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灰壁の守護者~剣に恵まれなかった遊撃団長は、守護魔法で仲間を生還させる~  作者: ムネディ


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第46話 「わたしはうぇるであって、うぇるではない」

 夜が明けると、アドラスの谷では帰還する救援隊を迎える準備が始まった。

 

 谷の入口には負傷者を運ぶ道が確保され、第一遊撃団の案内が灰壁砦へ続く道へ出ている。第六騎士団の捕虜は第一騎士団の監視下に置かれ、第四騎士団の陣にはシキシを悼む旗が下がっていた。

 

 レインは夜明け前から、負傷者を受け入れる場所を回っていた。前夜に空けさせた治療場所だけでなく、荷車が通る道と、帰還した各隊が人数を確かめる場所まで自分の目で確認している。

 

「帰還する軍を一度に谷へ入れてはいけません。負傷者を先に通し、各団の隊列は入口で分けてください。誰が戻ったのか確認できるまで、行方不明者を戦死者として記録することも禁じます」

 

 報告役の兵が命令を伝えに走る。生還を急いで喜ぶあまり、まだ戻っていない者の名を死者として閉じない。その判断を、レインは記録を始める前に全員へ徹底させた。

 

 そばにいたルイーナは、谷の内側へ続く道を指した。

 

「荷車はこっちを通した方がいいです。少し遠回りですけど、戦いで踏み荒らされていません。近道に入れて車輪が埋まったら、助ける人まで動けなくなりますから」

 

「では、負傷者を運ぶ荷車はその道へ。ルイーナ、案内を任せてもよいですか」

 

「任せてください。迷うほど複雑な道じゃありませんけど、みんな疲れている時ほど簡単な曲がり角を間違えますからね」

 

 ルイーナは兵を連れ、迷いなく道の確認へ向かった。

 

 正午が近づいた頃、東の見張りから帰還を告げる合図が届いた。

 

 *

 

 最初に谷へ入ったのは、灰壁砦で傷ついた兵と、それを守る者たちだった。

 

 ライトスは第二遊撃団を率いたまま、荷車が分岐へ入るところまで付き添った。自分の団の帰還報告より先に、第三騎士団の負傷者と護衛の数を確認する。長い移動を終えた兵の足が止まりかけても、後ろから来る荷車の道だけは塞がせなかった。

 

「第二遊撃団は荷車の左右を空けろ! 動ける者も今は隊列から離れるな。全員の収容が終わるまで、帰還したつもりになるな!」

 

 ガランが命令を引き継ぎ、兵を動かす。ライトスは最後の荷車が分岐へ入るまで入口に残り、自隊の隊列を解く前に、途中で遅れた者がいないか伝令へ確かめた。

 

 キュリは弓を背へ回すと、負傷者を迎える者たちの間へ入った。傷そのものだけでなく、付き添う兵の顔と、周囲の空いている手を同時に見ている。

 

「その人は右の天幕。火傷を治療できる人がいるよ。歩ける人まで担架を待ったら、重い人が後になる。肩を貸せる人はこっちへ来て」

 

 所属も身分も尋ねず、顔色と傷の状態を見て人をつないでいく。自分で歩けると言い張る兵には肩を貸す者を付け、声を出せない負傷者は迷わず治療役へ回した。指示された兵たちは戸惑う間もなく動き、入口で重なりかけた人の流れがほどけていった。

 

 その後ろから、ユキネが姿を現した。

 

 レインは歩み寄ったが、妹を抱き締める前に足を止めた。外套には土と血が付き、腰には剣がある。無事に戻った妹であると同時に、兵と同じ道を進んできた一人だった。

 

「ユキネ。負傷はありませんか」

 

「ありません、姉上。第三騎士団も救援軍と合流しました。停戦は保たれ、ストログ軍は帰還を始めています」

 

 ユキネは答えながら、谷の奥に下がる旗へ目を向けた。

 

「あれは、第四騎士団の旗ですね。何があったのですか」

 

 レインは妹の手を取った。

 

「アカヤン団長が王家への反逆を明言し、谷を攻めました。シキシ団長は止めるために戦い、亡くなりました」

 

 ユキネの指に力が入る。

 

「第六騎士団は」

 

「第一、第四、第五騎士団が制圧しました。アカヤン団長は、ルートシン団長が討っています」

 

 ユキネはシキシの旗から目を逸らさなかった。腰の剣へ手を置きかけたが、怒りの向かう先はすでに討たれている。指を離すと、戻ってくる兵の列を見た。

 

「姉上、後で私も弔いへ参ります。その前に、灰壁砦から戻った者の収容を終わらせます。私は守られて戻っただけではありません。現地で見たことを、必要な者へ伝える責任があります」

 

「分かりました。私も一緒に聞きます。あなたが戻るまでに、こちらで起きたことは記録させています」

 

 姉妹は短く抱き合うと、すぐに離れた。

 

 再会を喜ぶ時間の先に、それぞれが果たすべき役目が残っていた。

 

 *

 

 救援隊の収容が終わった後、マウクは灰壁砦での会談をレインたちへ報告した。

 

 ストログ軍との停戦、第三騎士団の合流、イケメーンがストログへ戻って命令経路を調べること。北側山脈の軍路についても共有したが、ウェルから渡された暗号の内容には触れなかった。

 

 全体への報告を終えると、マウクはチョーカとシャルンだけを、ルイセンの屋敷にある小部屋へ呼んだ。

 

 扉が閉じられるなり、シャルンが口を開く。マウクが全体への報告で触れなかった箇所と、この場に呼ばれた顔ぶれをすでに結びつけていた。

 

「報告から外した事実がありますね。イケメーン様との会談だけで停戦が成立したのなら、マウク様が私たち2人だけを呼ぶ理由にはなりません」

 

「相変わらず、逃げ道を残してくれないね」

 

「残す必要がある場合は残します。今回は必要ありません。それに、レイン殿下とユキネ殿下を先にお呼びしなかった理由も必要です。お2人に関係する事実なら、伏せたままにはできません」

 

「確かめたいことに、お2人自身の記憶が含まれている。こちらの推測を話してから尋ねれば、記憶まで推測に引かれるかもしれない。だから、まず君に見てもらいたかった」

 

 シャルンはそれ以上追及せず、机の上を空けた。理由に納得したからであって、説明を後回しにすることまで認めたわけではなかった。

 

 マウクは上着の内側から、折り畳んだ紙を取り出した。ウェルから渡された暗号と、灰壁砦で照合した文字列を机へ並べる。

 

 チョーカは紙を手に取ると、最初の数字から順に追った。北側山脈から戻ったばかりでも、士官学校時代に3人で使った規則を確かめる目に迷いはなかった。

 

「私たちの暗号だな。ただし、規則を知って書いたものではない」

 

「イケメーンが残していた当時の教科書で照合した。暗号どおりに拾うと、意味の通らない文になる。でも、行の数え方と音の間違いを同じ基準で直すと、こう読める」

 

 マウクは別の紙を2人の前へ置いた。

 

 ――わたしはうぇるであって、うぇるではない。

 

 シャルンは推定文より先に、修正前の文字と訂正理由を確かめた。

 

「先にこの文を答えとして決め、都合のよい文字だけを選んだ可能性は」

 

「排除できない。だから修正前の文字列も、直した根拠も残した」

 

「では、この文は確定した解読結果ではありませんね」

 

「うん。ただ、暗号を見たことのある人が、使い方を推測して書いた可能性は高い」

 

 チョーカは数字のずれを何度か確かめ、紙を机へ戻した。

 

「この間違い方なら、でたらめに数字を並べたとは考えにくい。正しい教科書も規則も知らず、見覚えだけで再現しようとした形だ。ウェル様が私たちの暗号を覚えようとしていたこととも合う」

 

「もう1つ、ウェル様はストログ側から旧街道を通ったと話している。でも、処刑後から街道を監視していたストログの斥候は、ウェル様が通った痕跡も姿も確認していない」

 

 シャルンは2つの紙の間へ指を置いた。推定された言葉の不気味さには触れず、証明できる範囲だけを切り分ける。

 

「整理します。ウェル様の説明と斥候の確認が一致しない。暗号はウェル様が作成した可能性がある。しかし、誰が書いたかも、何を意味するかも確定していない。ここまでが事実ですね」

 

「そうだよ」

 

「でしたら、ウェル様へ直接尋ねるべきではありません。通常の言葉では伝えられない事情があるから、わざわざ不完全な暗号を使った可能性を捨てられません」

 

 マウクが小さくうなずく。

 

「僕も同じ考えだ。まず、戻ってからのウェル様を近くで見ていた人に、変わったことがなかったか確認したい」

 

「レイン殿下とユキネ殿下ですね」

 

 シャルンは即座に対象を絞った。

 

「お2人には暗号を明かさず、別々の記憶を先に聞きます。同じ場で尋ねれば、片方の答えがもう片方へ影響します。私が普段の会話の中で確認します」

 

「頼めるか」

 

「すでに頼まれています」

 

 シャルンは2枚の紙を重ねたが、持ち出さず机へ戻した。

 

「マウク様、この紙はチョーカ様へ預けてください。あなたが戻ったことは多くの者が知っています。灰壁砦から何かを持ち帰ったと考える者がいても不思議ではありません」

 

 チョーカが紙を受け取り、鎧の内側へ収める。

 

「第七騎士団の戦闘記録と一緒なら、探す側も簡単には見分けられない。私が保管しよう」

 

 マウクは反論しかけ、やめた。

 

「僕が2人を呼んだはずなのに、もう役目を決められているね」

 

「動くのが遅いからです。ウェル様はすでに王都へ向かっています」

 

 シャルンは立ち上がった。

 

「今からユキネ殿下のところへ行きます。戦場から戻った直後なら、覚えていることを余計に整えず話してくださるでしょう」

 

 扉へ向かうシャルンを、マウクは止めなかった。帰還を喜ぶ時間を奪うことになっても、ウェルが王都へ着く前に確かめなければならない。シャルンも同じ優先順位を選んでいた。

 

 灰壁砦から持ち帰った警告は、まだ答えではない。

 

 それでも、壊れた言葉とユキネの記憶が重なろうとしていた。

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