第七回
アランから西域の強弓を託されたあの日から、数年の歳月が流れた。
涼州の乾いた烈風と厳しい風土は、最高に生真面目な少年であった仲穎を、見違えるほど逞しい若者へと育て上げていた。その体躯は父・君雅や王奐が予言した通り、並の武官を凌駕するほど頑健であり、日々、あの強弓を引き絞ることで鍛え上げられた腕力は、すでに一角の武人の風格を漂わせている。しかし、その佇まいは今なお丁寧であり、物静かな「礼儀」と「誠実」の芯を失ってはいなかった。
ある日、仲穎――邸の者たちから親しみを込めて「阿卓」と呼ばれる彼は、成長したリアを伴い、国境の交易地たる臨洮の市場を歩いていた。
現在のリアは、交易の商人たちと西域の言葉で自在に渡り合い、どの緑洲が潤っているか、どのような西域の宝物が漢の都で高く売れるかといった、豊かさをもたらす有益な交易の情報を「砂塵の耳目」としていち早く察知し、誠実に阿卓を支える聡明な女性へと成長していた。永遠の誓いである「緑の組み紐」は、今も阿卓の衣の内に、肌身離さず大切に守られている。
「待て! この泥棒め、その見事な馬をここに置いていけ!」
突如、市場の喧騒を切り裂いて、漢の役人たちの下劣な罵声が響き渡った。
人々が怯えて道をあける中、数人の傲慢な漢の役人が、一人の少年を乱暴に取り囲んでいる。
その少年は、汚れた衣の間から覗く褐色のアザが、過酷な大地を生き抜いてきた証を物語る、野生の狼のごとき鋭い眼光を放つ羌族の若者であった。
少年の傍らには、一頭の仔馬がいた。
燃えるような、あまりにも鮮烈な赤毛。まだ骨格こそ細いものの、その四肢の力強さと気高さは尋常ではない。後の世に「赤兎」と呼ばれ、全土を震撼させる名馬の血統であった。
強欲な漢の役人どもは、この名馬の血筋を一目で見抜き、理不尽な罪を捏造して異族の少年から掠め取ろうとしているのだ。
「これは俺の馬だ! お前たち漢の役人に渡すものか!」
少年は鋭い短刀を構え、剥き出しの敵意で役人たちを睨みつける。しかし、多勢に無勢。役人の一人が、あざ笑いながら太い長鞭を振り上げた。
乾いた音が響き、少年の背が容赦なく打ち据えられる。衣が裂け、鮮血が滲むが、少年は痛みに声を上げることもなく、仔馬の手綱を決して離さなかった。仔馬もまた、主を護るように激しくいななき、前脚を高く上げて役人たちを威嚇する。
「やめなさい!」
その修羅場に、割って入ったのは、物静かな、しかし凛として退かぬ声であった。
役人たちが苛立たしげに振り返る。そこに立っていたのは、役人でも兵でもない、一介の若者にすぎない董家の長子――董仲穎であった。その佇まいはあまりに丁寧であり、暴力を忌む生真面目さに満ちている。
「法に基づかず、民から力ずくで物を掠め取るのは天の理に反します。同じ漢人として、その傲慢な振る舞いは見過ごせません。その少年を直ちに解放しなさい」
仲穎は静かに、しかし一歩も引かずに役人たちの前に進み出た。
「何だお前は? ただの小童の分際で、この薄汚い異族の味方をする気か!」
色めき立つ役人たちの不穏な動きを、背後でリアが鋭い眼差しで見極めている。活気に満ちた周囲の交易商たちの動きに目を配り、仲穎の背後をしっかりと警戒していた。
無力な民を護るという、父の教えたる誠実な正義。
己の理不尽な運命に牙を剥く、見知らぬ野生。
そして、仲穎の衣の内で静かに眠る、緑の組み紐。
この砂塵舞う十字路で初めてその運命を交錯させた瞬間であった。




