第21話 書き換えられた講和
第一騎士団が王都を発った翌朝、クラスト王城へ2つの報告が相次いで届いた。
1つは、ウェルがストログ王国で処刑されたという正式な通告。
もう1つは、イケメーン率いる獅子騎士団が国境へ近づいているという、北東部の監視所からの急報だった。
謁見の間で報告を受けたアーグは、玉座から身を乗り出した。握り締めた書状が、膝の上で音を立てる。
「ウェルが処刑されただと? なぜ、そのようなことになった!」
元帥ボリャークが深く頭を下げた。
「ウェル殿下には、ストログ王国の転覆を企てた疑いがかけられたとのことです。証拠となる書類も見つかったと報告されています」
「あり得ぬ。ウェルが国を奪うなど、考えるはずがない!」
怒声が石壁へ反響した。アーグにとってウェルは、他国へ謀略を仕掛けるような息子ではない。しかも、弁明を聞く機会さえ与えられぬまま、届いたのは処刑を終えた後の通告だけだった。
「私も同じ考えでございます」
クマークは沈痛な表情を作り、書状へ目を落とした。
「ですが、ストログ側は十分な確認もせず、殿下を処刑しました。獅子騎士団の接近も、我が国へ責任を押しつけるためかもしれません」
「責任を押しつけるだと? 殺されたのはクラストの王子だぞ!」
アーグは肘掛けを叩いた。すぐに兵を向け、問いただせと命じたい。その衝動を、いまのクラストが置かれた状況が押しとどめた。
国内ではレインとユキネの追討が続いている。第五騎士団と第七騎士団、3つの遊撃団まで王命から離れ、第一騎士団もすでに王都を発った。そこへストログ軍との戦まで始めれば、クラストは内外に敵を抱えることになる。
アーグは書状を睨んだまま、しばらく口を閉ざした。父としての怒りを押し殺し、王として選べる手段を探すように息を整える。
「……講和の使者を出せ。まずはウェルが処刑された経緯を確かめる。獅子騎士団にも、それ以上国境へ近づかぬよう伝えよ」
「講和の条件はいかがいたしましょう」
クマークの問いに、アーグは顔を上げた。
「戦を避けるために必要なものをまとめろ。だが、ウェルを罪人と認めるような内容にはするな。処刑に至った経緯を明らかにさせるのだ。詳しい文面は、丞相であるお前に任せる」
「承知いたしました」
クマークは恭しく頭を下げた。
息子を失った怒りを抑えたまま、アーグは次の報告書へ手を伸ばした。その視線は、退出する丞相の顔へ向かなかった。
*
丞相府へ戻ったクマークは、人払いを済ませると書記官を机の前へ立たせた。
「これより告げる条件を、そのまま書き取れ」
書記官が筆を構える。クマークは間を置かず、講和条件を読み上げた。
レインとユキネを正統な王族として扱わず、国家転覆を企てる勢力の象徴とすること。
ライトス、トッキー、ジルバ、シャーウ、チョーカを反乱側の指揮官と認め、身柄を確保した場合はクラスト王城へ引き渡すこと。
さらに、ウェルの処刑はクラスト国内の反乱勢力が偽造した書類によって引き起こされたものであり、ストログ王国は責任を負わないと認めること。
書記官の筆先が、紙の上で止まった。
「丞相閣下。これでは、ウェル殿下の処刑について、我が国が責任を引き受けることになります」
「反乱勢力の責任だ。クラスト王国が処刑を命じたとは書いていない」
「ですが、偽造を調べる前に事実と認め、ストログ側へ責任を問わないのであれば、陛下が命じられた経緯の確認にはなりません。それに、両殿下と指揮官たちの引き渡しは、ウェル殿下の件とは別のはずです」
クマークは書記官へ冷たい視線を向けた。問いを重ねる余地を残さぬ声で告げる。
「陛下は、戦を避けるために必要な条件をまとめるよう私へ一任された。ストログに責任を認めさせれば、獅子騎士団は退かぬ。国内の反乱勢力が原因だと示せば、講和の形は整う」
「しかし――」
「お前の役目は、国策を決めることではない」
書記官は息をのみ、目を伏せた。
「……申し訳ございません」
「清書しろ。余計な写しは残すな」
再び筆が動き始める。
文面だけを見れば、ストログへ一方的な譲歩を求める条件ではない。むしろウェル処刑の責任を免じ、両国の衝突を避けようとしているようにも読めた。
だが、受け入れれば、ストログは十分な審理もなくウェルを処刑した事実を曖昧にできる。その代わりに、レインとユキネを国家転覆の象徴と認め、クラストが追う者たちの身柄を差し出さねばならない。
処刑の経緯を調べているイケメーンが、受け入れるはずはなかった。
クマークは完成した書状を一字ずつ確かめ、封を施して使者へ渡した。
「獅子騎士団の野営地へ届けろ。返答を得るまで戻るな」
「はっ」
使者が部屋を出る。扉が閉じると、クマークは書記官が残した草案を取り上げ、火へ投じた。炎が文字を端から食らい、アーグの命じた講和と、いま使者が運ぶ条件との差を灰へ変えていった。
*
クラスト国境近くに築かれた獅子騎士団の野営地へ、白旗を掲げた使者が到着した。
イケメーンは副団長フクシンを同席させ、使者から封書を受け取った。クラスト王家の名で差し出された書状を開き、行を追う。
フクシンは使者の立ち位置と天幕の入口を確かめた後、卓上の地図から目を離した。国境を挟んで両軍が動いている以上、書状の一文が次の配置を左右する。平静な顔のまま、団長が読み終えるのを待った。
読み進めるほど、その表情から感情が消えていった。
「これが、クラスト国王の示した講和条件か?」
「間違いございません」
「レイン殿下とユキネ殿下を反乱者と認め、捕らえた場合は身柄を渡せ。ウェル殿下の処刑はクラスト国内の陰謀が原因であり、ストログには責任がないと認める……そう書いてあるな」
「はい」
イケメーンは書状を卓上へ置いた。声を荒らげることなく、使者をまっすぐ見据える。
「受け入れられん」
使者の顔が強張った。
「では、講和を拒絶されるのですか?」
「この書状を拒絶すると言っている。ウェル殿下はストログ国内で拘束され、処刑された。我々には、誰が何を根拠に裁きを進めたのか調べる責任がある。その責任まで消して講和を結ぶつもりはない」
イケメーンは、さらに書状の一節を指で押さえた。
「それに、なぜ両国の講和条件へ、レイン殿下とユキネ殿下の引き渡しが入る? 両殿下はクラストへ帰国したはずだ。所在を知るのも、身柄を求めているのもクラスト側だろう。ウェル殿下の処刑とは別の問題だ」
「私は、書状を届けるよう命じられただけです」
「ならば、この返答もそのまま持ち帰れ。獅子騎士団は国境を越えない。だが、調査をやめることもない。クラスト王へ、そう伝えてくれ」
使者は返された書状を受け取り、深く頭を下げて天幕を出た。
返答は拒絶でも、国境を越えないという一線は明確に示した。ここで兵を進めれば、書状を作った者の思惑どおり、調査のための出陣がクラスト侵攻へすり替えられてしまう。
足音が遠ざかるのを待ってから、フクシンが口を開く。
「講和を望む者が出す条件には見えません。こちらが拒めば、獅子騎士団には退く意思がないとクラスト側へ示せます」
「ああ。譲歩に見せかけて、拒ませるために書かれている」
イケメーンは王都から届いた密偵の報告を思い返した。
護衛兵の遺体は処分された一方で、ウェルの遺体だけが消えた。正確な処刑報告は、国王ナーカマへ届いていなかった。そして今度は、調査と停戦を両立させるどころか、無関係な引き渡しを加えた講和条件がクラストから届いた。
「クラスト全体が敵とは限らん。処刑の報告がナーカマ陛下へ届かなかったように、誰かがクラスト王の言葉も途中で変えている可能性がある」
「使者を追わせますか?」
「監視だけでいい。手を出せば、戦を望んでいる者へ理由を与える。使者が戻る道筋を見届けさせろ。それとは別に斥候をクラスト側へ回し、この書状がどこで作られ、誰の手を経たのか調べる」
「承知しました。国境の部隊にも、越境も挑発への応戦もするなと改めて伝えます」
「頼む」
フクシンが天幕を出ると、イケメーンは卓上に残る封の跡を見つめた。
国境の両側で、王の命令が本来の形を失っている。
戦を始めようとしているのは、クラストでもストログでもない。
だが、その正体が見えないまま、両国の軍だけが向かい合おうとしていた。




