第四十九回
息を切らせて夜の街を走り続けたリアは、商店の立ち並ぶ表通りを外れ、人の気配が途絶えた泥壁の続く路地裏で足を止めた。
不自然な煙の匂いは、すぐそこまで迫っていた。
建物の影に身を潜め、暗がりの向こうを覗き込んだリアは、息を呑んだ。
夜陰に紛れ、一糸乱れぬ統率された動きで突き進む黒い集団。衣服の隙間で月光を反射する、見慣れぬ都の武器。
髪を高く結い上げる前に見た都の武装集団の姿が、完全に現在の脅威となって目の前に現れた。あれは間違いなく、王渙が飼っていた手練れたちだ。そして彼らが殺気をみなぎらせて向かっている先は、他でもない、阿卓たちの待つ我が家だった。
(大変……本当に、阿卓たちを殺しに行くんだ……!)
心臓が早鐘を打つ。一刻も早く邸に引き返し、みんなにこの危機を告げなければならない。
リアは身を翻し、いま来た道を全力で蹴って引き返そうとした。
――だが、手練れの索敵能力は、リアの微かな身じろぎを逃さなかった。
背後から風を切る音がしたと思った瞬間、背中に、焼けるような凄まじい衝撃が突き抜けた。
息が詰まった。刺客の一人が音もなく背後に回り込み、容赦なくその刃を突き立てたのだ。
「が、は……っ」
刃が引き抜かれると同時に、リアの身体は冷たい地面へと崩れ落ちた。視界が急速に狭まり、傷口から流れる熱い血が、体温をまたたく間に奪っていく。間違いなく、致命傷だった。
刺客は、倒れたリアが二度と動かないと確信したのか、一瞥をくれただけで、すぐに仲間の集団へと合流し、邸の方角へ向けて再び走り去っていった。
静まり返った路地に、一人取り残される。
指先一つ動かすことさえ、気が遠くなるほどの激痛が走った。それでも、リアの意識はまだ死んでいなかった。
(まだ……死ねない。王綏さんも、華児も……私の、弦児もいるのよ……!)
阿卓に、みんなに、知らせなければならない。
リアは血に濡れた両手を泥まみれの地面に突き立てると、残されたすべての執念を振り絞り、身体を引きずるようにして前へと這い出し始めた。
ずり、ずり、と、生々しい血の跡が地面に刻まれていく。
涙と血の混じった視界の先、遥か遠くに見える我が家の影を見つめながら、リアは声をあげることすらできぬ喉を震わせ、ただひたすらにもがき、這い進み続けた。




