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灰壁の守護者~剣に恵まれなかった遊撃団長は、守護魔法で仲間を生還させる~  作者: ムネディ


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第19話 王命と死刑宣告

 クラスト王城の謁見の間に、第一騎士団長ルートシンが呼び出されていた。

 

 玉座には国王アーグが座り、その傍らに元帥ボリャークと丞相クマークが立っている。室内にほかの騎士団長や重臣の姿はなかった。

 

 ルートシンは片膝をつき、王命を待った。

 

「レインとユキネが、第二・第三遊撃団を従えて反乱を起こした」

 

 アーグの声が、静まり返った謁見の間に響く。

 

 ルートシンはわずかに顔を上げた。

 

「両殿下が、反乱を?」

 

「偽物である可能性もある。第五騎士団と第七騎士団まで加わり、アドラスの谷へ逃げ込んだ。すでに討伐へ向かわせた第二騎士団も退けられている」

 

 クマークが用意していた書状を差し出す。近衛兵から命令書を受け取ったルートシンは、記された内容へ目を通した。

 

 レインとユキネを名乗る者たちが、第二・第三遊撃団を使って国家転覆を企てたこと。第五騎士団が王命に背き、第七騎士団も合流したこと。そして、その全軍がアドラスの谷へ集結していること。

 

 しかし、その根拠として記されているのは、各部隊が拘束命令に従わず、王都から離れたという事実だけだった。両殿下が偽物だと断定できる証拠も、国家転覆を企てたと分かる行動も示されていない。

 

 第一騎士団を動かす以上、兵の行動を明確にしなければならない。曖昧な命令は流血を生む。

 

「陛下。レイン殿下とユキネ殿下が偽物であるという証拠を、確認させていただけますか」

 

 アーグの眉が動く。

 

「余の命令では足りぬというのか」

 

「王命を疑っているのではありません。両殿下を確実にお連れするため、相手が何者なのか把握しておきたいのです。偽物と反乱者では、兵へ徹底させる対応も変わります」

 

 ルートシンが静かに答えると、アーグは不満そうに息を吐いた。

 

 代わってボリャークが口を開く。

 

「第二騎士団は投降を求めたが、第五騎士団に進路を阻まれた。その後、第七騎士団が背後へ回り込んだため、チカライは兵を退かせている。王命へ従う意思がないことは明白だ」

 

「戦闘は起きたのですか」

 

「大規模な交戦には至っていない」

 

「第五騎士団と第七騎士団は、第二騎士団を追撃しましたか」

 

「そのような報告はない」

 

 兵力を集めながら、追撃も決戦も選ばなかった。反乱軍と断じるには、あまりに行動が噛み合わない。

 

「ならば、まだ説得できる可能性があります」

 

 ルートシンは命令書を閉じた。

 

「第一騎士団はアドラスの谷へ向かい、全軍へ武装解除を求めます。ただし、谷へ攻め込む前に使者を出し、両殿下の本人確認と投降勧告を行います。レイン殿下とユキネ殿下は、可能な限り傷つけずに王城へお連れします」

 

 アーグは肘掛けを指で叩いた。

 

「捕縛できるなら、それでよい。ただし、抵抗するなら討ち取れ。第一騎士団長として反乱を鎮めよ」

 

 短い沈黙が落ちた。抵抗の有無を決めるのは、現地で向き合う第一騎士団だ。ならば、最初の一矢をこちらから放たせるつもりはなかった。

 

 ルートシンは深く頭を下げる。

 

「王命、承りました」

 

*

 

 謁見を終えたルートシンが第一騎士団の詰所へ戻ると、第三騎士団長ミカが待っていた。

 

 周囲の兵が離れたことを確かめ、ミカが歩み寄る。いつもの親しさを前へ出す顔ではない。第三騎士団長として、すでに何が起きているかを測ろうとしていた。

 

「アドラスへ出るという話は本当?」

 

「ああ。第一騎士団に出陣命令が下った」

 

「レイン殿下とユキネ殿下を討つために?」

 

「まずは捕縛する。抵抗された場合は討ち取れとの命令だ」

 

 ミカは険しい顔でルートシンを見た。

 

「おかしいと思わないの? 第二騎士団が動いた直後に、第五と第七まで反乱へ加わったことになっている。そんな大規模な計画なら、王都で何の兆候も見つからないはずがない。それに、第二騎士団は退いたのに追撃されていないのでしょう?」

 

「俺も疑問はある」

 

「なら、出陣を待って。私からも陛下へ確認する。命令がどの報告を根拠に出され、誰を通って各騎士団へ届いたのか、第三騎士団の側から追う」

 

 心配だから引き留めているのではない。命令の筋道を調べ、反証できる材料を得ようとしている。その判断は、ルートシンにも必要だった。

 

 それでも、首を縦には振れない。

 

「王命が下った以上、第一騎士団長の俺が出陣を拒むことはできない」

 

「偽りの情報から出た王命でも?」

 

「それを軍人が自分の判断だけで選別し始めれば、国の命令系統は崩れる。俺は王命に従って現地へ行く。そのうえで真偽を確かめ、戦わずに済む道があるなら選ぶ」

 

 迷いがないわけではない。

 

 ライトスとトッキーが、王女を利用して国を奪おうとする人物には思えなかった。ジルバとチョーカまで同時に王命へ背いたという話にも、拭えない違和感がある。国を支える騎士団長たちが、示し合わせたように王家へ弓を引く理由が見えない。

 

 だが、王命を無視して王都に留まれば、第一騎士団まで命令系統から外れる。疑念があるからこそ、自分が現地へ行き、兵を抑えなければならない。

 

「戦うしかなくなったら?」

 

「先に本人確認と投降を求める。第一騎士団から攻撃はさせない。だが、拒絶され、向こうから剣を向けられれば任務を果たす」

 

 ミカはルートシンの答えを量るように見つめた。やがて、小さく息を吐く。

 

「……分かった。あなたが行くなら、少なくとも話を聞かずに斬りかかることはない。でも、私は王城を調べる。おかしな命令なら、その根拠と流れを見つける」

 

「頼む。だが、無理に証拠をつかもうとして自分まで拘束されるな。確かめた事実だけを残してくれ」

 

「あなたこそ、王命という言葉だけで全部を背負わないで」

 

 短くうなずくと、ルートシンは整列を始めた兵たちの前へ出た。疑念を兵へ広げれば、出陣前から指揮が乱れる。団長が示すべきなのは迷いではなく、現地で守らせる規律だった。

 

「第一騎士団、出陣準備! 目的地はアドラスの谷だ! 各隊長は兵数と装備を確認し、食料、治療物資、伝令手段を整えろ! 先行隊は進路を調べる。ただし、アドラス側を発見しても交戦するな。報告を優先し、必ず本隊へ戻れ!」

 

 復唱が響き、兵たちが一斉に動き始める。

 

 ルートシンは副団長を呼び止めた。

 

「準備が済んだ隊から勝手に出すな。全隊の確認後、俺の命令で出陣する。今回の目的は討ち合うことではない。命令を全員へ徹底しろ」

 

「承知しました!」

 

 兵の動きが役割ごとに分かれていく。ルートシンはその全体を見届けてから、もう一度だけ王城を振り返った。

 

*

 

 王城地下の牢では、マウクが兵に連れ出されていた。

 

 行き先を告げられないまま石段を上がり、窓のない廊下を進む。外の時刻も、王城で何が起きているのかも分からない。だが、普段の取り調べとは護衛の人数も進む方角も違っていた。

 

 向かった先は裁判の間だったが、傍聴人も証人もいない。罪状を読み上げる役人と、ボリャーク、クマークだけが待っていた。反論を聞いて事実を確かめるための席ではなく、すでに決めた結論を告げるための場だった。

 

「内政官マウク。王族を害し、国家転覆を企てた者たちへ情報を流した罪により、死刑とする」

 

 マウクは罪状書を見つめた。誰へ、いつ、どの手段で情報を渡したのか。罪を立証するための肝心な部分が抜け落ちている。

 

「私が誰へ、どの情報を流したのですか」

 

「すでに証拠は確認されている」

 

 ボリャークの答えに、マウクは視線を上げた。

 

「確認する機会を、被告には与えない裁判なのですね。証人もおらず、証拠の提示もない。私の返答が記録されている様子もありません」

 

「お前にはウェル王子を単独でストログへ向かわせ、その混乱に乗じてレイン殿下とユキネ殿下を動かした疑いがある」

 

 クマークの言葉で、マウクの中にあった疑いが一つの形を取った。

 

 自分をウェルから引き離し、同行中止の手続きを事前に整えた者。その後に起きる事態を知りながら、手紙や通信を妨げようとした者。そして今、その同行中止をマウク自身の企てへ置き換えようとしている者。

 

 少なくとも、目の前の2人は無関係ではない。

 

「私は国王陛下の命令によって同行を外されました。その命令を、私がウェル殿下を単独で向かわせた証拠に変えるのですか」

 

 ボリャークの顔がわずかに強張る。

 

「判決は下された。お前の弁明を聞く場ではない」

 

 反論ではなく、打ち切りを選んだ。マウクはそれ以上同じ問いを重ねず、2人の反応を記憶に留めた。

 

「処刑日は5日後の日の出とする」

 

 ボリャークが告げた。

 

「申し開きは、それまでに書面で提出しろ」

 

「提出した書面が国王陛下まで届く保証はありますか」

 

 クマークの目がわずかに細められた。

 

「死刑囚が心配することではない」

 

 兵がマウクの両腕をつかむ。

 

 牢へ戻される直前、マウクは2人を振り返った。

 

「私を急いで処刑しなければならないほど、予定どおりに進んでいないのですね」

 

 ボリャークは答えなかった。

 

 クマークも表情を変えない。

 

 否定すれば済む問いに、どちらも言葉を返さなかった。その沈黙だけで十分だった。

 

 牢へ戻されたマウクは、冷たい壁へ背を預けた。

 

 外で誰が動き、どの部隊がどこにいるのかは分からない。自分の手紙が届いたかどうかも、ウェルが無事にストログへ着いたかどうかも確認できない。レインとユキネの名が罪状に使われた理由さえ、今の自分には推測の域を出なかった。

 

 確かなのは、同行中止の命令を出した側が、その事実をマウクの罪へすり替えようとしていること。そして、正式な手続きを整える余裕もなく、5日後の処刑を急いでいることだ。

 

 それでも、処刑まで5日ある。

 

 申し開きがアーグへ届く保証はない。ならば、書面に何を記し、誰が目にしても矛盾へ気づける形にするかを考える必要がある。届かなかった場合も、それ自体が誰かにとって不都合な記録になる。

 

 マウクは目を閉じ、裁判の間で得た言葉と沈黙を、限られた情報の中でもう一度組み直し始めた。

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