第四十四回
王綏はその場に崩れ落ちるようにして、ただオロオロと震えるばかりだった。
「どうしましょう、あなた……どうしたら……。これほどの大罪、もし公になれば、王家だけでなく、董家までも……」
不正の罪の重さと、それに伴う恐怖。あまりの衝撃に取り乱す正妻の肩を、リアが必死に支え、宥めていた。
そんな二人の姿を見つめながら、仲穎は深く息を吐き、机の上の帳簿を丁寧に巻き取った。
彼の眼差しにあるのは、戦場の冷酷な仮面ではなく、本来の、誠実で礼儀正しい仲穎のそれだった。
「王綏、泣かないでくれ。リアも、すまない」
仲穎は静かに、しかし決然とした口調で二人へ告げた。
「俺が直接、王渙様の屋敷へ行く。この証拠をすべてお見せし、不正を直ちに改めるよう、男として、婿として、誠心誠意お願いしてくる」
その言葉に、リアが驚いて顔を上げた。
「待って、阿卓! そんな馬鹿正直に乗り込んでいったら、相手がどんな手に出てくるか分からないわ!」
「分かっている。だが、王渙様は王綏を育ててくださった恩人であり、俺にとっては大切な、第二の父上だ。頭ごなしに役所へ告発するような真似はしたくない。誠意を持って話し合えば、きっと分かってくださるはずだ」
それは、あまりにも無垢で、危ういほどの優しさだった。
仲穎は二人を安心させるように一度だけ微笑むと、上着を羽織り、帳簿を懐へと仕舞い込んだ。
「夜更けにすまない。良、木蓮、少し出てくる。留守を頼むぞ」
部屋を出た仲穎は、邸を守る二人にそう短く声をかけると、そのまま夜の闇の中へと、一人で馬を走らせていった。
夫の背中を見送る王綏とリアの胸には、拭いきれない不吉な予感が、黒い影のように広がっていた。




