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灰壁の守護者~剣に恵まれなかった遊撃団長は、守護魔法で仲間を生還させる~  作者: ムネディ


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第31話 白旗の向こう

 昼を過ぎて間もなく、ライトスたちはアドラスの谷へ戻った。

 

 谷の入口で待っていた兵が人数を確かめ、すぐに奥へ合図を送る。ルイセンは一行が屋敷へ着く前に出てきた。

 

 土に汚れたルイーナの外套と手足を順に見た後、父の視線は顔へ戻る。

 

「怪我はないのか」

 

「ありません。転んでもいませんよ」

 

「そうか」

 

 短く答えたルイセンは、そこでようやく娘から目を離した。ライトスも含め、戻った者は誰も欠けていない。しかし、チョーカの懐には、出発時にはなかった重みがあった。

 

 ルイーナが何かを言う前に、ルイセンが片手を上げる。

 

「話は中で聞く。まず水を飲め」

 

「はい。それなら、お父様にも見せたいものがあります」

 

 あっけらかんと返す声に疲れはあったが、山へ入る前の明るさは消えていなかった。

 

 報告のため、ルイセンの屋敷にジルバ、ゴハール、マウク、シャルン、シャーウ、トッキーが集まった。レインとユキネも同席し、ライトスはチョーカらとともに、北側山脈の古い地図を囲んだ。

 

「軍路は実在しました。荷車がすれ違える幅があり、排水溝や石壁も築かれていました。雨の後に付いた車輪の跡と新しい切り口も確認しました。放棄された道ではありません」

 

 チョーカは地図の山裾に指を置いた。ルイーナが示した入口から、山肌を東西に横切る位置へ指先を進める。

 

「正確な先までは追っていません。戦闘を避け、昼までに戻ることを優先しました」

 

「その判断でいい」

 

 ジルバは地図に目を落としたまま答えた。

 

「道の行き先を知るために、戻れなくなっては意味がない」

 

 チョーカは布に包んだ金属片を机へ置いた。曲がった表面に、第七騎士団の紋章と小さな刻印が残っている。

 

「軍路沿いの岩の隙間で見つけました。バウタイ様の指揮棒に使われていた装飾です。遺体が回収された斜面とは場所が違います」

 

 ゴハールはルイセンから差し出された手を見ると、自分で椅子を寄せた。治療のために立ち歩きを禁じられている。それでも、人の手を借りるつもりはないらしい。

 

 金属片を手に取り、刻印と欠けた端を何度か確かめる。

 

「間違いない。バウタイのものだ」

 

 ルイセンが唯一の窓を閉め、戸の外へ家臣を下がらせた。

 

「話を続けてくれ」

 

「軍路で、第六騎士団の一隊も確認しました。旗は掲げていませんでしたが、肩当ての紋章は見誤りません。複数の荷車で穀物と鉱石、木材、道を補修する道具を東へ運んでいました」

 

 シャルンはすぐに地図へ手を伸ばさなかった。先にチョーカの言葉を紙へ書き分ける。確認した紋章、荷、進行方向。未確認の人数、目的地、命令者。

 

「第六騎士団の兵であることと、アカヤン様の命令で動いていることは、分けて考えるべきです。現時点では、後者を示すものはありません」

 

「行き先も同じだね」

 

 マウクがシャルンの紙の端へ、王都から北へ消えた物資の記録を並べた。

 

「これで、北へ消えた穀物と鉱石が、第六騎士団の兵によって運ばれているところまでは確認できました。でも、その荷が誰の所有で、どこへ届くのかはまだ分かりません」

 

 トッキーが軍路とアドラスの間に指を置いた。

 

「第六騎士団の本隊は、もう第一、第四騎士団と合流している。別の道でも兵が動いているなら、北側へも目を残す必要があるな」

 

「北側だけに兵を向けることはできません」

 

 ライトスは谷へ近づく3つの騎士団を思い浮かべた。ジルバの指揮下で、ガランとトッキーが守備を固めていたからこそ、自分は北側へ行くことができた。だが、その相手は間もなく谷の外へ着く。

 

「谷の入口と周辺の警戒は、今の配置を維持してください。北側山脈は、第一遊撃団の偵察と連絡を密にします」

 

 ジルバはシャーウに視線を移す。

 

「人数を増やして、山の奥へ入らせてはならん」

 

「承知しました。軍路へ戻るのではなく、谷側から山裾の出入りを見ます。一隊ごとの報告時刻も短くします」

 

 必要な情報だけを拾い、部下を山脈の奥へ入れない。シャーウの返答に、ジルバはうなずいた。

 

 その時、屋敷の外が騒がしくなった。

 

 間もなくシャーウの部下が戸を開け、後ろに立つクラスト兵へ場所を譲った。兵は武器を預け、白い布を結んだ短い杖を持っている。

 

「第一騎士団からの使者です」

 

 シャーウは使者の後ろで戸を閉じた。その場の人数と窓、護衛の位置を一度だけ確かめ、使者の手元へ視線を戻す。

 

 使者はレインとユキネの前で片膝をついた。

 

「第一騎士団長ルートシン様より、両殿下を名乗る方々との面談を求めます。場所は谷と我らの陣の中間。双方の同行者を制限し、面談が終わるまで攻撃を行わないことを誓います」

 

「私たちを本人とは認めていないのですね」

 

 レインの声に怒りはなかった。使者を責めても王命は変わらない。先に確かめるべきは、相手が話し合いのために何を差し出したかだった。

 

「面談中の攻撃を禁じる約定は、ルートシンの名で第四、第六騎士団にも守らせるのですか」

 

「はい。両騎士団長も応じております」

 

「王命では、どのように伝えられていますか」

 

「両殿下を名乗る偽者として、反乱側の指揮者とともに捕らえるよう命じられています。ルートシン様は、御自身の目で確かめるまで剣を向けることはできないと申しております」

 

 ユキネが一歩、姉の側へ寄った。

 

「面談へ同行する騎士団長は誰ですか」

 

「第四騎士団長シキシ様、第六騎士団長アカヤン様です」

 

 室内の視線が、机上の地図と金属片へ集まった。北側山脈で第六騎士団の一隊を見た直後に、アカヤンが現れる場へ王女たちが呼ばれている。

 

 ユキネは使者から目を離さないまま、レインに問うた。

 

「姉上、行かれるのですか」

 

「ええ。ルートシンが自分の目で確かめるというのなら、私は会います。停戦を示し、同行者も制限している。その提案まで拒むわけにはいきません」

 

「なら、私も参ります。姉上だけを行かせるつもりはありません」

 

 姉を守るという意志だけではない。ユキネは面談の間に谷の入口や護衛の配置が変わらないか、すでに考え始めていた。

 

 レインはうなずき、ユキネと短く視線を交わした後、使者へ向き直る。

 

「面談を受けます。私とユキネ、ウェルが参ります。護衛はライトス、トッキー、ガランの3名。こちらはそれ以上の兵を近づけません。面談の間、あなた方も同じ人数しか中間地点へ入れないと約束できますか」

 

「その条件をルートシン様へお伝えします」

 

 使者は深く頭を下げた。

 

 退出する前に、シャーウが兵の所属印と短い杖、武器を預けた場所を部下と確かめる。白い布を掲げた使者は、来た時と同じ道を護送され、谷を出ていった。

 

 戸が閉じると、ジルバはライトスたちを見た。

 

「面談場所の周辺は、第一遊撃団に先行確認させる。ライトス、トッキー、ガランは護衛に専念しろ。北側山脈の軍路と第六騎士団の一隊については、こちらから明かすな」

 

「分かりました」

 

 ライトスは答えた。指揮にあたるチョーカも異論を口にしない。手にした情報が少ないうちに、相手へそのすべてを知らせる理由はなかった。

 

 ※

 

 翌朝、面談へ向かう者たちが屋敷の玄関へ集まった。

 

 第一遊撃団が中間地点とその周辺を確認し、潜める場所と、騎士団の陰になる筋を書き込んだ略図が届いている。ユキネはそれを開き、ライトス、トッキー、ガランの立ち位置を確かめていた。

 

「林に近い側は、私が見ます。ライトスは姉上とウェルの間を優先してください」

 

「ユキネ様も護衛するお一人です。私たちの側を離れないでください」

 

「分かっています。ただ、私も剣を持って参ります。何かあれば、守られるだけではいません」

 

 レインは2人のやり取りを聞きながら、使者から戻った返答に目を通していた。面談地点に入るのは、ルートシン、シキシ、アカヤンの3名のみ。周囲の騎士団は射程の外で待機し、面談の間は動かないと約束されている。

 

 レインは書状を閉じた。

 

「約定した人数と位置に変更はありません。出発しましょう」

 

 ウェルは王都へ戻った時と同じ外套を身につけ、レインの後ろに立っていた。ユキネが見返った時には、いつもと変わらない顔で姉へ笑いかけている。

 

 マウクが廊下を通りかかると、ウェルは足元へ視線を落とした。

 

「マウク、これが落ちていた」

 

 差し出されたのは、小さく折られた紙だった。

 

「どこに?」

 

「そこの廊下だ。誰のものか分からない。お前なら確かめられるだろう」

 

 マウクは紙を受け取った。開こうとした時、外から出発を促す声が届く。

 

「後で確認します。落とし主が分かれば返しておきますよ」

 

「ああ。頼む」

 

 ウェルはそれだけ答え、レインたちのもとへ向かった。

 

 マウクは開きかけた紙へ目を落とす。いくつかの文字列は、学生時代に使っていた暗号に似ていた。だが、置き換え方も順序もところどころ間違っている。

 

 見覚えはあっても、その場で意味を読み取ることはできなかった。マウクは紙を再び折り、上着の内側へしまう。

 

 レイン、ユキネ、ウェルの3人が馬車へ乗る。ライトスは扉の近くに立ち、トッキーとガランが左右と後方を固めた。

 

 谷の入口が開かれ、一行は白旗の待つ中間地点へ進み始める。

 

 その背を見送りながら、マウクは上着の中の紙へ手を触れた。

 

 拾っただけだというウェルの言葉と、不完全な暗号。

 

 今はまだ、2つを結びつける理由はなかった。

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