第五十一回
次々と闇から湧き出る刺客の波を前に、仲穎は即座に決断した。このままここで全員で籠城を続けても、圧倒的な物量に押し潰される。
「良! ここは俺が食い止める、お前たちは脱出の路を開け!」
仲穎は『骨喰』を構え直しながら中庭へと叫んだ。
彼は激しく暴れ狂うトトの元へと駆け寄り、その獰猛な首筋を素手で抱え込んだ。
「トト、静かにしろ! お前にしか頼めない、こいつらを守って街の外まで走り抜けてくれ!」
仲穎が全力でトトの呼吸に己を合わせると、普段は人間を乗せることすら拒む汗血馬が、主君のただならぬ気迫を察してピタリと嘶きを止めた。
「早く、トトに乗ってください」
良が大楯で敵の刃を弾き飛ばしながら、短く、しかし切迫した声で告げる。
木蓮は片腕で弦児を抱いたまま、恐怖に震える王綏の身体をトトの背へと力強く押し上げた。続いて華児を王綏の腕に抱かせると、自身も素早くその背へと飛び乗る。
「あなた……! あなたはどうするのですか!?」
トトの背の上から、王綏が悲痛な声をあげる。
「俺なら大丈夫だ。木蓮、みんなを頼むぞ!」
仲穎がトトの脇腹を強く叩くと、汗血馬は夜の闇を切り裂くような速度で、中庭の木柵を飛び越え、街の外へと向かって猛然と駆け出していった。
刺客の頭領はその脱出を見逃さなかった。
「逃がすな! 射ち落とせ!」
頭領の号令と共に一斉に無数の矢が放たれた。その狙いはトトの背の家族だけでなく、隙を晒した仲穎の背中にも集中していた。
雨あられと降り注ぐ矢が仲穎の肉を穿つかと思われたその瞬間、視界が鉄の壁で覆われた。
「おおおおおッ!!」
良が地響きのような咆哮と共に跳躍し、巨大な大楯を仲穎の前へと叩きつけたのだ。
激しい金属音が連続して響き渡る。良の構える絶対の盾は、一本の矢の侵入すら許さず、すべての矢を火花と共に弾き返した。仲穎は良の決死の防御に守られ、間一髪で難を逃れた。
――だが、襲いかかってきたのは都の手練れたちである。大楯による防御の、ほんのわずかな死角を彼らは見逃さなかった。
大楯の影から音もなく滑り込んだ刺客の刃が、容赦なく良の肉体を捉えた。
凄絶な肉肉しい音が響き、良の片目と片腕が深く切り裂かれる。鮮血が夜の闇に飛び散り、いかに鉄石の沈黙を宿す良であっても、そのあまりの重傷に一瞬だけ体勢を大きく崩した。
「良ッ!!」
仲穎が叫ぶ。絶対の盾が片目と片腕を奪われ、防衛線に決定的な亀裂が走った。矢を射ち終えた刺客たちが、その隙を逃さじと再び刀剣を血に飢えさせて中庭へ肉薄してくる。
――その中庭の危局の裏で、邸の正面門もすでに凄惨な血の海と化していた。
「オラァッ! 誰一人として、この中へは通さねえぞッ!!」
出遅れて駆けつけたガルは、中にいる仲穎たちが家族を逃がす時間を稼ぐため、門前に立ちはだかって押し寄せる都の手練れたちを力任せに叩き伏せていた。
すでにガルの身体には、無数の斬撃による凄まじい傷が刻まれ、衣服を赤黒く染めた血が地面へと滴り落ちている。間違いなく致命傷であったが、彼の眼光は野生の常軌を逸した輝きを失っていなかった。
都の私兵たちは、この満身創痍の男が放つ異常な気迫に気圧されながらも、一糸乱れぬ連携で次々と凶刃を突き出してくる。
ガルはその鋭い一撃を、肉体を裂かれながらも避けることなく、己の骨で受け止めて刃を捕らえた。そのまま力任せに武器を奪い取り、刺客の胸元を深く切り裂く。
「化け物め、怯むな! 囲んで仕留めろ!」
さらに多くの手練れがガルへと一斉に群がり、四方から浴びせられる刃がガルの肉体を容赦なく貫いていく。それでもガルは膝を折るどころか、大地に深く足を突き立て、濁流のような敵の群れを門前でせき止め続けていた。
大楯の守りが崩れかけた中庭へ刺客たちが殺到し、正面門ではガルが血を吐きながらなおも凶刃を受け止め続ける。
トトが夜の闇へと消え去り、家族の安全が確保された今、邸に残された男たちの、本当の死闘が始まろうとしていた。




