第9話 向けられた剣
クラスト王城の軍議室へ呼び出されたチカライは、机の向こうに座るボリャークへ一礼した。
「第二騎士団長チカライ、参りました」
「急な呼び出しで悪かったな」
「構いません。それで、出動命令とは?」
ボリャークは机上の書類をチカライへ差し出した。
そこには、ストログから帰国する予定だったレインとユキネが消息を絶ったこと、その後、第二・第三遊撃団が王女を名乗る者たちを保護したことが記されている。
最後には、両遊撃団が偽の王女を担ぎ上げ、国家転覆を企てている疑いがあると結ばれていた。
チカライは書類を持つ手に力を込めた。
「偽の王女……?」
「そうだ。王女殿下方の名を利用し、王国軍の一部を従わせようとしている」
「ライトスとトッキーが、そのようなことをするのですか?」
チカライは2人と親しいわけではない。それでも、遊撃団長としての評判は知っていた。
特にライトスは武力こそ高くないものの、魔獣討伐や撤退戦で多くの兵を生還させている。トッキーもまた、第三遊撃団を率いる団長だ。2人が王女の名を利用し、王位を狙うような人物だとは思えなかった。
ボリャークは表情を変えなかった。
「本人たちが計画したとは限らん。偽王女に欺かれた可能性もある。だが、結果として王都からの帰還命令に従わず、第二遊撃団500人を独断で動かしたことは事実だ」
「その命令は、王女殿下方を迎えるためだったと聞いています」
「だからこそ不自然なのだ。王都へ戻るべき部隊が国境へ向かい、第三遊撃団と合流した。現在は第五騎士団まで同行しているとの報告がある」
チカライは眉を寄せた。
第五騎士団を率いるジルバは、他人を見下さず、軍務にも堅実な騎士団長だ。国家転覆へ加わるとは考えにくい。
「ジルバ団長も反乱へ加担したと?」
「そうは言っていない。第五騎士団は王女殿下方を救援すると聞き、現地へ向かったらしい。偽物とは知らずに護衛している可能性が高い」
ボリャークは別の命令書を取り出した。
「第二騎士団へ、反乱鎮圧を命じる。第五騎士団には武装を解いて道を空けるよう求めろ。偽王女を確保し、ライトスとトッキーを拘束するのだ」
チカライは命令書を受け取らず、ボリャークを見た。
「レイン殿下とユキネ殿下が偽物だという、確かな証拠はあるのですか?」
「王城へ届いた報告と、遊撃団の不自然な動きが証拠だ。加えて、内政官マウクにも反逆の疑いがあり、すでに拘束されている」
「マウク殿まで?」
「ウェル殿下の出立を妨害しようとした疑いがある。今回の件と無関係とは考えにくい」
示された事実だけを並べれば、話はつながっているように見えた。
王子の出立を妨げた内政官。その直後、帰還命令に従わず動いた第二遊撃団。偽の王女を守る第二・第三遊撃団。そして事情を知らずに合流した第五騎士団。
だが、ライトスとトッキーだけでなく、ジルバまで同時に欺かれるものなのか。チカライの中に残る疑問は、まだ消えていなかった。
「抵抗した場合は?」
「反乱軍として討て。ただし第五騎士団とは、可能な限り戦闘を避けて説得しろ。ジルバが状況を理解すれば、偽物を守り続ける理由はない」
チカライはようやく命令書を受け取った。
複雑な策を読み解くことは得意ではない。だからこそ、疑いを抱いたまま勝手な判断で軍を動かすのではなく、正式な命令に従うことを自らの軸としてきた。
ただし、命令に従うことと、不必要に味方を傷つけることは同じではない。
「承知しました。第二騎士団は直ちに出動します」
「国のために、必ず反乱を止めろ」
「はい」
軍議室を出たチカライの足取りに迷いはなかった。
それでも、胸の奥には小さな引っかかりが残っている。もしライトスたちが騙されているだけなら、剣を交える前に投降させたい。王女を名乗る者たちを拘束し、王城で真偽を明らかにすればよい。
チカライは第二騎士団へ出動を命じた。
目的地は、灰壁砦から王都へ続く帰還路だった。
*
灰壁砦を出た一行は、負傷者の歩みに合わせて進んでいた。
第五騎士団が前方と後方を守り、その内側にレイン、ユキネ、シャルンと負傷者がいる。第二・第三遊撃団は中央に近い位置で、いつでも周囲の守りへ回れるよう隊列を組んでいた。
ライトスは隊列の乱れがないことを確かめ、前方を歩くジルバのもとへ向かった。
「敵の追跡はありませんか?」
「今のところ、ストログ兵が国境を越えたという報告はない」
「では、このまま王都へ?」
「そのつもりだ。だが、王城へ先に送った伝令から返答がない。王女殿下方が襲撃された以上、本来なら迎えの部隊か指示が来てもよいはずだがな」
ライトスも同じことを気にしていた。
王都帰還命令に従わず、第二遊撃団を灰壁砦へ向かわせたことは事実だ。だが、理由を説明する報告はすでに送っている。それでも返答がない。
「王城で何か起きているのでしょうか」
「分からん。分からないうちから敵を作るな。ただし、無警戒にもなるな」
ジルバらしい慎重な答えだった。ライトスもうなずき、街道の先と両脇へ改めて目を向けた。
後方から来たガランが、ライトスへ声をかける。
「負傷者の状態は安定している。シャルン殿が、物資も王都までは持つと言っていた」
「分かった。速度は変えず、このまま進む」
「団長、お前の方はもう大丈夫なのか?」
「休ませてもらった。守護魔法も使える」
「使えることと、無理をしていいことは別だぞ」
「分かっている。必要になるまでは使わない」
答えても、ガランの表情から疑いは消えなかった。ライトスはそれ以上言い返さず、周囲の報告へ意識を戻した。
その時、前方の斥候が馬を走らせて戻ってきた。ジルバの前で馬を止め、緊迫した声で報告する。
「前方より、クラスト軍が接近しています!」
「所属は?」
「第二騎士団です」
味方の部隊だった。しかし、斥候の表情は緩まない。
「第二騎士団は街道を塞ぐ形で展開しています。弓兵と魔法兵を前へ出し、騎士は武器を抜いています」
ジルバの目つきが変わった。
「こちらを敵と認識しているということか?」
「少なくとも、通常の出迎えには見えません」
ライトスは背後のガランへ振り向いた。
「全隊を止めろ。前後の警戒は解くな。トッキーにも伝えろ」
「分かった」
命令が後方へ伝わり、一行の歩みが止まった。
レインとユキネも、前方に並ぶクラスト兵の旗を目にした。ユキネは剣の柄へ手を置き、レインの前へ半歩出ながら、街道の左右にも視線を走らせている。
「第二騎士団が、なぜ私たちへ武器を向けているのですか?」
レインの問いに答えられる者はいなかった。それでもレインは動揺を押し込み、兵列から目を逸らさなかった。
シャルンは前方の布陣を見つめ、感情を交えずに事実を拾っていく。
「襲撃を生き延び、ようやくクラストへ戻った私たちに、今度は自国の騎士団が戦闘態勢で待っている……偶然ではありません。王城へ送った報告に返答がないこととも、切り離しては考えられません」
ライトスは第二騎士団の前列を見た。弓兵と魔法兵を前へ出している以上、こちらが不用意に動けば戦端が開く。だが、殿下方と負傷者を守る備えまで解くわけにはいかない。
隊列の中央へ戻ると、第二・第三遊撃団の兵たちが指示を待っていた。ライトスは全員へ届くよう、声を張る。
「武器は構えろ。ただし、こちらから攻撃するな! 第五騎士団の指示に合わせ、王女殿下方と負傷者を守れ! 挑発されても隊列を崩すな!」
兵たちは武器を手にしたまま、その場で踏みとどまった。
前方から、第二騎士団がゆっくりと距離を詰めてくる。
灰壁砦を離れた一行の前へ、今度は祖国の剣が立ちはだかっていた。




