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第六十三回(名将・張奐への仕官)

涼州の全軍を統括する総司令官、名将・張奐ちょうかんの本陣。


その重々しい天幕パオの前に、一頭の猛々しい汗血馬・トトが引き据えられた。


背から降り立ち、静かに歩みを進めるのは仲穎である。


その背には強弓『骨喰ほねばみ』。先の復讐劇を経て、彼の纏う空気はかつての生真面目な青年武官のそれではなく、涼州の苛烈な荒野そのもののような、研ぎ澄まされた冷徹な威厳に満ちていた。


天幕を潜ると、奥の床几しょうぎに、数々の異民族を平定し、その名を天下に轟かせる老将・張奐が威風堂々と座していた。


「臨洮治安維持部隊長、董卓仲穎。お呼び出しに応じ、参上いたしました」


仲穎が漢朝の軍礼を執ると、張奐は鋭い眼光で、目の前に立つ若者を見据えた。


その視線は、単なる地方の部隊長を品定めするものではなかった。今や涼州の地方豪族たちの間で「並外れた戦才と非情な決断力を持つ新星」として、畏怖と共に語られ始めた男に対する、一人の武人としての確かな敬意が混ざっていた。


おもてを上げよ、仲穎」

張奐の声は、地鳴りのように重厚だった。


「――先の大戦おおいくさの折、最前線の一兵卒でありながら、お前がきょう族の群れに単騎で突っ込んでいったあの無鉄砲な武勇、私は今も忘れてはおらん。だが此度、都と繋がっていた巨悪・王渙の汚職を完璧に白日の下に晒し、公務執行の襲撃として正当に討ち果たしたという報告を聞いた時、私は確信した。……お前はただの、腕の立つ武弁ではないとな」


張奐は、机の上に置かれた「臨洮の文官」から届けられた公正な検収書類、参考までに添えられた血染めの帳簿に目を落とした。


「涼州の並み居る豪族どもが、お前の名を口々に噂しておるぞ。情に流されず、大局のために巨悪の息の根を止めた不敵な新星が、臨洮に現れたとな」


「仲穎よ。お前はなぜ、あれほど慕っていた義父を、迷わず射殺あやめた」

老将の鋭い問いが、天幕の空気を張り詰めさせる。


仲穎は眉一つ動かさない。羌族の長老から授かったあの『荒野の掟』を胸に、冷徹に言い放った。


「実直さや誠実さだけでは、この濁りきった世を正すことなど到底できぬと知ったからにございます。……弱い者を上に置けば、部隊は全滅いたします。私は、董家という群れを、そしてこの涼州を守るため、かつての己の甘さをすべて殺しました。大を活かすために、小を捨てる。それが私の選んだ道にございます」


その言葉を聞いた張奐は、一瞬の静寂の後、雷のような豪快な笑声を上げた。

「ハハハハ! 素晴らしい! その年にして、すでにこの過酷な涼州の本質を掴んでいるか! 漢の朝廷の生温かい道徳に塗れた無能どもに、お前のその骨のあるところを見せてやりたいものだ!」


張奐は笑みを収めると、机の上の『軍司馬ぐんしば』の印綬を手に取り、仲穎の前へと歩み出た。


「仲穎。お前のような恐るべき新星を、こんな地方の治安維持部隊長で腐らせておくわけにはいかん。私の直属、全軍の副官たる『軍司馬』として、正式に私の陣営へ迎え入れる。……これより、私と共に、この涼州の、いや、天下の泥を力をもって捩じ伏せに行くぞ」


「――御意」

仲穎は両手で重々しい印綬を受け取った。


王渙の裏切りという凄惨な悲劇。最愛のリアの死、友ガルの戦死、良の大怪傷。そのすべての血の洗礼を経て、かつての甘き青年は死に、いま、冷徹なる怪物としての第一歩を踏み出した。


涼州の豪族を震撼させ始めた新星・董卓仲穎の武名が、ついに後漢の正式な歴史の表舞台へと躍り出た瞬間であった。

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