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灰壁の守護者~剣に恵まれなかった遊撃団長は、守護魔法で仲間を生還させる~  作者: ムネディ


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第17話 王の密命

 獅子騎士団はクラスト国境へ向けて進んでいた。

 

 先頭を行く騎兵の後ろには、歩兵、魔法兵、治療隊、荷駄隊が続く。行軍速度を保ちながらも隊列に乱れはなく、斥候から戻る兵だけが列の外を駆けていた。

 

 イケメーンは馬上から国境の方角を見据えた。

 

 ウェルの処刑がクラストへ伝われば、報復を招く可能性がある。だからこそ獅子騎士団には、国境を守り、独断で戦端を開こうとする部隊を止める役目が与えられた。

 

 その命令に異論はない。国境で衝突が起きれば、真相を調べる前に両国の兵と民が血を流すことになる。

 

 だが、軍議で示された報告には欠けているものが多すぎた。

 

 ウェルは何を話したのか。

 

 誰が取り調べ、誰が処刑を決めたのか。

 

 なぜナーカマへの報告より先に刑が執行されたのか。

 

 そして、マウクはなぜ同行しなかったのか。

 

 どれも明らかになっていない。ウェルが国家転覆を企てたという結論だけが先にあり、そこへ至る道筋が抜け落ちている。

 

 親交があったから無実だと言うつもりはない。だが、友人だからこそ知っていることもある。マウクが理由もなくウェルを1人で送り出すはずがなく、ウェルが護衛兵50人でストログの王権を奪おうとするとも考えにくかった。

 

「団長、王城からの使者です」

 

 フクシンの声で思考を止めたイケメーンは、後方から近づいてくる騎兵を振り返った。

 

 使者は獅子騎士団の旗の前で馬を降りると、片膝をついた。

 

「ナーカマ陛下より、イケメーン団長へ。人払いのうえでお渡しするよう命じられております」

 

「分かった。フクシン、ここは任せる。行軍を止めるな」

 

「承知しました」

 

 イケメーンは使者を伴い、隊列を見渡せる街道脇へ移った。密命のために全軍の足を止めれば、それ自体が周囲へ異変を知らせることになる。

 

 使者は周囲に人がいないことを確かめ、王家の封印を施された小さな書状を差し出した。

 

 封印に不審がないことを確認してから、イケメーンは封を切る。

 

 ウェルの入国、拘束、処刑について、国王であるナーカマへ正確な報告が届いていなかったこと。

 

 軍議で示された報告だけでは、処刑に至る経緯を確認できないこと。

 

 表向きの任務は国境防備のままとし、信頼できる者だけを使ってウェルの処刑と軍部の動きを調べてほしいこと。

 

 短い文面だった。だが、最後にはナーカマ自身の言葉が添えられていた。

 

 ――私は、人を信じることと、確認を怠ることを同じにしていたのかもしれません。

 

 イケメーンは、その一文を読み返した。

 

 ナーカマは若い。部下は民と国のために働くものだと信じ、その信頼を王としての基礎にしてきた。だが今は、自分のもとへ届かなかった報告と、確かめられないまま失われた命を前に、その信頼の置き方を問い直している。

 

 誰かを名指しして罪を押しつけるのではなく、自らの見落としを認めたうえで調査を命じた。それは、疑うことを覚えただけではない。王として、届く情報と下した判断に責任を負うという意思だった。

 

 軍議の場で公然と再調査を命じれば、報告を遮った者にも動きを知られる。国境へ向かう自分へ密かに託したのは、軍の警戒を保ちながら王城の外から事実を拾うためだ。ナーカマは、疑念を抱いただけで終わらせず、すでに次の手を選んでいた。

 

 イケメーンは書状を閉じ、使者へ向き直る。

 

「陛下へお伝えしろ。命令、確かに承った。国境を守りながら事実を確かめ、確認できたことだけを陛下へ報告するとな」

 

「はっ」

 

「帰路も人目を避けろ。この書状を運んだことは、誰にも話すな」

 

 使者が一礼して馬へ戻る。その背を見送ったイケメーンは、隊列へ合流した。

 

「フクシン、次の休息で私の天幕へ来い。それと、長く情報任務に就いている者を1人呼べ。口が堅く、王都の裏道に詳しい者だ。選ぶ理由はほかの者へ説明しなくていい」

 

「ただちに手配します」

 

 *

 

 行軍中の休息に入ると、イケメーンはフクシンと老練な間者だけを天幕へ入れた。

 

 机に広げた地図には、進軍経路と国境周辺の村が記されている。イケメーンは王都から国境までの道を指でたどった後、間者を見た。

 

「お前はここから王都へ戻れ。ウェル殿と護衛兵の処刑後、遺体がどこへ運ばれたのかを調べろ。軍や役人へ正面から聞くな。処分に使われた荷車、運搬を担当した者、記録の残らない裏口を追え」

 

 間者は、命令の意図を問い返さず静かにうなずいた。

 

「調査結果は団長へ直接届ければよろしいですか」

 

「途中の連絡役を使え。ただし、1人にすべてを知らせるな。確認した事実を分けて送れ。誰が怪しいという推測は要らん。王城へ報告するのは私からだ」

 

「承知しました」

 

「危険を感じたら調査を打ち切れ。情報のために命を捨てる必要はない。戻れない時は、手に入れた事実だけを残せ」

 

 間者は一礼し、天幕を出ていった。

 

 その足音が遠ざかってから、フクシンが声を落とす。

 

「陛下は、軍議で報告した者を疑っておられるのですか」

 

「違う。疑っているのは、事実が陛下のもとへ届くまでの経路だ。報告した者を先に敵と決めれば、こちらの見方まで歪む。今は誰も敵と決めるな」

 

「では、我々の任務は国境防備のままですね」

 

「ああ。密命があるからといって、表の任務を軽く扱う理由にはならん。クラスト軍が攻めてくれば止める。だが、こちらから国境を越えるな。挑発を受けても、団長命令なしに武器を向けることは許さん。全隊へもう一度徹底しろ」

 

「承知しました」

 

 フクシンが天幕を出ると、イケメーンは地図へ目を落とした。

 

 国境を守ることと、王城の異常を調べること。そのどちらか一方を理由に、もう一方を疎かにはできない。獅子騎士団を預かる者として、両方を果たす必要があった。

 

 イケメーン自身には王都へ戻って調べたい思いもある。だが、団長が命令を離れて動けば、国境の抑えを失ううえに調査の存在まで露見する。自分にしかできないことではなく、自分が今やるべきことを選ぶ。それが、預かった軍を守るということだった。

 

 *

 

 数日後。

 

 獅子騎士団がクラスト国境へ近づく中、間者から最初の報告が届いた。

 

 届けられた紙には、確認できた事実だけが短く並んでいる。

 

 護衛兵50人の遺体は、処刑後にまとめて運び出され、すでに処分されていた。

 

 だが、その中にウェルの遺体はなかった。

 

 処刑場から運び出された記録はある。ところが、運搬先の記録だけが抜け落ちている。

 

 さらに、処刑を決めた経緯とウェルの供述について、ナーカマへ送られた正式な報告は確認できなかった。

 

 イケメーンは報告書を机へ置かず、手にしたまま読み返した。

 

 ウェルは確かに処刑された。刑場から運び出されたことも記録にある。そこまでは護衛兵たちと同じだ。違うのは、その後だけだった。

 

「護衛兵の遺体は処分し、ウェル殿だけを別へ運んだ……」

 

 向かいに立つフクシンが眉を寄せる。

 

「身分のある王族だから、別に埋葬するつもりだったのでは?」

 

「それなら記録を消す必要はない。王族として埋葬するなら、場所も手続きも残る。クラストへ返還するなら、なおさら正式な記録が要る」

 

「誰かが遺体を持ち去ったと?」

 

「まだ断定はできん。持ち去られたのか、命令によって別の場所へ運ばれたのかも分からない。ただ、処刑して終わりではなかったことだけは確かだ」

 

 イケメーンは報告書を畳み、封筒へ戻した。疑いを事実のように扱えば、軍議で感じた異常と同じ過ちを犯すことになる。

 

「この内容は陛下へ直接届けろ。写しは残すな。途中で奪われる危険があれば、報告書を守ることより処分を優先しろ」

 

「はっ」

 

「それから斥候を増やせ。クラスト軍だけではなく、国境を出入りする正体不明の者も調べる。見つけても独断で捕らえるな。誰と接触し、どこへ向かうかを追え」

 

「国境の警戒配置は維持しますか」

 

「崩すな。調査に兵を割きすぎれば、その隙が両国の衝突を招く。国境防備を優先したうえで動かせ」

 

 フクシンは命令を復唱し、天幕を出ていった。

 

 1人になったイケメーンは、天幕の外へ視線を向けた。その先にはクラストとの国境がある。

 

 ウェルの遺体は消えた。

 

 マウクは同行しなかった。

 

 そしてナーカマのもとには、入国から処刑までの正確な報告が届いていない。

 

 別々に見えた異常が、1本の線でつながり始めている。だが、その線の先に誰がいるのかは、まだ見えない。

 

 誰かが両国を戦わせようとしている。

 

 その疑いは、もはや捨てられなかった。

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