第44話 退けない剣
シキシが倒れた直後、第四騎士団の列が大きく揺れた。
団長を救おうと前へ出る者と、怒りのまま第六騎士団へ斬り込もうとする者が重なる。アカヤンはその乱れを見逃さなかった。
「第四騎士団を押し返せ! 正面は攻撃を続けろ。谷の入口を開ければ終わる!」
第六騎士団の側面が前へ出る。指揮を失った列を崩し、そのまま谷へ向かう部隊の横を守る動きだった。
だが、第四騎士団は崩れなかった。前列の兵がシキシの身体を後ろへ運び、残った者たちは盾を並べ直す。怒号は消えていない。それでも、団長が最後まで守ろうとした谷へ敵を通す者はいなかった。
「団長の御遺体を陣へ! 前列は持ち場を離れるな! 独断で追うな!」
命令が列の端までつながる。シキシを追おうとした兵も足を止め、隣の盾との隙間を埋めた。第四騎士団は怒りを前へぶつけるのではなく、アカヤンが谷へ向けていた側面を押し戻していく。
その時、第一騎士団の旗が近づいてきた。
先頭に立つルートシンは、運ばれていくシキシの姿と、血の付いた剣を持つアカヤンを見た。詳しい報告を待つ必要はなかった。
「第一騎士団、第四騎士団を支えながら第六騎士団の北側へ回れ! 退路を塞ぐ。ただし、武器を捨てた者は斬るな!」
第一騎士団が2つに分かれた。一方が第四騎士団との間を埋め、もう一方が第六騎士団の背後へ回り始める。第四騎士団へ合流した隊も、そのまま敵へ殺到はしなかった。崩れかけた盾列の外側へ並び、団長を失った兵が隊列を立て直す時間を作る。ルートシンはシキシの死を見ても、怒りに指揮を預けていなかった。
アカヤンは舌打ちし、谷の入口を見た。第五騎士団の防衛線はまだ破れていない。左右の斜面には第一遊撃団が残り、北へ退く道には第一騎士団が近づいている。
それでも、北側山脈からミドルンティア軍が現れれば状況は変わる。第七騎士団2,000が3日持ちこたえたとしても、5,000を止め続けられるとは考えていなかった。
「正面へ兵を集めろ! 第四騎士団は押さえるだけでいい。谷へ入れば北側の軍と挟める!」
第六騎士団が再びアドラスへ圧力を強めた。
*
谷の入口では、第五騎士団の盾が後ろへ押されていた。
ジルバは負傷者を内側へ下げながら、空いた場所へ次の兵を入れる。レインは領地軍に守られた位置まで退いていたが、戦場から目を逸らしてはいなかった。
「第一騎士団が動きました! 第六騎士団の北側へ回っています!」
斜面から届いたシャーウの報告に、ジルバは短くうなずいた。
「こちらは入口を守り続ける! 第一騎士団に合わせて前へ出るな。第六騎士団を谷へ入れなければいい!」
外から第四騎士団の声と、さらに近づく第一騎士団の足音が響く。第六騎士団は3方向から挟まれようとしていた。
その最中、北側の道から1人の騎馬が駆けてきた。
第一遊撃団の装備を身につけた伝令だった。北側山脈へ捕虜の受け入れに向かった隊から、先に戻された者である。シャーウは味方の印を確かめるまで斜面の弓を下ろさせず、伝令が合図を返したところで谷へ通した。
「北側山脈より報告! 第七騎士団長チョーカ様が、ミドルンティア軍約5,000を撃破! 敵将ベクナルを討ち取りました! 降伏した兵は、第一遊撃団が引き受けています!」
谷の内側から声が上がった。
だが、レインは喜びに沸きかけた領地軍へ向き直った。
「まだ戦いは終わっていません。負傷者の道を空け、持ち場を守ってください。第七騎士団への謝意は、全員が戻ってから伝えます」
穏やかな声だったが、命令は迷いなく通った。上がりかけた声が収まり、人々は担架の通路を開ける。レインは勝利だけを聞いて安心することなく、伝令へ第七騎士団の負傷者と帰還状況を確かめた。まだ全員が谷へ戻ったわけではない。それを聞くと、北側の治療場所を空けておくよう領地軍へ命じた。
ジルバも振り返らず、正面へ声を張った。
「勝ち鬨は後だ! 正面を見ろ! 北側から敵は来ない。ここを守り切るぞ!」
第五騎士団の盾が踏みとどまる。
伝令の声は、第六騎士団にも届いていた。
*
アカヤンは、聞こえた報告をすぐには信じなかった。
「虚報だ。5,000が2,000に敗れるはずがない」
しかし、報告したのは谷に籠もっていた者ではない。北側から戻った第一遊撃団の兵だった。斜面の上でも、同じ報告が監視隊から監視隊へ伝えられていく。
ミドルンティア軍が来ないなら、谷へ踏み込んでも挟撃にはならない。第一、第四、第五騎士団と第一遊撃団を、第六騎士団だけで破らなければならなくなる。
アカヤンは軍路へ続く北側を見た。
待っても、味方の旗は現れない。代わりに見えるのは、退路へ回り込む第一騎士団の旗だった。
「全隊、北へ退け! 正面の兵から順に離脱しろ。側面は第一騎士団を止めろ!」
第六騎士団の向きが変わり始めた。
だが、遅かった。
ルートシンはアカヤンの命令より先に、退却路へ第一騎士団を入れていた。第六騎士団の先頭が北へ向き直った時には、第一騎士団の盾が道を塞いでいる。
「第六騎士団へ告げる!」
ルートシンの声が戦場を通った。
「アカヤンは王家への反逆を明言し、シキシ団長を討った! これ以上従う者も反逆者として扱う。武器を捨て、膝をつけ!」
第六騎士団から返事はなかった。
代わりに、退路を開こうと盾が前へ出る。
「降伏の意思なしと判断する。第一騎士団、前進! 隊列を分断し、指揮官から引き離せ!」
両軍の盾がぶつかった。
第六騎士団も弱くはない。だが、谷への攻撃から急に向きを変えたため、弓兵と盾兵の位置が乱れている。対する第一騎士団は、正面から受け止める隊と左右へ回る隊を、途切れることなく動かした。
第六騎士団の列が分かれる。
谷側では第五騎士団が押し返し、反対側からは第四騎士団が迫る。行き場を失った兵が次々に武器を落とし始めた。
第四騎士団はシキシを失った怒りに任せて斬り込まず、武器を捨てた兵の横を通り過ぎた。狙うのは抵抗を続ける隊列だけだった。谷の入口から離れようとした第六騎士団の兵も、第五騎士団の盾に押し戻される。北へ抜ける道は第一騎士団が塞ぎ、左右へ散ろうとすれば、第一遊撃団の矢が進路へ刺さった。
アカヤンの命令は、分断された各隊へ届かなくなっていた。
「落とした武器を拾わせるな! 降伏した者はその場から動かすな! アカヤンを逃がすな!」
ルートシンは馬を進め、崩れる隊列の奥にアカヤンを見つけた。
アカヤンも逃げなかった。
「ルートシン! 俺を討ちたければ、兵の後ろに隠れず前へ出ろ!」
挑発に応じたのではない。戦いを終わらせるため、ルートシンは馬を降りた。
「シキシ殿を討った剣で、まだ国を語るつもりか」
「あの男は、沈む国へしがみついただけだ。お前ほどの力がありながら、なぜ無能な王に従う」
「私が仕えるのは、力のある者が好きに奪う国ではない」
ルートシンが剣を抜く。
「これ以上、騎士団の名を汚すな。来い、アカヤン」
周囲の兵が離れた。
先に動いたのはアカヤンだった。シキシの盾を弾いた力をそのまま剣へ乗せ、ルートシンの首元へ振り抜く。速さも重さも、傷を負った直後とは思えない一撃だった。
ルートシンは避けず、一歩踏み込んで正面から刃を受けた。
激しい音とともに、アカヤンの剣が止まる。
押し切れない。
アカヤンの目が初めて揺れた。力だけではない。剣を合わせた瞬間に、次の動きへ移る足も、刃を返す角度も、すでにルートシンが上回っている。シキシを討った自分の一撃が、この男には間合いを測るための初太刀にしかなっていなかった。
アカヤンは剣を引き、距離を取ろうとした。
その前に、ルートシンが踏み込む。
2度目に刃が交わることはなかった。
ルートシンの剣がアカヤンの防御を越え、胸を深く斬った。
アカヤンは数歩よろめき、剣を落とす。
「これが……第一騎士団長か」
「シキシ殿のもとで、自分の罪を詫びろ」
アカヤンが倒れた。
ルートシンはすぐに剣を下ろし、第六騎士団へ向き直る。
「アカヤンは討った! 戦いは終わりだ! 武器を捨てた者には手を出すな。第一騎士団は捕縛、第四騎士団は負傷者の救護に当たれ!」
第六騎士団の抵抗が、端から失われていく。
谷の入口でも、ジルバが第五騎士団を止めた。追撃は命じず、倒れた兵と防衛線の確認を優先させる。
ルートシンは、第四騎士団の陣へ運ばれたシキシの方角を見た。
チョーカの勝利によって、アドラスを挟むはずだった軍は消えた。
だが、その知らせが届くよりわずかに早く、クラストは1人の騎士団長を失っていた。




