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灰壁の守護者~剣に恵まれなかった遊撃団長は、守護魔法で仲間を生還させる~  作者: ムネディ


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第16話 第七の鬨

 第七騎士団長チョーカの机には、開かれた手紙が置かれていた。

 

 差出人はマウク。

 

 王都への同行を取りやめること。必要な手続きは事前に整えてあること。そして今後、不自然な命令や軍の動きがあれば警戒せよ――書かれているのは、それだけだった。

 

 行き先も、取るべき行動も記されていない。受け取った側に判断を委ねる、簡潔すぎる警告だった。

 

「らしいと言えば、らしいな」

 

 チョーカは手紙を畳み、机の端へ置いた。

 

 マウクとは士官学校時代からの付き合いだ。その男が意味のない警告を寄越すはずがない。かといって、警告だけを根拠に兵を動かせば、今度は自分が混乱を広げる側になる。

 

 必要なのは憶測ではなく、判断に足る事実だった。

 

 チョーカは騎士団長として、3,000の命を預かっている。古い友人からの警告だからといって、それだけで行き先を決めることはできない。だが、危険の兆しを見過ごして命令を待つだけなら、団長がいる意味もなかった。

 

「団長、調査の報告が揃いました」

 

 入室した副官が、数枚の帳面を机に置いた。

 

 チョーカは椅子に腰を下ろしたまま、上から順に目を通す。書かれている内容を追うにつれ、表情からわずかな緩みが消えていった。

 

「穀物の流れは?」

 

「通常の納入先から外され、王都周辺の軍用倉庫へ集められています。鉱山から出た荷も同様です」

 

「命令書は?」

 

「複数の部隊に、目的のはっきりしない待機と移動命令が出ています。発令元は王城ですが、内容に統一性がありません」

 

 チョーカは報告を脇へ避け、地図を広げた。

 

 物資だけが先に集められ、兵への命令は曖昧なまま。それでいて、王都へ近づく道には軍の動きが重なっている。偶然で片づけるには、偏りが大きすぎた。

 

「王都へ真っすぐ行けば、向こうの用意した場所に入ることになるな」

 

「では、動かれますか?」

 

「ああ。ただし、敵が誰かは決めつけるな。王城から出た命令だからといって、王命そのものが偽りとは限らん。逆に、確かめる前に首を差し出す気もない」

 

 副官が黙ってうなずく。チョーカは王都周辺から視線を外し、地図の一点に指を置いた。

 

 アドラス渓谷。

 

 守りやすく、複数の退路を選べる土地だ。領主ルイセンは旧知の間柄であり、年長者として敬意を払う相手でもある。王都へ近づかずに状況を見定めるなら、候補はここだった。

 

「先行使者を出せ。ルイセン殿へ事情を伝え、第七騎士団を受け入れていただけるか確認しろ。それから、王女殿下の一行を迎えることになる可能性も伝え、必要な物資の準備を頼め。ただし、話を広げるな」

 

「はっ」

 

「全隊に出動準備。食料は各隊で分散して持て。荷駄を1か所に固めるな。斥候は進路の先だけでなく、王都側にも出せ。王都へ向かう街道は避ける」

 

 命令を書き留めた副官が顔を上げた。

 

「目的地はアドラスですか?」

 

「現時点ではな。行き先に縛られて、変化を見落とすな。状況が変われば途中で進路も変える。各隊へそう伝えろ」

 

「承知しました」

 

 副官が退出すると、チョーカは畳んだ手紙をもう一度見た。

 

 勝つために兵を使い潰さない。退くべき時には退き、攻めるべき時だけ攻める。第七騎士団が多くの兵を生還させてきた理由であり、チョーカの戦が「負けない戦」と呼ばれる理由でもあった。

 

 今はまだ、敵の姿さえ見えていない。だからこそ、見えないものに隊の命を預けるわけにはいかなかった。

 

 準備を終えた各隊から、順に報告が入る。チョーカは出発時刻を揃えることより、途中で崩れない編成を優先した。先行する斥候、分散した荷駄、それを守る兵。何かが起きた時に、1つの命令で全隊が立ち往生しない形を整えてから、最後に自ら馬へ乗った。

 

 *

 

 第七騎士団3,000は、騒ぎを起こさず駐屯地を離れた。

 

 行軍には数日を要した。チョーカは部隊を急がせすぎず、かといって一か所に長く留めることもしなかった。荷駄は分け、斥候から報告が届くたびに先頭と後方の動きを調整する。

 

 兵には理由の分からない進路変更もあったが、命令に乱れは出なかった。出発前に、状況次第で行き先を変えると各隊へ伝えてある。先を断定しなかったことが、かえって行軍を揺らがせずにいた。

 

 街道を行き交う商人や、王都方面から離れてきた避難民の話も集めさせた。誰かの推測は除き、いつ、どこで、どの旗を見たのか。それだけを拾い上げていく。

 

 王女の旗を守る複数の部隊。

 

 その中にある第五騎士団の旗。

 

 後を追う第二騎士団。

 

 別々の場所から届いた報告が重なるにつれ、断片は1つの形になっていった。

 

「団長!」

 

 馬を飛ばして戻った斥候が、荒い息を整えながら馬を寄せた。

 

「前方に王女殿下の旗を確認。第五騎士団と複数の遊撃団が同行しています。後方から第二騎士団が接近中です」

 

「両軍の距離は?」

 

「このまま進めば、遠からず接触します」

 

「第二は戦闘隊形か」

 

「まだ交戦には入っていません。ただ、追いつけば衝突は避けられないかと」

 

 チョーカは馬上から周囲の地形を見回した。正面から王女の一行へ合流しようとすれば間に合わない。だが、第二騎士団の後方へ回り込める脇道がある。

 

 敵味方が確定していない以上、先に剣を抜くべきではない。必要なのは、第二騎士団に前進した先の不利を理解させることだ。

 

 退路まで塞げば、相手は戦うしかなくなる。だが、道を残したまま後方に立てば、前進と後退の損得は誰の目にも明らかになる。チカライが兵を守る団長であるなら、選ぶ道は限られるはずだった。

 

「先頭隊は脇道へ入れ。残りは間隔を空けて続け。急いでも隊列は崩すな。それと、旗を隠すな」

 

「攻撃しますか?」

 

「しない。剣も抜くな。俺たちが来たことと、どちらへ進めば挟まれるか。それだけ教えてやればいい」

 

「はっ!」

 

 命令が各隊へ走った。

 

 第七騎士団は地形に沿って進路を変え、第二騎士団の後方へ姿を現した。先頭の旗が風を受け、続いて現れた隊列が第七騎士団3,000の存在を示していく。

 

 前方には王女を守る部隊。後方には新たな騎士団。

 

 だが、第七騎士団の兵は武器を構えていない。追い立てるための速度でもなかった。

 

 第二騎士団長チカライは前後の軍勢を見比べ、奥歯を噛んだ。

 

「第七騎士団……なぜここにいる」

 

「団長、ご命令を!」

 

 チカライはすぐには答えなかった。

 

 このまま前へ進めば挟撃を受ける。かといって後方の第七騎士団は、退路を断つほど近づいてはいない。攻撃の意志があるなら、姿を見せた時点で襲いかかっているはずだ。

 

 これは退く余地を残した警告だった。

 

 敵前でためらい続けることこそ、隊列を危うくする。意図を読み取ったチカライは、前方から目を離さずに命じた。

 

「全隊、後退。隊列を崩すな。追撃に備えながら距離を取れ」

 

「しかし、王女殿下の軍勢が――」

 

「ここで戦えば同士討ちになる。第七騎士団の意図を確認するまで交戦はしない。下がれ!」

 

 命令が伝わり、第二騎士団は秩序を保ったまま後退を始めた。

 

 チョーカは追撃を命じなかった。ここで背を突けば、警告は攻撃に変わり、退路を残した意味も消える。

 

 周囲の兵にも、前へ出ようとする動きはない。剣を抜かずに立つという命令が、戦場全体へ伝わっていた。力を見せることと、力を振るうことは違う。チョーカが示したかったのは、その違いだった。

 

「団長、鬨の声を?」

 

「ああ。攻めるためじゃない。俺たちの意思を伝えるためだ」

 

 第二騎士団との距離が開くのを待ち、チョーカは腕を上げた。

 

「第七騎士団――声を上げろ!」

 

 3,000の鬨が大地を震わせた。

 

 それは退く第二騎士団を追い立てる声ではない。王女を守る軍勢へ、第七騎士団の到着と加勢の意志を告げる声だった。

 

 やがてチョーカは先頭へ馬を進め、第五騎士団の旗の前で止まった。

 

 出迎えたジルバが、厳しい顔のまま問う。

 

「チョーカ。王命を受けて来たのか?」

 

「違う。マウクの警告を受けて調べ、俺が集めた情報で判断した」

 

「それで3,000を動かしたのか」

 

「ああ。兵を動かさずに後悔するよりはましだ。それに、さっきは誰も斬らずに済んだ」

 

 ジルバは遠ざかっていく第二騎士団を見た。敵意を隠している顔ではない。それでも、声にはまだ緊張が残っていた。

 

「助かった」

 

「礼はまだ早い。何が起きているのか、最初から聞かせろ。俺たちは推測で来た。ここから先まで推測で動く気はない」

 

「ああ。話すべきことは多い」

 

 チョーカは王女の旗と、その周囲に並ぶ騎士団や遊撃団の旗を見渡した。

 

 そこへ第七の旗が加わる。

 

 剣を交えることなく、戦場の均衡は変わっていた。

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