第12話 再び並ぶ旗
日が落ちきる前に、第三遊撃団の斥候が戻った。
馬を止めた兵は息を整える間も惜しみ、トッキーへ報告する。
「団長、この先の脇道は通れます。道幅は狭いですが、馬車が通れない場所はありません。水場も確認しました。待ち伏せの痕跡もありません」
「分かった。第三遊撃団は先行して周囲を押さえろ! 道の両側と高所を見落とすな! 異変があれば戦わずに知らせろ!」
トッキーの命令を受け、第三遊撃団の兵たちが脇道へ入っていく。ライトスも第二遊撃団へ向き直った。
「負傷者を中央に置いたまま進め! 道が狭くなっても護衛の輪を切らすな! 後方警戒は交代させ、遅れが出たらすぐ報告しろ!」
兵たちが短く応じ、王女一行を囲む隊列が木々の間へ延びる道へ進路を変えた。
ライトスは先頭が脇道へ入るのを見届けると、中央の馬車まで下がった。車輪が根に取られていないか。負傷者の揺れが大きくなっていないか。後方の列が曲がり角で途切れていないか。狭い道では、一か所の停止が隊列全体を止める。
街道から離れるほど、盾のぶつかる音は小さくなっていった。それが距離によるものなのか、第五騎士団の遅滞が終わったからなのかは分からない。聞こえなくなったことを、安全になった証拠とは考えられなかった。
ユキネは姉の側を離れず、後方と左右の林へ交互に目を向けていた。心配に引かれて振り返っているだけではない。枝の揺れや馬蹄の響きを拾おうとしているのだと、ライトスには分かった。
「第五騎士団は、私たちの進んだ道が分かるのでしょうか」
「別経路を確かめた斥候がいました。ジルバ団長なら、退路を決めずに離脱することはありません。ただし、無事に追跡を振り切ったかは、まだ確認できていません」
安心させるために、分からないことまで断言はできない。ユキネも慰めを求めているわけではなかった。
「では、合流するまでは後方も敵が来る前提で見ます。姉上の側は空けません」
「お願いします。こちらも警戒を切らしません」
レインは二人の言葉を聞き、揺れる馬車の列を見渡した。
「第五騎士団を待ちたい気持ちはあります。ですが、ここで全員を止めれば、ジルバ団長が稼いでくださった時間を失います。負傷者を先へ進めてください。合流の知らせが来た時、すぐ受け入れられるようにしましょう」
感情を押し隠した言葉ではなかった。不安を抱えたまま、それでも王族として何を優先するかを決めたのだ。
「承知しました。止まる場所を確保するまでは、このまま進みます」
ライトスは列の前後へ伝令を走らせた。やがて先頭から停止の合図が伝わってくる。
「全隊、間隔を詰めすぎるな! 前方の確認が終わるまで、その場で警戒!」
ライトスが前方へ向かうと、トッキーと数人の兵が道の先を見据えていた。その向こうから、単騎の騎兵が近づいてくる。騎兵は弓の届く距離へ入る前に速度を落とし、両手が見える位置で馬を止めた。
胸元に掲げたのは、第一遊撃団の徽章だった。
「第一遊撃団です。シャーウ団長の命令で、王女殿下方を捜していました」
「本隊はどこだ?」
トッキーが尋ねると、騎兵は必要な情報から順に答えた。
「分散していた各小隊を、西側の林道へ集めています。この先の水場まで、馬車の通行と周囲の安全を確認済みです。そこから先も、アドラスの谷方面へ抜けられます」
「後方から第五騎士団が来る可能性がある。確認できているか?」
「第五騎士団が別経路へ入ったことは、監視中の偵察兵が確認しました。第二騎士団は、残された盾の前で足を止めています。第五騎士団をこちらへ導けるよう、分岐ごとに案内役を残しています」
初めて得られた確かな報告に、兵たちの肩からわずかに力が抜けた。だが、第五騎士団が合流したわけでも、追手が消えたわけでもない。
「トッキー、第三遊撃団はこのまま先を押さえられるか?」
「ああ。水場まで俺たちが見る」
「分かった。第二遊撃団は王女殿下方と負傷者を守って続く」
役割を確かめると、ライトスは自隊へ命じた。
「前進を再開する! 第一遊撃団の案内に従え! 水場へ着いても、周囲の安全と退路を確認するまで隊列を崩すな!」
*
第一遊撃団が指定した水場には、日没前に到着した。
小さな流れに沿って木々が開け、負傷者を乗せた馬車を止められるだけの場所がある。第一遊撃団の兵は接近できる道を見張り、別の兵は地面に残る足跡を調べていた。安全という報告を、到着後も確かめ続けている。
シャーウは一行を迎えると、レインとユキネの前へ進み出た。
「第一遊撃団長シャーウです。お二人がご無事で安心しました」
「救援に来てくださったのですね。ありがとうございます」
レインは礼を述べた後、馬車から降ろされる負傷者へ目を向けた。
「第五騎士団が着くまでに、治療を必要とする者から休ませます。出発の妨げにならないよう、荷と馬車はまとめたままにしてください。私とユキネも手伝います」
「お願いします。ただ、第二騎士団が追跡を諦めたとは限りません。休息は短く区切ります。第五騎士団の到着と追手の動き、その両方が分かるまでは、ここを安全な野営地とは考えません」
シャーウは感情と事実を混ぜずに告げると、すぐセンクへ向き直った。
「東側と北側の見張りを増やして。第五騎士団の先頭、案内兵、その後方に追手がいないかを分けて確認して。分岐に残した兵とも連絡を絶やさないで」
「承知しました。異常がなくても、交代ごとに報告させます」
センクは余計な問いを挟まず、見張りに適した兵を選んで二方向へ散らした。自分も北側へ向かいながら、木立の間を見通せる位置を確かめていく。
シャルンは馬車と出発路の位置を見比べ、配る水と食料を一か所へ集めないよう指示した。再び動く時に人が交差すれば、それだけで出発が遅れる。レインは負傷の重い者から水を回し、ユキネは姉の近くで働きながらも、手を止めるたび林へ注意を戻した。
第二・第三遊撃団も部隊ごとに警戒を交代する。ライトスはガランへ西側の配置を任せ、自らは馬車の列と北側を往復した。休ませるべき者を休ませ、動ける者で守りを切らさない。合流後すぐ進める形を保つことが、ここでの役目だった。
空が暗くなり始めた頃、北側を監視していた兵から合図が上がった。
シャーウが真っ先に振り向く。ライトスも兵へ持ち場を守るよう手で示し、木々の向こうを見た。
最初に現れたのは、第一遊撃団の案内兵だった。その後ろから、細く長い隊列が続く。盾を背負い、疲労をにじませながらも、歩調は崩れていない。
先頭のジルバを認めた瞬間、シャーウは走りだした。
「シャーウ」
馬を降りたジルバが名を呼ぶ。
シャーウはその前まで来ると、何も言わず、右の拳で胸当てを一度だけ叩いた。
「無茶はするなって言ったでしょう」
命令を出す時とは違う、震えた声だった。
「ああ。心配をかけた」
「本当にそうよ」
シャーウは顔を伏せ、胸当てへ手を置いた。こぼれた涙を見られまいとしているのか、すぐには離れない。ジルバも急かさず、その肩へ手を添えた。
だが、後方では第五騎士団の到着が続いている。シャーウは一度だけ深く息を吸うと顔を上げ、第一遊撃団長の表情へ戻った。
「負傷者は?」
「盾を押し合った際の打撲が中心だ。動けない者はいない。第二騎士団は残した盾に足を止められたが、追跡を諦めたとは限らん」
「北側の監視を増やしてあるわ。分岐との連絡も続けている。負傷者を入れたら、すぐ動ける配置にして」
「分かった」
ジルバは第五騎士団へ向き直った。
「負傷者を治療場所へ移せ! 残りは部隊ごとに整列し、北側の警戒へ回れ! 盾を置くな! 休息は交代で取れ!」
疲れていた兵たちが、命令と同時に動き始める。第一遊撃団の案内と監視、第二・第三遊撃団の護衛、第五騎士団の厚い盾列。それぞれ別の場所で役目を果たしていた部隊が、ようやく一つの退路を守る形に組み直されていった。
離れていた旗が、再び同じ場所へ並ぶ。
それでも、ここは安全な拠点ではない。
ライトスは各部隊の配置と負傷者の様子を確認し、アドラスの谷がある方角へ目を向けた。王都へ戻る道は閉ざされたまま、後方には第二騎士団がいる。
合流できたことに安堵して、指揮を緩めるわけにはいかなかった。
「第二遊撃団は配置を維持しろ! 夜になっても警戒を切らすな! 出発命令にすぐ動けるよう、負傷者と馬車を優先して休ませろ!」
応じる声が、並んだ旗の下から返ってくる。
ここにいる全員を、生きて谷まで連れていく。
それが今、ライトスが果たすべき責任だった。




