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灰壁の守護者~剣に恵まれなかった遊撃団長は、守護魔法で仲間を生還させる~  作者: ムネディ


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第45話 戻った者、戻らない者

 戦いが終わっても、アドラスの谷から緊張は消えなかった。

 

 第一騎士団は武器を捨てた第六騎士団を隊ごとに分けて座らせ、第五騎士団は谷の入口で負傷者を運ぶ。第四騎士団は自分たちの団長を陣へ戻した後も、声を荒らげず救護を続けていた。

 

 ルートシンは剣の血を拭う間もなく、各隊へ命じた。

 

「第六騎士団の武器と指揮官を分けろ。負傷者は所属で選別するな。第四騎士団は隊列を保ち、報復を企てる者がいれば私へ報告せよ。勝手な処断は許さん」

 

 第一騎士団は捕虜の間へ監視を置き、第四騎士団では団長に代わって指揮を執る者が命令を受けた。シキシを討たれた直後だからこそ、捕虜との間に距離を取り、負傷者を運ぶ兵と警戒する兵を混ぜない。ルートシンは動きが整うまでその場を離れなかった。

 

 命令を受けた兵たちが持ち場へ散る。それを見届けてから、ルートシンは第四騎士団の陣へ向かった。

 

 シキシは天幕の中央に横たえられていた。傍らには、最後まで握っていた剣と傷ついた盾が置かれている。血を拭う者の手元だけが動き、周囲の兵は声を立てていなかった。

 

 ルートシンは片膝をついた。

 

「遅れた」

 

 答える声はない。

 

 第四騎士団の兵たちも、誰ひとり慰めの言葉を求めなかった。シキシがなぜ前へ出たのか、戦場を見た者には分かっている。自分がもう少し早く動いていればという考えを、ルートシンは口にはしなかった。今それを告げても、残された兵へ背負わせるだけだった。

 

 長く頭を垂れた後、ルートシンは立ち上がった。

 

「シキシ殿が守ったものを、怒りで汚すな。今は団長の命令がまだ生きていると思え。負傷者を救い、持ち場を守れ」

 

 第四騎士団の兵たちが、胸へ拳を当てた。

 

 *

 

 谷の内側では、レインが負傷者の列を見ていた。

 

 勝利を喜ぶ声は、もう上がっていない。担架の数も、血に濡れた布も、戦いが終わったという言葉だけでは消えなかった。北側の治療場所も空けたままになっている。第七騎士団が戻るまで、勝利を確定したものとして扱うつもりはなかった。

 

「今夜、祝宴は行いません」

 

 レインは集まったジルバ、シャーウ、シャルンへ告げた。

 

「北側で勝利した第七騎士団には、帰還後に王家から正式に謝意を伝えます。しかし今は、シキシ団長と亡くなった兵を弔い、負傷者を救うことを優先します。第六騎士団の兵にも治療を。武器を捨てた者へ私刑を加えることは許しません」

 

「承知しました。第五騎士団から治療所の警護を出します」

 

 ジルバが答えると、シャルンは地面に広げた記録板へ目を落とした。負傷者の数ではなく、第六騎士団から回収された命令書と伝令記録の欄を確かめている。

 

「負傷者の扱いと、反逆の立証は分けて考える必要があります。第六騎士団の天幕、命令書、伝令の記録は、今夜のうちに押さえるべきです。アカヤン個人の反逆として処理すれば、命令がどこから始まったのかが消えます」

 

「では、保全を命じます。降伏した兵の証言も、互いに口裏を合わせられない形で記録してください。ただし、脅して望む答えを言わせてはなりません」

 

 レインは迷わず決めた。処罰を急いで証拠を失うことも、証拠を求めるために捕虜を傷つけることも認めなかった。

 

 続いてシャーウへ向き直る。

 

「周辺の警戒は続けられますか」

 

「続けます。戦いが終わった直後は、勝った側も目が内へ向きますから。第一遊撃団を北と東へ残し、谷へ入る者は合図を確認してから通します」

 

 シャーウはすでに、斜面の見張りを交代させていた。疲れた兵を同じ場所へ置き続けず、報告を受ける者も1つの天幕へ集めている。勝報を持ち帰った伝令の経路も聞き取り、後続の第七騎士団が同じ道を進んでいることまで確認していた。

 

「北から来るのは、第七騎士団だけとは限りません。味方の旗でも、油断はしません」

 

 その言葉が終わる前に、斜面から短い合図が届いた。

 

 シャーウは回数を聞き分け、谷の外へ目を向ける。

 

「北側から軍勢。第七騎士団の旗を確認。追跡を受けている様子はありません」

 

「迎えを出しましょう。私も行きます」

 

 レインはそう告げ、自ら谷の入口へ歩き出した。勝利を報告した者だけでなく、戻ってきた兵たちへ直接言葉を伝えるためだった。

 

 *

 

 第七騎士団の隊列は、日が山へ隠れる頃に姿を現した。

 

 先頭の旗は立っていたが、兵たちの鎧には3日間の戦いと山道の跡が残っている。負傷者を乗せた荷車が先に谷へ導かれ、その後ろを、人数を確かめながら歩く兵が続いた。

 

 チョーカは出迎えの人数を見ると、すぐに異変を察した。谷を守り切った者たちの顔に、勝利だけでは説明できない沈黙がある。

 

「勝った顔ではないな」

 

 ジルバは黙って一礼した。

 

「第六騎士団は制圧した。アカヤンはルートシン殿が討った。だが、その前にシキシ殿がアカヤンへ挑み、戦死した」

 

 チョーカの足が止まる。

 

 同じ国を守ってきた騎士団長を失った事実を呑み込む前に、背後では2,000の兵が次の命令を待っていた。チョーカは一度だけ目を閉じる。後ろの兵へ振り返った時、その声から私情は消えていた。

 

「第七騎士団は谷の北側へ入れ。負傷者を先に運び、残る者は装備を解く前に人数を確認しろ。今日の勝利を口にするなとは言わん。だが、第四騎士団の前で浮かれる者は私が許さない」

 

 兵たちが静かに動き始める。勝利を告げる掛け声は上がらず、荷車の車輪と装備の触れ合う音だけが谷へ入っていった。

 

 チョーカはレインの前へ進み、片膝をついた。

 

「レイン王女殿下。第七騎士団、帰還しました。北側へ侵入したミドルンティア軍は撃破し、ベクナルを討ち取りました。降伏兵は第一遊撃団の受け入れ隊へ引き渡しています」

 

「よく戻ってくださいました。あなた方が北を止めたから、ここを守り切ることができました。今は兵を休ませてください。詳しい報告は、負傷者の処置と全員の確認が済んでから聞きます」

 

 レインは功績だけでなく、帰ってきた兵を一人ずつ見た。勝者として並んでいても、その列には仲間を支える者と、空いた場所を見ないよう前を向く者がいる。

 

「シキシ団長の弔いは、騎士団の別なく行います。第七騎士団にも参列を命じます。そのうえで、生きて戻った者の名と、戻れなかった者の名を、どちらも王家の記録へ残します。勝利だけを残し、支払ったものを消すことはしません」

 

 チョーカは深く頭を下げた。

 

 彼が立ち上がると、人の列の向こうにセンクがいた。

 

 センクは駆け寄らなかった。まずチョーカの歩幅を見て、右肩の鎧に残る傷、乾いた血、剣を握る手の動きを順に確かめた。血の大半が本人のものではなく、歩行にも支障がないと見切ってから、ようやく近づく。

 

「チョーカ団長。負傷は」

 

「浅いものだけだ。報告どおり、戻った」

 

「……はい。確認しました」

 

 いつもの簡潔な返事だった。それでも最後の声だけが、わずかに掠れた。

 

 チョーカはそれを聞き逃さなかったが、周囲の兵の前で触れはしなかった。

 

「北側の警戒を任せたのは正解だった。こちらを信じて残ってくれたから、帰る場所が崩れずに済んだ」

 

 センクは一度だけ目を伏せた。すぐに顔を上げると、第一遊撃団の副団長へ戻る。

 

「敵軍の捕虜は受け入れ隊が監視中です。軍路には追加の斥候を置きました。第七騎士団の後方を追う部隊は確認されていません。ですが、夜間も監視は継続します」

 

「頼む。私も兵を収容した後、シキシ殿のもとへ行く」

 

 すれ違いかけたチョーカの腕へ、センクの指が一瞬だけ触れた。

 

「本当に、ご無事でよかったです」

 

「ああ。待たせたな」

 

 それ以上は言わず、2人はそれぞれの持ち場へ向かった。

 

 *

 

 夜が谷を覆った頃、東の見張りから伝令が通された。

 

 灰壁砦方面へ向かった救援隊からの報告だった。停戦は保たれ、負傷者を動かせる状態に整えた後、アドラスへ戻るという。

 

 レインは書状を最後まで読み、息をついた。北側に続いて東側からも帰還の知らせが届いたが、安堵だけに身を預けず、すぐに顔を上げる。

 

「帰還路の安全を確かめる者を出してください。こちらの戦闘が終わったことと、第六騎士団を制圧したことも伝えます。負傷者を急がせず、必要なら途中で休ませるように」

 

「第一遊撃団から案内を出します」

 

 シャーウが答えた。

 

 シャルンは書状の日付と、伝令が通った経路を確かめている。

 

「停戦が保たれていることと、安全に戻れることは同じではありません。帰還路で必要となる食料と治療の準備を先に整えます。協力を拒む者がいれば、その名も記録します」

 

「お願いします。帰ってくる者を、帰路で失うわけにはいきません」

 

 谷には、第七騎士団の帰還を告げる声ではなく、負傷者を呼ぶ声と、見張りを交代する足音が続いていた。

 

 戻った者たちは、戻らなかった者の名を抱えながら、次に戻る者たちを迎える準備を始める。

 

 すべての戦線が静まった夜、アドラスの谷だけが、まだ眠らずにいた。

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