第五十回
深夜の董卓邸に、突如として地を這うような凄絶な咆哮が響き渡った。
都へ行った董旻の留守を預かり、今はリアが大切に面倒を見ている忠犬サミルが、ただならぬ殺気を察知して闇を切り裂くように激しく吼え立てたのだ。中庭の厩舎でも、その声に呼応するように汗血馬トトが暴れ狂う。
そのサミルの警告に、主屋で横になっていた仲穎、王綏、そして部屋にいた良と木蓮が一斉に跳ね起きた。
「何事だ……!?」
仲穎が枕元の強弓『骨喰』をひったくり、何が起きたのかと皆が息を呑んだその瞬間、邸の正面門が凄まじい音を立てて蹴破られた。
「仲穎ッ! 起きろッ!!」
乱入してきたのは、夜の街から愛馬を駆ってきたガルだった。息を荒らげ、全身から戦慄を放つガルが叫ぶ。
「都の武装集団がこっちに向かってやがる! ただの賊じゃねえ、手練れだッ!」
ガルの怒号とほぼ同時に、門の向こうの闇から、黒い夜着に身を包んだ刺客の集団が濁流のように一気になだれ込んできた。
「防陣ッ!」
仲穎の鋭い大声が響く。だが、警告と襲撃は完全に同時だった。邸の者たちは瞬く間に過酷な乱戦へと巻き込まれていく。
突入してきた刺客の刃が仲穎の胸元へ迫ったその瞬間、凄まじい風切り音と共に、巨大な鉄石の壁が割り込んだ。
「おおおッ!」
地響きのような咆哮と共に立ちはだかったのは、従者の良だった。
良は愛用する巨大な大楯を両腕で構え、なだれ込んできた刺客たちの先頭を力任せに押し潰した。盾の強烈な衝突により、防陣を組んでいた手練れの男たちが数人まとめて後方へと吹き飛ぶ。
その大楯の背後へ、木蓮が素早く滑り込んだ。
木蓮はすでに弦児をしっかりと腕に抱きかかえており、もう片方の手で恐怖に立ちすくむ王綏の腕を掴む。
「お嬢様、華児様を抱いて私の後ろへ!」
良と木蓮の阿吽の呼吸により、乱戦の最中であっても、王綏と子供たちを守るための絶対の防衛ラインが瞬時に構築されていく。
ガルはザルマの背から飛び降りざまに武器を振るい、良の大楯を回り込もうとした刺客の首筋を叩き切った。
「間に合わなかったかクソッ! 仲穎、敵の数が多すぎるぞ!」
仲穎は『骨喰』の弦を限界まで引き絞り、良の大楯の隙間から、次々と闇を割って飛び出してくる刺客たちめがけて一矢を放った。




