第29話 同じ旗の下で
アドラスへ続く街道が南北から交わる地点で、第一騎士団は進軍を止めた。
ルートシンは馬上から、南側の街道に現れた旗を見つめた。先頭に掲げられているのは、第四騎士団のものだった。
第四騎士団は隊列を乱さず、第一騎士団から距離を取って停止した。間もなく、数騎の騎兵が本隊を離れ、その中央を進んでいた団長のシキシが、ルートシンの手前で馬を降りた。
「お待ちしていました」
ルートシンも馬を降りて歩み寄ると、シキシは正面から一礼した。
「南側の守りを組み直すのに時間を取られた。街道沿いの集落を空にはできん」
「領民を置いて出るわけにはいきません。それで遅れたとしても、責められることではないでしょう」
「そう言ってもらえると助かる。王命を急ぐあまり、守るべきものを失っては意味がないからな」
2人は並んで第四騎士団の隊列へ目を向けた。
第四騎士団の後方には、行軍用の荷車が並んでいた。急な出陣でありながら、周辺の集落から無理に徴発した形跡はない。駐屯地の備蓄だけで不足しないよう、荷の量と進軍速度を調整してきたのだろう。
「アドラスの状況は?」
「先行させた斥候から、まだ新しい報告は届いていません。谷の入口近くには見張りが置かれていますが、こちらへ攻撃を仕掛ける動きはないようです」
「第一遊撃団が周辺へ出ている可能性もある。見えている者だけで判断しない方がよいな」
「同感です。第五騎士団と第七騎士団までいるなら、谷の守りは固められていると考えるべきでしょう」
ルートシンは敵という言葉を使わなかった。
王命では、アドラスへ集まった者たちはレインとユキネを名乗る偽者に従う反乱勢力とされている。しかし、第五騎士団長ジルバも、第七騎士団長チョーカも、国を裏切るような人物ではない。第二、第三遊撃団まで同時に背いたという話にも、疑う余地があった。
だからといって、王命を無視することもできない。
軍人が自ら従う命令を選び始めれば、王国軍は軍として成り立たなくなる。ルートシンは命令に従ってアドラスへ来た。それでも、剣を向ける相手が本当に反逆者なのかを確かめずに攻め込むつもりはなかった。王命に従うからこそ、その対象を自分の目で確かめる必要があった。
北側の街道を見張っていた兵から、合図が上がった。
第六騎士団が近づいている。
ほどなく、北側の木々の間から別の旗が姿を現した。第六騎士団は第四騎士団よりも速い歩調で進み、先頭の兵は第一騎士団の間近まで来てようやく足を止めた。
隊列の中央からアカヤンが現れる。
「待たせたようだな」
「こちらも第四騎士団と合流したばかりです」
ルートシンが答えると、アカヤンは南側に並ぶ兵を一度見ただけで、アドラスの方角へ目を向けた。
「谷までは、あとどれほどだ?」
「明日の昼までには外縁へ入れます。ただし、今日はここで陣を整えます」
「まだ日暮れまで時間はある。このまま進めば、夜明け前には谷の入口を塞げるだろう」
「慣れない道を夜間に進めば、隊列が伸びます。相手がこちらの接近を把握している以上、分断される危険を冒す必要はありません」
「慎重だな。反乱軍に備える時間を与えることになるぞ」
「備えられて困るような戦いを始めるつもりはありません」
ルートシンが言い切ると、アカヤンの目がわずかに細くなった。
*
3つの騎士団は街道から外れた平地へ、それぞれの陣を置いた。
夕刻前、ルートシン、シキシ、アカヤンは第一騎士団の天幕に集まった。机上にはアドラス周辺の地図が広げられている。
ルートシンは谷へ続く道を指した。
「明朝、第一騎士団を先頭に進みます。ただし、谷へ踏み込む前に使者を出します。レイン殿下とユキネ殿下を名乗る方々との面会を求め、本人であるか確かめます」
「王命では偽者と定められている」
アカヤンがすぐに返した。
「その王命に従い、私はここまで来ました。ですが、本人かどうかも確かめずに王族へ剣を向けることはできません」
「偽者が王女と同じ顔をしていれば、会ったところで判断できんだろう」
「私は両殿下と面識があります。少なくとも、遠目に旗だけを見て決めるより確かです」
ルートシンの言葉に、シキシがうなずいた。
「私も本人確認と説得を優先することに異論はない。谷には領民がいる。軍同士の戦いへ巻き込むわけにはいかん」
「反乱側は、その領民を盾にするため谷へ入ったのかもしれん」
「そうだとしても、先に斬り込めば領民が犠牲になる」
シキシの声は穏やかだったが、譲る様子はなかった。
アカヤンは地図上の谷の入口を指で叩いた。
「相手は第五騎士団、第七騎士団、3つの遊撃団を集めている。使者を出している間に入口を固められれば、こちらの損害が増えるだけだ。首謀者を討ち、従っている兵を散らした方が早い」
「その首謀者が誰なのかも、まだ確かめていません」
「王命には記されている。レインとユキネを名乗る者、それを守るライトス、トッキー、ジルバ、チョーカたちだ」
同じ国の騎士団長を並べる声に、ためらいはなかった。
「捕らえるのが王命です」
ルートシンが指摘する。
「抵抗すれば討ち取ることも認められている」
「抵抗する前から討ち取る理由にはなりません。第一騎士団は使者の返答を待ちます。第四、第六騎士団にも、その間は進軍を止めていただきたい」
同格の騎士団長へ命令はしなかった。それでも、先にアドラスへ向かっていた軍の責任者として、ルートシンは方針を曲げなかった。
シキシが先に答える。
「第四騎士団は応じよう。こちらから攻撃を受けない限り、剣は抜かせない」
その言葉に迷いはなかった。王命に従って進軍しても、戦場になる前から領民を敵として扱うつもりはない。それが南側の守りを預かってきたシキシの譲れない一線だった。
アカヤンはしばらく黙っていたが、やがて椅子から立ち上がった。
「好きにすればいい。ただし、相手が使者を拒めば、次は迷うな」
返事を待たず、天幕を出ていく。
外では、第六騎士団の兵たちが武器を点検していた。明日の行軍に備えるだけなら、荷車や足具も確認するはずだった。しかし、彼らが繰り返し確かめているのは剣と槍ばかりだった。
1人の兵がアカヤンへ歩み寄る。
「団長、明日は討ち取りの許可が出るのでしょうか」
「第一騎士団長は説得を試みるそうだ」
「反逆者を前に、言葉を交わす必要があるのですか?」
「今は従っておけ。剣を使う時は、こちらから命じる」
落胆するような表情を浮かべた兵は、陣へ戻っていった。
そのやり取りを、天幕から出たルートシンとシキシが見ていた。
王命に従って反乱勢力と戦う覚悟を決めた兵なら、剣を研ぐこと自体は不自然ではない。だが、同じクラスト軍を討つ許可が下りることを待ち望む姿は、ルートシンの知る軍人のものではなかった。
日が沈む前、ルートシンは自軍の見回りを終えたシキシを呼び止めた。
「シキシ殿。第六騎士団を、どう見ましたか」
「北側から休まず進んできた割には、疲れを見せる兵が少ない。だが、聞きたいのはそこではないのだろう?」
「彼らは谷へ入る前から、戦うことだけを考えています。アカヤン殿も、本人確認を避けようとしているように見えました」
シキシは第六騎士団の陣へ視線を向けた。
「私も気になっている。昔から不満を口にする男ではあったが、守るべき領民まで切り捨てるような言い方はしなかった」
「ならば、警戒してください。明日の進軍中も、第一騎士団から斥候を出します」
「分かった。ただ、アカヤンとは長く南北の守りを預かってきた。疑わしいからといって、最初から敵として扱うことはできん」
「信じるのですか」
「違う。長く国を守ってきた男だからこそ、何が変わったのかを私が確かめる。もし道を誤っているのなら、本人の口から聞かなければならん」
ルートシンは、それ以上止めなかった。
まだ、アカヤンが国を裏切った証拠はない。第六騎士団の態度だけで、内通や陰謀を断定することもできなかった。
それでも、シキシが立ち去った後も、胸に残った不安は消えなかった。
夜が近づき、3つの陣に同じクラスト王国の旗が掲げられる。風を受けた旗は、どれも同じ方向へなびいていた。
その先には、アドラスの谷を囲む山々が黒い影となって連なっていた。
同じ旗の下に集まった3つの騎士団は、明日には谷を見下ろす場所へ着く。
だが、そこで守ろうとしているものまで同じなのか、ルートシンには分からなくなっていた。




