

 

「なら、ウェルを犯人として扱うのはまだ早いです」

 

 ユキネは紙を机へ戻した。

 

 声の奥には父を失った痛みがある。それでも、剣を抜く前に相手との間合いを測る時と同じように、書面にない部分へ踏み込まなかった。

 

「父上に何が起きたのかは確かめたい。でも、それとウェルを疑うことは別です。拘束されたという一文だけで、あの子が父上を殺したことにはできません」

 

 レインが顔を上げる。

 

「そうですね。王都からどのような知らせが届いても、確かめられていないことまで決めてはいけません」

 

 その時、廊下から足音が近づいた。

 

 第一遊撃団の兵が扉の前で止まり、シャーウを呼ぶ。シャーウは廊下へ出て、王都から戻った間者の話を聞くと、すぐに室内へ戻った。

 

「王都に置いていた者からも知らせが届きました」

 

 レインの表情が変わる。

 

 シャーウは公式の急報と、間者が確かめた内容を別々に置いた。

 

「両方で一致しているのは、アーグ陛下が亡くなられたこと、ウェル殿下が王城内で拘束されていること、第六騎士団と王城側の兵が正門で衝突したこと。この3点です」

 

「他は?」

 

 ユキネが問う。

 

「確かめられていません。間者は、陛下が亡くなられた部屋の中を見ていません。ウェル殿下の拘束理由についても、城内では異なる話が広がっています。誰かが口にした推測は、事実の中へ混ぜずに戻らせました」

 

 シャーウは迷いなく言い切った。

 

 情報が少ないのではない。確かめられないものを意図して削っている。

 

 シャルンは2つの書面を手元へ寄せ、書かれた内容だけでなく、並べられた順番まで確かめた。

 

「公式の急報と間者が確かめた内容は、結果だけなら一致しています。王都で重大な事態が起きたこと自体を疑う理由はありません」

 

 指先が、公式の3行を順にたどる。

 

「問題は、原因がすべて抜けていることです。陛下の死、ウェル殿下の拘束、第六騎士団の衝突が、それぞれどうつながっているのか分からない。この順番で3つを並べれば、受け取った者は、ウェル殿下が陛下を殺し、その護衛が王城を攻撃したのだと結びつけやすくなります」

 

 ユキネの眉が動く。

 

「そう思わせるために?」

 

「その可能性はあります。ですが、王城が混乱し、詳しい経緯まで確かめられなかった可能性も残ります。今はどちらにも決めません」

 

 シャルンは、机の端にある未送達の警告書へ目を向けた。

 

「ただし、私たちから王都へ向けた通信は何度試しても途切れ、伝令も街道で追われました。一方、王都からこちらへ向けた急報は届いています。この違いを偶然として忘れるべきではありません」

 

 室内が静かになった。

 

 レインは、父の死を告げる紙と、届かなかった警告書を見比べた。

 

 娘としてなら、今すぐ泣きたかった。父と離れている間に、あまりにも多くのことが起きた。

 

 だが、父はもう命令を出せない。ウェルは拘束され、王城の前では、またクラスト兵同士が剣を向けた。

 

 自分は王位継承第1位だった。その事実だけは、悲しんでいる間も消えない。

 

「王都へ戻ります」

 

 レインが言った。

 

 ユキネがすぐに姉を見る。シャルンは表情を変えなかった。

 

「殿下。それが、この急報を送った者の望みである可能性があります」

 

「分かっています」

 

 レインは答えを急がず、自分が選ぼうとしている道を言葉にした。

 

「これまで私たちは、理由の分からない命令で何度も動かされました。王都へ戻れば、同じことが起きるかもしれません。私を王都へ戻したい者がいる可能性も考えています」

 

 届かなかった警告書を手に取る。

 

「それでも、父上が亡くなり、ウェルが拘束され、王城で兵が戦っていると知って、私はここに留まり続けることはできません。王位を得るために戻るのではありません。この国で、次に誰の命令へ従えばよいのか分からない状態を放置しないために戻ります」

 

 ユキネが腰の剣へ手を置いた。

 

「姉上が行かれるなら、私も参ります」

 

「ユキネ」

 

「止められても行く、と感情だけで申し上げるつもりはありません。ですが、ウェルの異変を実際に感じたのは私です。王都が安全だとも思いません。姉上だけを危険な場所へ向かわせ、私はここで知らせを待つつもりもありません」

 

 父を失った妹ではなく、姉を守る王女と、異変を確かめる武人としての言葉だった。

 

 レインは妹の顔を見つめ、それから深くうなずいた。

 

「分かりました。一緒に戻りましょう。ただし、今すぐ出ることはしません」

 

 シャーウへ向き直る。

 

「王都までの道を確かめてください。これまで伝令を待ち受けていた者が残っている可能性があります。同行者は、アドラスの守りを崩さないようジルバ団長たちと決めます」

 

「承知しました。第一遊撃団は、使える道と人が潜める場所を先に調べます。王都側から新しい知らせが届いても、直接確かめたことと人づてに聞いたことは分けて扱います」

 

 レインは次にシャルンを見る。

 

「王都へ戻った場合、誰が何を決める権限を持つのか整理してください。父上の死を利用して、新たな命令を増やされる前に知っておきたいのです」

 

「承知しました。王位を誰が継ぐかという話から始めず、現在も有効な軍令、その発令者、王城内で行使できる権限から確かめます」

 

 シャルンの答えには迷いがなかった。

 

 レインは最後に、父の死を告げる書面を畳んだ。

 

 悲しみが消えたわけではない。むしろ、父がもう戻らないと理解したことで、その重さは増していた。

 

 それでも、今は立ち止まれない。

 

 逃げるために王都から離れた時とは違う。

 

 今度は、自分の意思で戻る。

 

 王が死に、弟が拘束され、同じ国の兵が再び剣を交えた場所へ。

 

 レインは未送達の警告書も重ねて持った。

 

 届かなかった言葉を、このままアドラスへ置いてはいかない。

 

 王都へ戻る。

 

 その決断だけが、この日初めて確かなものになった。

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