第43話 破られた停戦
北側山脈で3日目の戦いが続いていた頃、アドラスの谷の正面では、停戦成立後初めて第六騎士団の旗が動いた。
最初に気づいたのは、3つの陣を監視していた第一遊撃団だった。
「第六騎士団が陣を出ます! 進路は谷の入口!」
報告を受けたシャーウは、見張り台から正面を確かめた。第六騎士団の兵は隊列を整え、盾を前へ並べている。使者だけを送る動きではない。第四騎士団との間隔を広げながら、谷へ向けて進み始めていた。
「各監視隊へ伝えろ。第六騎士団の動きだけを追い、第一、第四騎士団への警戒は解くな。先頭だけで判断せず、陣に残る兵と伝令の動きも見ろ。ジルバ団長へ、停戦が破られた可能性があると知らせろ!」
第一遊撃団の伝令が斜面を駆け下りる。シャーウは別の兵を呼び止め、第四騎士団との間に立つ監視隊へ走らせた。第六騎士団が谷だけを狙うのか、他の陣まで動くのか、まだ決めつける段階ではなかった。
谷の入口では、ジルバがすでに第五騎士団の盾を並べ始めていた。ルイセン領地軍は内側の道へ移り、領民がいる場所へ敵を近づけないため、通路ごとに守りを固める。
「第五騎士団は入口から出るな! 相手が第六騎士団でも、武器を向けるまでは攻撃するな。領地軍は避難路を守れ。外へ出て戦おうとする者は止めろ!」
「団長、第六騎士団から使者が来ます!」
白旗を掲げた騎馬が、進軍する隊列より先に出た。
ジルバは盾列の前へ出ず、兵に囲まれた位置で使者を待った。矢が届かない距離で馬を止めた使者が、声を張る。
「第六騎士団長アカヤン様より告げる! 王命に従い、レイン殿下とユキネ殿下を名乗る者、その協力者を引き渡せ! 直ちに門を開けば、抵抗しない者の命は保証する!」
「面談で、両殿下は御本人と確認されたはずだ。王命の再確認が終わるまで攻撃しないとの取り決めもある」
「返答は、アカヤン様へ直接願う!」
使者の後方で、第六騎士団の盾が止まった。そのさらに後ろには弓兵が並び、すでに弦へ矢をつがえている。
返答を待つためではない。レインを入口へ呼び出し、その間に攻撃の配置を整えるための使者だと、ジルバには分かった。だが、取り決めを破った事実を兵の前で明らかにするには、レイン自身の問いとアカヤンの返答が必要だった。
「レイン殿下をお呼びしろ。ただし、入口より前へは出すな。シャルンにも、使者の言葉と第六騎士団の配置を記録させろ」
*
レインが谷の入口へ着いた時、第六騎士団の前にはアカヤン本人が出ていた。
丘での面談と同じ鎧を身につけている。だが、今は白旗もなく、腰の剣へ手を置いていた。
シャーウが第一遊撃団を左右の斜面へ散らし、レインの前には第五騎士団の盾が重なる。ルイセンは谷の内側に残り、領地軍とともに避難路を守っていた。シャルンは盾列の後ろで、使者の言葉と両軍の動きを記録している。
「アカヤン。これはどういうことです」
レインの声が、両軍の間へ通る。
「先日の面談では、父上の新たな判断が届くまで攻撃しないと決めたはずです。私たちを本人と認めたうえで、なぜ兵を進めるのですか」
「新たな判断は届いていない。現在も有効なのは、両殿下を名乗る者と反乱勢力を捕らえよとの王命です」
「それは、私たちが偽物だという誤った報告を根拠にした命令です。あなた自身が、私とユキネを本人だと認めたではありませんか」
「認めたからこそ、今ここで終わらせる」
アカヤンが片手を上げると、第六騎士団の弓が一斉に持ち上がった。
ジルバはすぐに命じる。
「盾を上げろ! 殿下を内側へ!」
第五騎士団の兵がレインの前を塞ぐ。レインは後ろへ下がったが、背を向けず、盾の隙間からアカヤンを見据えた。ここで退けば、問いへの答えを曖昧にしたまま兵同士が戦うことになる。
「私たちを殺せば、それこそ王家への反逆です。兵に王命を守らせるつもりなら、まずあなたが取り決めを守りなさい」
「王家であることに、もはや価値はない」
アカヤンは周囲へ聞かせるように告げた。
「誤った命令を出し、自国の軍を分け、他国に踏み込まれても真実を知ろうとしない王に、これ以上従う理由はない。俺はアーグを王とは認めず、その娘たちにも従わん。第六騎士団は、ここからクラスト王家の敵として戦う」
言葉が終わる前に、ジルバの剣が抜かれた。
「反逆の意思は聞いた! 第五騎士団、レイン殿下と谷を守れ! 第六騎士団を一歩も中へ入れるな!」
アカヤンの手が振り下ろされる。
矢が空を覆った。
盾へ重い音が連なり、入口の左右では第一遊撃団が射返す。第六騎士団の前列は盾を重ねたまま前進し、その後ろから次の矢が放たれた。
第五騎士団は狭い入口を利用して受け止める。ジルバは前列が押されるたび、後ろの兵を左右へ分け、崩れた場所だけを入れ替えさせた。
「正面へ人数を重ねすぎるな! 負傷者を内側へ下げろ! シャーウ、斜面から敵の後列を止められるか!」
「近づけば狙えます。ただし、第六騎士団もこちらを見ています」
「無理に下りるな。入口を越えようとする隊だけを射て!」
シャーウは左右へ同じ命令を送った。敵の後列を崩すために兵をさらすより、谷へ入る兵を確実に止める。第一遊撃団の矢は前へ出た隊の足元へ集中した。
同じクラストの紋章をつけた盾同士が、谷の前でぶつかった。
*
第六騎士団が動いた時、最も近くにいたのは第四騎士団だった。
シキシは部下から報告を受けると、陣の前へ出た。遠くからでも、アドラスへ向かう第六騎士団と、その上を飛ぶ矢が見える。
「団長、第六騎士団は王命に従っているのでは?」
「違う。面談では攻撃しないと決めた。レイン殿下とユキネ殿下が御本人であることも、私たちは確認している」
シキシは、第六騎士団の横へ使者を走らせた。
だが、使者は途中で止められた。アカヤンへ取り次がれることもなく、引き返すよう剣を向けられている。
続いて、谷の方角からアカヤンの声が届いた。
アーグを王とは認めない。
第六騎士団は王家の敵として戦う。
聞き間違える余地はなかった。友人として自分から確かめると決めていた相手が、兵の前で答えを出した。
「第四騎士団、出るぞ。第六騎士団の側面へ回り、谷への攻撃を止める!」
「第一騎士団の指示を待たなくてよいのですか」
「待てば領民が死ぬ。ルートシン殿には使者を送れ。アカヤンは私が止める!」
第四騎士団が陣を出た。
第六騎士団は、かつて並んでアドラスを包囲した味方が近づいても進軍を止めない。側面を守る兵だけが向きを変え、第四騎士団を迎えた。
「アカヤン! 兵を退け!」
シキシは隊列の先頭から呼びかけた。
「お前が両殿下を御本人だと認めたことは、私もルートシン殿も聞いている。王命を理由にはできん。今ならまだ、兵を退かせて裁きを受けろ!」
アカヤンが振り返る。
「相変わらず真面目だな、シキシ。こんな国に最後まで忠誠を尽くすつもりか」
「国への不満と、民を巻き込む反逆は別だ。北を守ってきたお前が、それを分からないはずはない」
「北を守ってきたから分かったのだ。守る価値のない国へ、兵の命を差し出す必要はないとな」
「ならば、なぜ谷の民へ矢を向ける」
アカヤンは答えず、剣を抜いて騎士団の前へ進み出る。
「そこまで知ったのなら、もう話すことはない」
シキシも剣を抜いた。
「私にはある。友人として、お前を止める責任がある」
互いの兵が距離を取る。
先に踏み込んだのはシキシだった。振り下ろした剣をアカヤンが正面から受け、刃が激しく鳴る。シキシは押し合わずに剣を引き、角度を変えて肩を狙った。
アカヤンは身体を沈めてかわし、返す刃をシキシの脇へ走らせる。シキシは盾で受けたが、衝撃に足が半歩ずれた。
武力で上回るアカヤンに対し、シキシは無理に打ち合わなかった。守りながら位置を変え、第六騎士団の進路からアカヤンを離そうとする。自分が勝つことより、谷へ向かう攻撃を止めるための戦いだった。
「兵を止めろ、アカヤン! お前が命じれば、まだ戻れる者がいる!」
「戻る場所など、とうに捨てた」
アカヤンの剣がシキシの盾を強く打った。
受け止めたシキシの身体が傾く。そこへ2撃目が重なり、盾が外へ弾かれた。
それでもシキシは下がらなかった。空いた懐へ踏み込み、アカヤンの鎧へ剣を届かせようとする。
刃が触れるより早く、アカヤンの剣が胸を貫いた。
シキシの足が止まる。
「……国ではない。そこで暮らす者を、守るのが騎士団だ」
最後まで剣を手放さないまま、シキシは膝をついた。
アカヤンが剣を引く。
第四騎士団から怒号が上がり、同時に遠くの第一騎士団でも旗が動いた。
だが、シキシはもう立ち上がらなかった。
停戦は破られ、クラストの騎士団同士が、同じ国の地で剣を交えていた。




