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灰壁の守護者~剣に恵まれなかった遊撃団長は、守護魔法で仲間を生還させる~  作者: ムネディ


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第32話 重なる戦線

 レインたちが白旗の待つ中間地点へ向かった頃、第六騎士団の陣では、北側の見張りが1人の兵を通していた。

 

 兵の鎧には第六騎士団の印がある。しかし、泥の付着した外套と傷んだ靴は、本隊とは異なる道を進んできたことを示していた。

 

 アカヤンは天幕へ兵を入れると、副団長にも席を外させた。表向きの斥候と補給路確認なら、話を聞かれても困らない。それでも人を残さなかった。

 

「報告しろ」

 

「北側山脈の軍路を通り、ミドルンティア軍約5,000がアドラスの背後へ接近しています。先頭は、突撃師団長ベクナルです」

 

「到着は?」

 

「軍路の出口まで、数日もかかりません。こちらが谷の正面から動けば、背後から挟めるとのことです」

 

 兵は小さく折られた書状を差し出した。

 

 アカヤンは封を確かめ、火へ近づける。表面に隠されていた印が浮かび上がった。短い指示を読み終えると、迷うことなく紙を炎へ落とす。

 

「別働隊は?」

 

「軍路の補修と物資の受け渡しを続けています。ただ、昨日から山中に人が入った形跡があると報告がありました」

 

「見つけたのか?」

 

「いえ。足跡は途中で消されています。山へ入った者の姿も確認できていません」

 

 アカヤンは燃え尽きる書状を見下ろした。

 

 第六騎士団の本隊は、すでに第一、第四騎士団と並んでいる。ここで北側の軍路へ兵を差し向ければ、ルートシンに目的を問われる。見つけていない侵入者を追うために、隠してきた道と別働隊を露呈するわけにはいかなかった。

 

「追わせるな。今さら山中を探し回れば、こちらから軍路の存在を教えることになる」

 

「では、予定どおりに?」

 

「面談の結果を見てから決める。ベクナルには、こちらの合図があるまで軍路から出るなと伝えろ」

 

「承知しました」

 

 兵が立ち去った後、アカヤンは天幕の入口を開いた。

 

 遠くに、白旗を掲げた面談場所が見える。その向こうからは、レインたちを乗せた馬車が近づいていた。

 

 ルートシンとシキシが王女本人だと認めれば、すぐに剣を抜かせることは難しくなる。王命は残っても、2人は本人と確かめた王女を理由なく討つ人物ではない。

 

 それでも、北側山脈から迫る5,000の存在を知る者は、第六騎士団の一部しかいない。

 

 アカヤンは外套を整え、面談場所へ向かった。

 

 *

 

 ストログ国境では、第二騎士団の前進が止まっていた。

 

 正面から獅子騎士団を押し退けようとするたび、フクシンの部隊は中央を薄くし、第二騎士団を国境に沿って流した。

 

 チカライが中央へ兵を寄せれば、獅子騎士団は正面を開ける。その隙間へ第二騎士団が入ると、両側から斥力を加え、本隊と補給隊の間を広げていく。左右へ隊列を広げれば、今度は中央から進路を狭められた。

 

 追えば陣から離され、止まれば左右から圧力を受ける。フクシンは正面から押し返そうとせず、第二騎士団の進みたい方向だけを塞いでいた。

 

「左翼を下げろ! 先頭を本隊へ戻せ!」

 

 チカライの命令が伝わる。

 

 だが、長く伸びた隊列を一度に戻すことはできない。先頭を反転させれば後続とぶつかり、横へ広がれば国境沿いの斜面に足を取られる。

 

 副団長が駆け寄った。

 

「このままでは、補給隊との間が開きます」

 

「分かっている。敵は俺たちを討つ気ではない。こちらを国境から遠ざけ、隊列を崩すことが目的だ」

 

「押し切りますか?」

 

 チカライは前方を見た。

 

 獅子騎士団の兵は、退く第二騎士団を追ってこない。倒れた者が出れば回収する間を与え、立て直そうとすれば再び進路だけを狭めてくる。

 

 王命は、獅子騎士団を国境から退けるよう命じている。しかし、崩れた隊列のまま前進を続ければ、国境へ近づくより先に補給を断たれる。命令を果たすためにこそ、ここで止まる必要があった。

 

「一度下がる。補給隊の位置まで戻り、負傷者を収容しろ」

 

「撤退するのですか?」

 

「立て直すためだ。崩れたまま攻め続ける方が、敵の思うつぼになる」

 

 副団長がうなずき、各隊へ合図を送った。

 

 先頭の隊を急に反転させず、両翼を順に下げる。傷ついた兵を内側へ移し、外側の盾は獅子騎士団へ向けたままにした。第二騎士団は互いの足を止めない速度で、少しずつ補給隊の位置へ戻っていく。

 

 フクシンはその動きを見ても、追撃を命じなかった。

 

「前へ出るな! 負傷者を運び、陣形を戻せ!」

 

「よろしいのですか?」

 

 近くの兵が尋ねる。

 

「あの団長は、退くべき時を見誤らなかった。追えば今度はこちらが隊列を伸ばすことになる。国境を越えさせなければ、それでいい」

 

 獅子騎士団の前列は動かず、剣を向けて離れる盾の列を見送った。

 

 第二騎士団は壊滅したわけではない。それでも、最初の攻撃で獅子騎士団を退かせることはできず、国境から距離を取って立て直さざるを得なくなった。

 

 *

 

 旧街道では、霧が薄れ始めていた。

 

 視界が戻るほど、第三騎士団の置かれた状況は明らかになっていく。

 

 イケメーンの別働隊は街道の先を塞ぎ、ルーカは第三騎士団の魔法兵が術を組み替える間を狙って兵を動かしていた。

 

 ミカが火魔法を前方へ集めれば、ルーカは盾を開かせて左右へ退く。第三騎士団が開いた中央へ進むと、風で押し戻された霧が視界を奪い、その間に前方の断崖と左右の斜面へ追い込まれる。道の広い場所へ陣形を移そうとすれば、獅子騎士団の兵が先に回り込んだ。

 

 ミカは杖を振り、街道脇に土の壁を作った。飛来した矢が壁へ突き立つ。

 

「負傷者を後方へ! 触媒が尽きた者は前列と交代して!」

 

 副団長が駆け寄る。

 

「団長、正面の突破は困難です。第二騎士団からの合図も途絶えています」

 

「向こうも止められたのね」

 

 ミカは霧の向こうに立つルーカを見た。

 

 ルーカは追撃を急がず、第三騎士団の退路を1つだけ残している。その先にあるのは灰壁砦だった。

 

 王都側へ戻る道と、獅子騎士団の横を抜ける道は、兵の厚みと地形で狭められている。一方、灰壁砦へ通じる経路は、逃げ道と分かる程度に開けられていた。ルーカが偶然残したのではない。

 

 罠かもしれない。

 

 だが、魔法兵を中心とする第三騎士団が、この狭い旧街道で戦い続ければ、触媒と魔力を先に失う。負傷者を抱えたまま王都側へ戻ろうとすれば、街道上で追いつかれる危険もあった。

 

 退路を選ばされていると分かっても、兵を失う道は選べない。ミカは部隊の魔力と残る触媒、灰壁砦までの距離を見比べた。

 

「灰壁砦まで下がるわ。前列は交代しながら退却。魔法を一度に使わず、追撃を止める分だけ残して」

 

「砦で籠城するのですか?」

 

「まず負傷者を収容し、隊列を立て直します。砦を失えば、その先の道まで開くことになるわ」

 

 ミカは伝令を呼んだ。

 

「アドラスへ向かって。ルートシンに、第二騎士団が国境で止められ、第三騎士団は灰壁砦まで後退すると伝えて」

 

「救援を求めるのですか?」

 

「ええ。ただし、第一騎士団が動けないなら、アドラスにいる軍へ協力を求めるよう書いて。今は王命の正しさを争っている場合ではないわ」

 

 偽王女を擁する反乱軍と記された者たちへ、協力を求めることになるかもしれない。それでもミカは、目の前の兵を死なせないことを優先した。

 

 伝令は書状を受け取り、旧街道を外れてアドラス方面へ走り出した。

 

 第三騎士団が後退を始めると、イケメーンは兵へ追撃を控えさせた。

 

「砦へ入らせるのですか?」

 

 ルーカの問いに、イケメーンはうなずく。

 

「ああ。ここで追い詰めれば、ミカは全力で反撃する。砦へ下がれば、少なくとも話をする余地は残る」

 

「ですが、増援を呼ばれるかもしれません」

 

 ルーカは遠ざかる第三騎士団のしんがりへ目を向けたまま、兵を追うようには動かなかった。退路を絞り、退く決断まで迫ったのは自分たちだが、負傷者を運ぶ隊列に乱れはない。ミカも、まだ部隊を失ってはいなかった。

 

「その時には、誰が来るのかを見ればいい。クラスト軍が本当に1つの命令で動いているのか、それとも途中で何かが歪められているのかもな」

 

 第二騎士団は国境で足を止められ、第三騎士団は灰壁砦へ退く。

 

 その知らせを携えた伝令は、アドラスへ向かっていた。

 

 同じ頃、北側山脈では、ミドルンティア軍5,000が隠し軍路を進んでいる。

 

 白旗の下で言葉が交わされようとする一方、その周囲では、3つの戦線が同時に動き始めていた。

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