第10話 帰れない王都
第二騎士団は、弓の射程へ入る手前で進軍を止めた。
街道を塞ぐ兵列の中央から、騎乗した男が進み出る。第二騎士団長チカライ。その背後では弓も魔法も、いつでも放てる状態に保たれていた。
対する第五騎士団からは、ジルバが数人の騎士だけを伴って前へ出た。ライトスとトッキーも、それぞれの団を背に少し離れて続く。
「久しいな、チカライ団長。ずいぶん物々しい出迎えだ」
「ジルバ団長。第五騎士団に敵対する意思はありません。兵を退かせ、我々へ道を譲ってください」
チカライの声に敵意はなかった。命令を果たすために必要な陣を敷き、正面から退去を求めている。だからこそ、言葉だけで引かせるのは難しいとライトスには分かった。
「その先におられるのは、ストログ兵の襲撃を生き延びたレイン殿下とユキネ殿下だ。第五騎士団は両殿下を王都へお連れしている。道を譲るべきはそちらだろう」
「我々が受けた命令では、その者たちは王女殿下方ではありません」
ジルバの表情から笑みが消えた。
「何だと?」
「偽の王女を担ぎ、国家転覆を企てた疑いがあります。第二・第三遊撃団は武装を解き、ライトスとトッキーは拘束に応じてください。王女を名乗る者たちも、王都で取り調べを受けてもらいます」
トッキーが一歩踏み出した。
「誰がそんなふざけた――」
「トッキー、待て」
ライトスは低く言い、腕を出して制した。
ここで剣を抜けば、チカライが受けた反乱鎮圧命令を自分たちの手で裏づけることになる。背後には両軍の兵がいる。団長同士が感情に任せた瞬間、矢と魔法が飛び交いかねない。
トッキーもそれを理解し、柄から手を離した。険しい顔は崩さないまま、自らの団を振り返って片手を上げる。第三遊撃団の前列が踏みとどまった。
ジルバも振り返らずに手を上げ、第五騎士団を制した。
「命令を出したのは誰だ」
「ボリャーク元帥です。正式な反乱鎮圧命令を受けています」
「ならば、その命令が間違っている。私は灰壁砦で両殿下と言葉を交わし、ストログ兵からお守りした。第五騎士団5,000人も、その姿を見ている」
「ジルバ団長まで欺かれている可能性があります。だからこそ、王都で真偽を確かめるべきです」
チカライは本気でそう信じていた。
話が通じない相手ではない。だが、正式な命令を覆す証拠をこちらは持っていない。王女本人を前にしても、命令書の方を確かなものと考える相手に、見たという証言だけを重ねても届かない。
後方の隊列からレインが進み出た。シャルンが腕を伸ばして止めようとする。ユキネもすぐに姉の隣へ馬を寄せ、第二騎士団の弓列から目を離さなかった。
「ここで兵の陰に隠れていては、王女として彼らに退けとは言えません」
レインはそう告げてシャルンを下がらせ、チカライを正面から見た。
「私がレインです。あなたがクラストの騎士なら、顔を見て分かりませんか」
チカライの視線がレインへ向いた。一瞬、迷いが浮かぶ。しかし、彼は馬上で姿勢を正した。
「王女殿下方のお顔を知る者から話を聞き、似せている可能性もあります。申し訳ありませんが、今ここで判断はできません」
「私たちを拘束した後、本当に王都で確かめるのですか。王女を偽物と断じた命令を出した者ではなく、誰が、何を根拠に判断します?」
「命令に従い、正しい手続きを求めます。偽物でないと証明されれば、私から謝罪します」
問いへの答えにはなっていない。それでもチカライの目に欺瞞はなかった。彼は王国を守るため、疑わしい者を王都へ連行し、正規の手続きへ委ねようとしている。
だが、その手続きを始める王都から、すでに偽りの命令が出ていた。
「回答を待ちます。ただし、抵抗するなら反乱軍として対処しなければなりません」
チカライはそう告げ、兵列へ戻っていった。
ジルバたちも隊列へ引き返す。ライトスは最後まで第二騎士団の前列を見た。命令に疑念を抱く兵がいたとしても、今それを当てにして陣形を崩すことはできない。
シャルンは地面へ地図を広げた。レイン、ユキネ、ジルバ、ライトス、トッキーが周囲へ集まると、すぐに王都までの道を指でなぞる。
「王都へ向かうのは危険です。問題は、目の前の第二騎士団だけではありません」
シャルンは迷わず切り出した。
「仮にここを抜けても、負傷者を抱えた私たちより、王城から出る別の部隊の方が速い。王都へ近づくほど使える道は限られ、前を塞がれれば後ろから第二騎士団に追いつかれます。王都側が命令を撤回しない限り、進むほど包囲を完成させるだけです」
「では、灰壁砦へ戻るのですか?」
ユキネは問う一方で、地図の北側へ目を走らせていた。敵軍の位置と、姉を逃がせる方向を見定める武人の目だった。
「戻れば背後はストログとの国境です。再び攻められれば逃げ場を失います」
シャルンは退路を一つずつ消すように指を動かし、最後にアドラスの谷方面で止めた。
「こちらへ退避すべきです。王都から距離を取り、まず殿下方と負傷者の安全を確保します。王都にも灰壁砦にも寄らない以上、現時点で選べるのはこの方向だけです」
ライトスは地図へ目を落とした。
王都への帰還路を外れれば、反乱の疑いはさらに深まる。それでも、レインとユキネを偽物として拘束しようとする者へ引き渡すことはできない。守ると決めた以上、敵意がないという言葉だけに命を預けるわけにはいかなかった。
「姉上。私もアドラスへの退避に賛成です。王都へ近づくほど守りにくくなります。ここで捕らえられるくらいなら、私も剣を取ります」
ユキネは姉を見た。レインはすぐには答えず、第二騎士団と、自分たちを囲む負傷兵を順に見渡した。
「クラストの兵同士を戦わせたくありません。ですが、王都へ行くという私の判断で、ここまで守ってくれた者たちまで拘束させることもできません。私が責任を負います。アドラスの谷へ向かいます」
「承知しました」
ジルバが立ち上がった。
「第五騎士団がここに残り、第二騎士団を足止めする。第二・第三遊撃団は王女殿下方と負傷者を連れ、先行しろ」
「ジルバ団長、第五騎士団だけで残るのですか?」
「5,000人いるからこそ、チカライも簡単には仕掛けられん。戦うつもりはない。街道を塞ぎ、陣形を変えながら時間を稼ぐ」
「第二騎士団が強行すれば、同士討ちになります」
「その時は受け止める。だが、追う相手が見えなくなれば、チカライも無理に第五騎士団を崩す理由はない。お前たちの役目は、ここに残ることではないだろう」
第二・第三遊撃団が残れば、チカライはライトスとトッキーを拘束するため、第五騎士団の陣を突破しようとする。退避することが戦闘を避け、殿を務める第五騎士団を守ることにもつながる。
ライトスは立ち上がり、ジルバを見た。
「了解しました。両殿下と負傷者は、必ず守り抜きます」
「頼んだぞ」
ライトスは第二遊撃団のもとへ戻った。ガランとキュリをはじめとする兵たちが、団長の命令を待っている。
「第二遊撃団、隊列を組み直せ! 負傷者を中央へ入れ、前方と左右を固める! 第五騎士団が進路を塞いでいる間に、第三遊撃団とともにアドラスの谷方面へ退避する!」
兵たちが一斉に動き始める。ためらいを残さぬよう、ライトスは続けて役割を割り振った。
「ガラン、後方を任せる。第五騎士団からの連絡を受けられる位置を保ち、追手が見えたら即座に知らせろ!」
「分かった」
「キュリ、弓兵を率いて左側を警戒しろ。数だけでなく動きを見ろ。回り込みでも、こちらからは射るな!」
「承知しました。弓兵、私について! 撃つのは団長の命令を受けてからです!」
キュリは周囲の兵が動き始めたのを確かめ、自ら左列へ走った。少し離れた場所では、トッキーも第三遊撃団へ命令を飛ばし、負傷者を囲む位置を組み替えている。
第五騎士団は街道いっぱいに横陣を敷いた。盾を前へ出したが、剣は鞘に収めたままだった。
その後方で、第二・第三遊撃団がレインたちと負傷者を囲み、王都への帰還路を外れて動き始める。
ユキネは馬上から振り返った。姉の側を離れぬ位置を守りながらも、その手はいつでも剣を抜けるよう柄の近くにある。
「ジルバ団長は、追いつけますよね」
「追いついてもらいます。そのためにも、僕たちは止まりません。殿下はレイン殿下の側を離れず、前方にも注意してください」
「分かりました」
ユキネは後方への未練を断ち、進行方向へ視線を移した。
背後から、チカライの声が響く。
「ジルバ団長! 兵を退けてください!」
「断る! 第五騎士団は、王女殿下方と負傷者が安全な場所へ退くまで、ここを動かん!」
盾が一斉に地面を打った。
重い音が街道を震わせ、第二騎士団の進路を閉ざす。ライトスは振り返らなかった。指揮官が迷えば、退避する隊列にも迷いが伝わる。
「全隊、速度を保て! 隊列を崩すな! 負傷者を一人も置いていくな!」
号令に応じ、第二遊撃団は歩みを速めた。
祖国の命令に背を向け、王都へ続く道から離れていく。
帰れないのなら、守るべき者たちが帰れる場所を確保する。そのために今は進む。
ライトスの目は、もう後ろを追わなかった。




