第四十六回
夜半過ぎ、仲穎は無事に臨洮の邸へと帰り着いていた。
主屋で待っていた王綏は、夫の穏やかな表情と報告を聞いて、涙を拭い安堵の微笑みを浮かべた。
「心配をかけたな。義父上はすべてを認め、これからは実務を正しく改めると約束してくださった。やはり、誠意を持って話し合えば伝わるお方だ」
仲穎のその言葉に、しかしリアだけは胸の奥に冷たい引っかかりを覚えていた。
(……本当かしら。本当に、それだけで引いてくれるの?)
リアの脳裏に、かつてまだ、髪を高く結い上げる前の少女だった頃に見た光景が鮮明によみがえっていた。王渙の屋敷まわりを物々しく警戒していた、つづら箱を積んだ荷車と都の武装集団。さらに、市場で耳にしていた、王渙が都への転属を異常なほど待ち望んでいるという噂話。
計算の得意なリアの頭の中で、すべての点と線が恐ろしい速度で直結していく。
市場から消えた六割の巨額の利益は、あのつづら箱に詰められ、都への献金としてあの集団に運ばれていたのではないか。もしそうなら、養父の栄転はあの数字の横取りにかかっている。王渙が長年かけて築いてきたあの分厚い闇の仕組みが、仲穎の誠意ある懇願だけで、自らの前途を諦めて不正を正すなど、到底ありえないのではないか。むしろ、秘密を知られた相手を――。
だが、安堵しきっている仲穎と王綏の前で、確証のない不吉な言葉を口にすることはできなかった。
「……そう、よかったわ、阿卓。無事で何よりよ」
リアは胸をかきむしるようなざわつきを必死に抑え込み、努めて穏やかに微笑んだ。
無事の帰還を確認した良と木蓮も、それぞれ寝支度をするために自室へと引き上げていく。
邸の灯火が順に消され、静かな夜が訪れようとしていた。誰もが、最悪の危機は去り、いつも通りの平穏な明日が訪れると信じて疑わなかった。
しかし、その静寂の裏で、王渙の命を受けた私兵の一団は、すでに臨洮の闇に紛れて動き出していた。
彼らは都への莫大な献金を積んだ荷馬車を数々の賊から守りながら遥々運んできた、十分に訓練された手練れの集団であった。黒い夜着に身を包み、一糸乱れぬ統率された動きで、標的である董卓の邸を目指して一歩一歩その距離を詰め始めていた。




