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灰壁の守護者~剣に恵まれなかった遊撃団長は、守護魔法で仲間を生還させる~  作者: ムネディ


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第38話 通れない帰路

 灰壁砦を挟んで向かい合った両軍は、その日の攻撃を止めた。

 

 第三騎士団と救援軍は崩れた外壁を補修し、獅子騎士団は弓の届かない位置まで陣を下げる。互いに負傷者を運び、夜の間も見張りを残したが、矢も魔法も飛ばなかった。

 

 ライトスは外壁を回り、交代する見張りと負傷者の数を確かめた。攻撃が止まっても、休戦が成立したわけではない。向こうの陣には獅子騎士団の旗が残り、こちらも第七騎士団と2つの遊撃団を外壁から下げていなかった。

 

 それでも、夜明けまで攻撃がなかったことで、第三騎士団は触媒と魔力を使わずに負傷者を治療できた。戦いを止めた時間そのものが、今の砦には救援の一部となっていた。

 

 翌朝、第二騎士団と対峙していた部隊からフクシンが到着した。イケメーンは砦の外へ天幕を設けさせ、両軍の間に武器を持たない使者を立たせた。

 

 ストログ側はイケメーン、ルーカ、フクシン、進軍中の偵察を担った老練な斥候。クラスト側はマウク、ミカ、ライトス、トッキーが天幕へ入った。

 

 ユキネは砦側に残り、ガランとキュリも外壁を離れていない。会談が決裂した場合にも、救援軍の守りをその場で動かせる者を残しておく必要があった。

 

 ライトスは席に着く前に、天幕の両側が開かれていることを確かめた。両軍の使者から内部が見え、どちらかが相手を拘束することもできない。イケメーンは話し合いを求めながら、互いに疑いを残していることまで前提に場所を整えていた。

 

 マウクの姿を見たイケメーンは、椅子から立ち上がった。

 

「マウク、ウェル殿下と来ないと聞いて心配していたぞ」

 

「イケメーン……男に心配される趣味は持っていなくて、ごめんよ」

 

「安心しろ。私もその趣味はない」

 

 イケメーンはマウクの肩へ手を置き、無事を確かめるように顔を見た。

 

「牢へ入れられたと聞いた時は、チョーカがそばにいたなら、示し合わせて王城へ殴り込みたいところだった」

 

「それは困るね。君とチョーカを止める人がいなくなる」

 

「止める役のお前が牢の中では仕方がないだろう」

 

 冗談めかした言葉とは裏腹に、イケメーンの目には安堵が残っていた。

 

「しかし、この救援策を組み立てたのがマウクだったとはな。納得だ」

 

「僕は案を出しただけだよ。正式に兵を動かしたのは、第五騎士団長のジルバ様だ」

 

「指揮権を持たない者が、自分の手柄にしないところまで含めて、お前らしい」

 

「僕たちの昔話をするために呼んだわけではないだろう?」

 

「ああ。続きは、チョーカも一緒に酒を飲める時にしよう」

 

 2人が席に着くと、わずかに和らいでいた空気が再び引き締まった。

 

 マウクは持参した書類を卓上へ置く。

 

「僕たちが来た目的は、獅子騎士団を倒すことではありません。第三騎士団を救い、なぜ両国の軍が戦っているのかを確かめることです」

 

「私たちもクラストへ攻め込むために来たわけではない。ウェル殿下がストログで国家転覆を企てたと聞かされ、その協力者を調べるよう命じられた」

 

 ミカが眉を寄せた。

 

「私たちは、レイン殿下とユキネ殿下を名乗る偽物と、それを守る反乱軍を討つよう命じられたわ。同じ出来事を理由にしているのに、命令の内容が違いすぎる」

 

「その命令を信じて、国境を越えようとしたのですか?」

 

 ルーカの問いに、ミカは視線を逸らさなかった。

 

「疑っていたわ。それでも、王命を受けた騎士団が、何も確かめずに任務を捨てることはできない」

 

「私たちも同じです」

 

 ルーカはそこで追及を止めず、卓上の書類へ目を向けた。

 

「クラストでは両殿下が偽物とされ、ストログではウェル殿下が国家転覆を企てたとされた。どちらの命令も、王族を敵と判断させる内容です。別々の誤報が偶然重なったと考えるより、まず伝わった順番を確かめるべきです」

 

「ええ。私が知りたいのもそこよ。誰が嘘をついたかを先に決めれば、また別の命令に利用される」

 

 幼い頃から互いを知る2人は、敵味方に分かれた理由を感情だけで片づけなかった。ルーカは異なる命令の共通点を拾い、ミカは疑いがあっても騎士団を動かした責任から目をそらさない。

 

 フクシンが腕を組む。

 

「第二騎士団も、我々を皆殺しにしようとはしていませんでした。国境から退かせることを優先していた。現場の指揮官が疑念を抱いていても、命令そのものは無視できないのでしょう」

 

「だから、命令が作られた順番を確かめる必要があります」

 

 マウクは書類を日付順に並べた。

 

 処刑の通告、両王女を偽物とする命令、第三騎士団へ届いた軍令。マウクは内容の正しさではなく、それぞれが誰から、いつ届いたものかを分けて置いた。ライトスにも、同じ出来事から作られたはずの命令が、両国で別の敵を指していることが見えてきた。

 

「クラストでは、レイン殿下とユキネ殿下が偽物とされ、ウェル様はストログで処刑されたと伝えられました。しかし、ウェル様は生きてアドラスへ戻られています」

 

 イケメーンの表情が変わった。

 

「待て。ウェル殿下が戻ったのか?」

 

「はい。ストログ兵に捕らえられた後、護衛兵が逃がしてくれたと話しています。旧街道へ入り、クラスト軍が残した旗印や馬車の轍を追って、アドラスへ辿り着いたそうです」

 

 イケメーンは隣の老斥候を見た。

 

「お前たちが旧街道を調べたのは、いつからだ?」

 

「ウェル殿下の処刑が知らされた直後からです」

 

 老斥候は地図を広げ、ストログ側から旧街道へ入る道を指でなぞった。

 

「複数の斥候が交代で街道と周辺の脇道を確認しました。クラスト軍の大部隊が通った痕跡はありましたが、ストログ側から1人で抜けた新しい足跡は確認しておりません」

 

「見落とした可能性は?」

 

 トッキーが尋ねる。

 

「あります。森の中に残る足跡を、すべて拾うことはできません。ただし、ストログ側から旧街道へ入るには、川か関所跡の近くを通る必要があります。どちらにも見張りを置いていました」

 

「見張りが途切れた時間は?」

 

 ミカが尋ねた。

 

「交代の前に次の者を着かせています。川にも関所跡にも、見張りがいない時間は作っておりません」

 

「つまり、絶対に通っていないとは言えない。でも、普通に旧街道へ入ったなら、どちらかへ痕跡が残るはずだったのね」

 

「はい。それが我々の確認した事実です」

 

 老斥候は自分の報告を証明以上のものにはしなかった。ミカも、見落としがないという保証までは求めなかった。

 

「ウェル殿下らしき人物を見た者はいないのですか?」

 

 ライトスの問いに、老斥候は首を横へ振った。

 

「おりません。旧街道を通ったという説明が事実なら、我々の確認とは一致しません」

 

 天幕の中が静まり返った。

 

 ライトスは、アドラスへ現れた時のウェルを思い出した。泥にまみれた外套と擦り切れた靴。長い道を歩いてきた姿に、嘘があるようには見えなかった。

 

 だが、姿が説明を裏づけているように見えたことと、実際に旧街道を通ったことは同じではない。ライトス自身も、あの時は生きて戻った王子を前にして、服の汚れがどの道でついたものかまで確かめていなかった。

 

 ウェルが嘘をついたと決めることも、ストログの斥候が見落としたと片づけることもできない。今あるのは、両方を同時には正しいと扱えないという事実だけだった。

 

 マウクも地図を見つめていた。

 

 ウェルの説明が誤っているのか。ストログ側の監視に抜けがあったのか。それとも、どちらかへ事実と異なる情報が与えられているのか。

 

 まだ答えを選べる段階ではない。

 

 だが、旧街道という言葉を聞いた瞬間、上着の内側にしまっていた紙を思い出した。

 

「ウェル様から渡されたものがあります」

 

 マウクは小さく折られた紙を取り出した。

 

「面談へ向かう前、廊下に落ちていたと言って、僕へ渡しました」

 

 紙を開くと、規則の崩れた文字が並んでいる。

 

 ミカとライトスには意味のない並びにしか見えなかった。だが、イケメーンは最初の数文字を見たところで、表情を変えた。

 

 イケメーンが身を乗り出した。

 

「これは……私たちが学生の頃に使っていたものか?」

 

「似ている。でも、置き換え方も文字の順序も間違っている。僕の記憶だけでは、どこまでを規則として読めばいいのか判断できないんだ」

 

「ウェル殿下は、私たちが使っているところを何度も見ていた。仲間に入れろと言って、勝手に覚えようとしていたこともある」

 

 イケメーンは紙から目を離さなかった。

 

「当時の暗号資料なら、私が保管している。それと照らせば、間違い方から元の文を追えるかもしれない」

 

「残していたのか?」

 

「お前やチョーカ、ウェル殿下と過ごした頃のものまで、捨てる理由はない」

 

 マウクは乱れた文字列を指で追った。

 

 ウェルが本当に拾っただけなら、この暗号に意味はない。

 

 だが、自分へ読ませるために渡したのなら、なぜ普通の言葉で伝えなかったのか。

 

「この紙を解読する。ただし、内容が分かるまでは、ウェル様を疑っているとは誰にも伝えない」

 

「ああ。分からないものを、敵の証拠にはできない」

 

 ミカも乱れた文字列を見たままうなずいた。

 

「私も異論はないわ。本人が書いたかも、警告なのかも分からない。今ここで確かなのは、旧街道の説明と斥候の報告が一致しないことだけよ」

 

 ライトスはウェルの顔を思い浮かべた。本人を守るためにも、根拠のない疑いを広めるべきではない。同時に、説明できない食い違いを見なかったことにもできなかった。

 

 イケメーンは地図上の旧街道へ視線を落とした。

 

 休戦を結ぶために始まった会談は、ウェルが通ったはずの道そのものを疑う段階へ入っていた。

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