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灰壁の守護者~剣に恵まれなかった遊撃団長は、守護魔法で仲間を生還させる~  作者: ムネディ


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第14話 残された3つの酒

 ストログ王城で開かれた軍議には、国王ナーカマをはじめ、丞相ウラーギ、獅子騎士団長イケメーン、各地の軍を預かる将たちが集められていた。

 

 議題を知らされないまま呼び集められた者も多い。円卓を囲む将たちが互いの顔をうかがう中、ウラーギが一通の報告書を机へ置いた。

 

「クラスト王国のウェル王子が、護衛兵50人とともに我が国へ入った直後、国家転覆を企てた容疑で拘束されました。国内の協力者へ宛てた計画書には、王子本人の署名が確認されています」

 

 軍議の間に低いざわめきが広がった。

 

 ナーカマは報告書へ目を落とした。ウェルの名も、入国の日時も、今初めて知らされたものだった。

 

「ウェル殿が到着したという報告を、私は受けていません。入国の確認は、王城へ届くことになっていたはずです」

 

「国境施設の内部で容疑が発覚したため、現地の責任者が調査を優先したのでしょう。王城への報告が後回しになったものと思われます」

 

 ウラーギは推測を、確定した事実のように述べた。

 

 軍議に参加していた騎士団長の1人が眉を寄せる。

 

「正式な客人として来た王子だ。疑わしい書類が見つかったとしても、陛下へ報告し、王城で調べるべきではなかったか」

 

「国家転覆への関与が疑われる者を、王城へ近づける方が危険です」

 

「王子と護衛兵50人だけで、この国の王権を倒せるとは思えん。国内に協力者がいるというなら、なおさら王子を生かしたまま、その名と計画を聞き出すべきだろう」

 

 別の将が口を挟んだ。

 

「協力者の存在が事実なら、兵数だけで危険性を判断することはできない。国境と王都の警備を増やし、軍内部にも不審な動きがないか確かめる必要がある」

 

「警備強化には賛成する。だが、証拠を精査せずにクラストを敵国と決めつければ、こちらから戦争を招くことになる」

 

 慎重論を口にした老将へ、数人がうなずいた。

 

 ナーカマは報告書を机へ戻した。

 

「議論の前に、本人から事情を聞きます。ウェル殿は、今どこにいるのですか」

 

 短い沈黙が落ちた。

 

 ウラーギは表情を変えずに答えた。

 

「すでに刑が執行されています。護衛兵50人も同様です」

 

 椅子が激しい音を立てた。

 

 立ち上がったイケメーンが、円卓の向こうにいるウラーギを見据える。怒鳴りつけたい衝動をのみ込み、低い声で問い返した。

 

「処刑しただと?」

 

「国家転覆罪です。署名された計画書に加え、武装した兵を率いて入国した事実もあります」

 

「護衛兵の同行は両国で認められていた。人数も装備も事前に通知されている。それを、入国した途端に武装した反乱兵として扱ったのか」

 

 イケメーンの声は大きくない。それでも、軍議の間から私語が消えた。

 

「イケメーン団長。ウェル王子と親交があったからといって、証拠を否定することはできません」

 

「私は証拠を否定しているのではない。誰が書類を調べ、誰がウェル殿の証言を聞き、誰の権限で刑を決めたのかと聞いている。なぜ陛下への報告より先に、王族と正式な護衛50人を処刑できた?」

 

 ウラーギはすぐには答えなかった。

 

 老将も報告書へ目を向ける。

 

「処刑してしまえば、署名の経緯も国内の協力者も本人から聞き出せん。国家転覆を防ぐための判断としても早すぎる。尋問の記録はあるのか」

 

「現地から届いた報告は、ここにあるものがすべてです。判断が遅れれば、協力者が動いた可能性があります」

 

「ならば、その協力者は見つかったのか?」

 

「現在、調査中です」

 

 答えになっていない。

 

 署名された計画書がありながら、命令を受けた者も、兵を集めた者も見つかっていない。中心人物とされたウェルは、王城へ報告される前に口を封じられている。

 

 軍議の空気が変わった。

 

 イケメーンは両手を机へ置いた。拳を握ったまま追及を続ければ、個人的な怒りだと退けられる。指揮官として、確認できる事実を1つずつ並べる必要があった。

 

「ウェル殿には、クラストの内政官マウクが同行する予定だった。入国者の中に、マウクの名はあるか」

 

「ありません」

 

「途中で別行動を取った記録は?」

 

「それもありません。クラストを出発した時点で、同行していなかったようです」

 

 イケメーンは目を細めた。

 

 マウクが理由もなくウェルを1人で送り出すとは思えない。国の異なる親友だからこそ、互いが背負う役目も仕事の進め方も知っている。同行を外されたのなら、その変更自体に事情がある。

 

「マウクが来ていない。ウェル殿は到着直後に拘束され、陛下にも軍議にも知らされないまま処刑された。尋問の記録も、国内の協力者も示されていない。それで正常な手続きだったと信じろというのか」

 

 国境防備を担当する将が、重い声で告げた。

 

「処刑がクラストへ伝われば、報復の可能性がある。真相の確認とは別に、国境へ部隊を送る必要はあるだろう」

 

「だが、こちらから国境を越えるべきではない。現時点では、クラスト王家が国家転覆を命じた証拠までは確認できていない」

 

「備えなければ国境の民を危険へさらす。先に動けば戦争の口実を与える。どちらも避けなければならん」

 

 強硬論と慎重論がぶつかり、軍議の間へ再びざわめきが広がった。

 

 ナーカマは報告書を最初から読み直した。

 

 処刑という結果は記されている。しかし、ウェルが何を話したのか、なぜ王城へ移送されなかったのか、誰が刑を決裁したのかは書かれていない。すべてが終わった後に王へ報告された、その順序と空白を見過ごすことはできなかった。

 

 ナーカマは報告書を閉じた。

 

「確認できていない情報だけで、クラストとの戦争を決めることはできません。しかし、国境で新たな衝突が起こる危険を放置することもできません」

 

 軍議が静まる。

 

「獅子騎士団はクラスト国境へ向かってください。新たな命令があるまで、決して国境を越えてはなりません。防備を固め、独断で戦端を開こうとする部隊があれば止めてください。現地で確認した状況は、推測と事実を分けて報告すること」

 

 ナーカマは誰かの提案を認めるのではなく、自ら命令を下した。

 

 イケメーンは席を離れ、深く頭を下げる。

 

「承知しました。国境の状況を確認し、これ以上の混乱を防ぎます」

 

 

*

 

 

 軍議の終了後、獅子騎士団では出動準備が始まった。

 

 イケメーンは副団長のフクシンを呼び、集まった部隊の前で命じる。

 

「各隊の編成と連絡手順を確認しろ! 食料と治療物資を優先して積め! 斥候は進路と国境周辺の動きを調べるが、クラスト側へ入るな! 現地到着後すぐに動ける準備は整える。ただし、こちらから仕掛けることは許さん。全員へ徹底しろ!」

 

「承知しました!」

 

 フクシンは余計な問いを挟まず、各隊長を集めるため駆けていった。兵たちが食料袋と治療道具を運び、騎馬の状態を確かめる。出陣を前にした騒がしさが、獅子騎士団の詰所を満たしていく。

 

 必要な命令を出し終えたイケメーンは、自室へ戻った。

 

 机の脇には、ウェル一行を迎える宴のために用意していた3種類の酒が置かれたままだった。

 

 マウクと飲むために選んだ酒。

 

 いつかチョーカをストログへ招けた時のために用意した酒。

 

 そして、自分が好んで飲む酒。

 

 ウェルが到着すれば、まず無事を祝うつもりだった。マウクとは、酒を酌み交わしながら互いの国のことを話すはずだった。チョーカまで呼べれば、士官学校にいた頃のように、3人で遠慮なく戦術を語り合えると考えていた。

 

 その席に、ウェルが来ることはない。

 

 イケメーンは酒へ伸ばした手を止めた。怒りに任せて飲み干すことも、目に入らない場所へ捨てることもできた。

 

 だが、今の自分がするべきことは、怒りを紛らわせることではない。

 

 マウクが同行しなかった理由も、クラストで何が起きているのかも、ウェルの署名が本当に本人の意思によるものだったのかも、まだ分かっていない。分からないまま剣を抜けば、ウラーギの主張どおりクラストを敵と決めつけることになる。

 

 イケメーンは酒を1つずつ持ち上げ、私物を収める頑丈な保管箱へ入れた。

 

「マウクがなぜ来なかったのか、ウェル殿が何を訴えたのか、まだ何も分かっていない。この事態を終わらせ、マウクとチョーカをここへ呼ぶ。3人で飲むその時まで、私が預かる」

 

 最後の酒を収めると、自ら蓋を閉じて鍵をかけた。

 

 鍵は誰にも渡さず、腰の小袋へ入れる。

 

 3つの酒を残すことは、再会を諦めないという意思でもあり、確かめるべき真相から目をそらさないという自分への命令でもあった。

 

 ウェルを迎えるはずだった夜は、もう二度と来ない。

 

 その事実を胸へ刻み、イケメーンは出陣を告げるため、兵たちの前へ向かった。

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