第11話 剣を抜かない戦
第五騎士団5,000人が街道を塞ぎ、その前へ盾を並べていた。
剣は抜かれていない。弓兵も矢をつがえず、魔法兵は詠唱を始めていなかった。だが、隙間なく重ねられた盾と、その背を支える兵の列は、武器を使わずとも道を通さないというジルバの意思を示していた。
その後方では、王女一行を囲んだ第二・第三遊撃団が遠ざかっていく。彼らの姿が見えている以上、第二騎士団がいつまでも待つはずはなかった。
チカライが兵列の前へ出た。
「ジルバ団長、これが最後です。第五騎士団を退かせてください。我々の目的は、偽王女の確保とライトス、トッキーの拘束です」
「その命令には従えん。両殿下が本物であることを、私はこの目で確かめている」
「王都で真偽を確かめれば済むことです!」
「その王都から、両殿下を偽物と決めつけた命令が出ている。無抵抗で引き渡せると思うか」
チカライは奥歯を噛んだ。
ジルバが地位や権力を求めて反乱へ加わる人物ではないことは知っている。それでも、命令書には第二・第三遊撃団が偽王女を利用し、国家転覆を企てていると記されていた。正式な軍令を受けた以上、疑念だけを理由に兵を退くこともできない。
「退かないのであれば、兵を進めます」
「こちらから攻撃はしない。ただし、通すつもりもない」
チカライはしばらくジルバを見つめた後、自軍へ引き返した。
「前列、前進! 第五騎士団の盾を押し退けろ! 剣は使うな!」
第二騎士団の前列が動き始める。ジルバも右手を上げた。
「前列、盾を固定しろ! 剣は抜くな! 押し返さず、その場で受け止めろ!」
両軍の盾が激しくぶつかった。
木と金属の重い音が街道へ響く。第二騎士団は力で突破しようとしたが、第五騎士団の盾列は厚い。後方の兵が前列の背と盾を支え、押された分だけ足を踏み直す。
「押せ! 相手は同じクラスト兵だ! 傷つけるな!」
チカライの号令が飛ぶ。
命令には従う。それでも、同士討ちは望まない。そのため第二騎士団は剣を使えず、重ねられた盾を正面から押すしかなかった。
「前列を交代させろ! 疲れた者から後ろへ下がれ! 盾の幅を崩すな!」
ジルバの命令で、第五騎士団の前列が順に入れ替わる。一度に全軍をぶつけ合えば、どちらかが耐えきれず武器を使う。前列だけで圧力を受け、疲労を後方へ逃がす。それは敵を倒すためではなく、誰にも剣を抜かせないための陣形だった。
その間にも、王女一行との距離は広がっていった。
*
王都への帰還路を外れた第二・第三遊撃団は、負傷者を中央に置いて進んでいた。
ライトスは先頭と中央を行き来しながら、道幅と隊列の状態を確かめる。王女と負傷者を守る輪が細くなりすぎていないか。脇へ入れる道はないか。後方から合図が来た際、すぐ陣形を変えられるか。遠くの衝突音を気にするより、今見るべきものを一つずつ拾った。
「団長、後方に第二騎士団の姿はない」
ガランの報告を受け、ライトスは一度だけ振り返った。
盾のぶつかる音は、まだ途切れていない。ジルバの第五騎士団が進路を塞いでいる間に、少しでも距離を稼がなければならなかった。
「歩みを止めるな! 負傷者の状態が悪化した場合だけ知らせろ! 休息は周囲の安全を確保してから取る!」
「分かった」
「前方の斥候を増やせ! アドラスの谷方面へ進める道を確認しろ! 行き止まり、待ち伏せの痕跡、馬車が通れない傾斜のいずれかを見つけたら、先へ踏み込まず戻れ!」
命令を受けた兵が駆けていく。
街道を外れた道は、大部隊が進むには狭い。第二遊撃団500人と第三遊撃団に加え、王女一行と負傷者がいる。急ぐあまり進路を誤れば、引き返すだけで時間を失い、整えた隊列まで崩れる。
レインがライトスへ馬を寄せた。後方を気にしながらも、その視線は中央を進む負傷兵へ向いている。
「ジルバ団長たちを残してきたのは、私の決断です。ですが、あの方たちを犠牲にしてまで逃げるつもりはありません。戻るべき状況になれば、隠さず教えてください」
「承知しました。ただ、第五騎士団がいるからこそ、第二騎士団も簡単には武器を使えません。僕たちが近くに残れば、チカライ団長は拘束命令を果たすため、無理にでも突破しようとします」
「私たちが離れることが、戦いを避けることにもなるのですね」
「はい。ジルバ団長は、それを承知で残りました。今は距離を稼ぐことが、第五騎士団を守ることにもつながります」
レインはうなずくと、後ろではなく負傷者の列へ向き直った。迷いを消したわけではない。その迷いを抱えたまま、自分が決めた退避を続けようとしていた。
ユキネは姉の反対側を進み、林と斜面へ交互に目を走らせている。胸元のペンダントに触れることはなく、剣を抜ける位置から手を離さない。
「左の林は人が潜めます。こちらへ近づく音があれば、私にも知らせてください。姉上の側は私が守ります」
「お願いします。ただし、何か見えても単独では追わないでください」
「分かっています。今は敵を倒すより、隊列を崩さない方が先です」
その答えに、ライトスは短くうなずいた。
「兄上、前方の確認が取れた」
別の列を進んでいたトッキーが近づいてきた。
「この先で道が分かれる。一方は傾斜が厳しく、負傷者を乗せた馬車では通れない。もう一方なら進めるが、周囲を確認してから入った方がいい」
「第三遊撃団の斥候を出せるか?」
「もう選んである。俺の団で先を押さえる」
「分かった。第二遊撃団は隊列を守って続く。異変があれば、戦わず知らせろ」
「ああ」
トッキーは自らの判断で第三遊撃団へ命令を出すため、すぐに列を離れた。
ライトスは先頭へ視線を戻す。安全な場所へ着くまで、守護魔法だけに頼ることはできない。部隊を崩さず、負傷者を落伍させずに進むことも、団長が担う守りだった。
*
盾を押し合う時間が続き、日が傾き始めていた。
第五騎士団の後方へ、斥候が戻ってくる。
「団長、別経路を確認しました。この先で街道を外れれば、第二騎士団の正面を避けてアドラスの谷方面へ向かえます」
「大部隊でも通れるか?」
「隊列を細くする必要はありますが、通行できます。前方に敵影はありません」
ジルバは盾列を見渡した。押し合いは続いているが、互いに剣を抜いた者はいない。離脱するなら、双方が自制を保っている今しかなかった。
「よし。先に後列を移動させろ! 前列は交代を続け、数を減らしていると悟らせるな!」
命令は後方から静かに伝えられた。
第五騎士団は盾列を維持したまま、後列から少しずつ兵を離脱させる。一度に動けば第二騎士団に気づかれる。前列へ送る兵を減らしながらも、盾の並ぶ幅と交代の間隔は変えなかった。
やがて、主力が別経路へ入ったとの報告が届く。ジルバは最後まで残る兵たちを見渡した。
「合図と同時に盾を離せ! 走って後退し、別経路へ入れ! 追ってきても応戦するな!」
ジルバが腕を振り下ろす。
第五騎士団の前列が一斉に盾を引き、後方へ走りだした。押す相手を失った第二騎士団の兵が数歩よろめく。
「追え! 隊列を崩すな!」
チカライの命令で第二騎士団が動く。
だが、狭くなった道には第五騎士団が残した盾が重ねて並べられ、進路を塞いでいた。飛び越えれば隊列が乱れ、壊して通れば時間を失う。チカライは追撃を命じても、弓や魔法で背を撃てとは命じなかった。
ジルバは最後尾からそれを確認し、別経路へ入った。誰にも剣を抜かせないまま、必要な時間は稼いだ。
*
離れた高所から両軍の動きを見ていた第一遊撃団の偵察兵は、第二騎士団が街道で足を止めたことを確認すると、馬を走らせた。
報告を受けたシャーウは、地図の上で王女一行と第五騎士団が進んだ方角を追った。確かめるのは旗の向きだけではない。隊列が消えた地点、残された盾、追手が止まった場所をつなぎ、合流に使える道を絞り込む。
「王女殿下方はアドラスの谷方面へ進路を変え、第五騎士団も別経路から後を追っているのね」
「はい。第二騎士団は、まだ第五騎士団が残した障害を越えていません」
シャーウは地図から顔を上げ、すぐにセンクへ向き直った。
「分散中の各小隊へ集合地点を伝えて。王女一行へつながる脇道は、通れるという報告だけでは足りない。馬車の通行、待ち伏せの痕跡、水場まで確認させて。敵と接触せず、安全を確かめた経路だけを使うよう徹底して」
「承知しました。分岐ごとに案内を残し、第五騎士団も拾います」
「お願い。第二騎士団が障害を越えた時点でも、すぐ知らせて」
センクは必要な情報だけを受け取ると、伝令役を選び、分散している小隊ごとに異なる方向を指し示した。第一遊撃団の兵が、それぞれの偵察地点へ向けて駆けていく。
追われる王女一行と、遅れて離脱した第五騎士団。その二つの隊列を安全な道で結び直すため、散らばっていた第一遊撃団が動き始めた。




