第三十四回
あの互市をめぐる対話から、さらに一年の歳月が流れた。
王綏が仲穎との間に最初の子――瑞々しい産声をあげた、愛らしい長女を出産した。
この董家にとって最大の慶事の折、邸に新たな足音が加わった。
王綏が酒泉の実家から呼び寄せた、古くから彼女に仕える女性の使用人、木蓮(もくれん:25歳)であった。
その木蓮の参入は、男所帯だった董家に、これまでにない鮮やかな調和をもたらした。彼女は正しき主母である王綏の豪族としての矜持を誰よりも理解し、同時に、リアが差配する西域の交易の知恵にも深い敬意を払った。表の礼節を守る正妻の王綏と、裏の財政を賢く支えるリア。邸内を動かす二人の絶妙な距離感の間に立ち、不器用な良に代わって細やかな雑事を手際よく捌く木蓮の仕事ぶりは、まさに冷たい早春の枝に毅然と咲く白き大木そのものであった。
そして木蓮が加わったことで、最も静かな、しかし確かな変化を見せたのが、従者の良であった。
これまで孤独に、黙々と怪力仕事をこなしてきた良にとって、木蓮は初めて「同じ使用人」という目線で背中を預け合える、最高の同僚であった。二人の連携に、無駄な言葉は一切必要なかった。
良が何も言わずに山のような薪を抱えて台所に現れれば、木蓮は驚きもせず「ありがとう、良さん。そこに重ねておいてね」と、手際よく場所を空ける。木蓮が大きな大鍋を火にかけようとした瞬間には、横から良の無骨な太い腕が自然と伸び、その大鍋を事もなげに持ち上げて火床に据える。
お互いに「さん」づけの礼節を保ちながらも、その手元の連動は、まるで長年連れ添った仕事人のように滑らかに噛み合っていた。木蓮が淹れてくれた温かいお茶を、薪割りの合間に良が静かに好み、コクンと嬉そうに深く一度だけ頷く。そんな言葉を超えた阿吽の呼吸が、孤独だった良の心の氷を、日常のなかで少しずつ、確かに溶かしていった。
長女の誕生からさらに数ヶ月、庭では、かつてガルから仕入れた赤毛の馬が、ようやく3歳という調教の時期を迎えていた。
骨格が固まり始めたとはいえ、未だ人間を乗せることすら拒む獰猛な野生馬の前に、仲穎は日夜、素手で立ちはだかっていた。ガルの残した『もっと自分の直感を信じろ』という言葉を胸の奥で反芻しながら、書物の兵法に頼り切っていた自らの生真面目さを捨て去るように、馬の首を強引に抱え込み、その野生と真っ直ぐに対峙し、手懐けようともがいていた。
役所へ赴けば、相変わらずそこには同い年の隊長・馬元義がおり、共に多くの兵を動かす過酷さに苦戦しながらも、民の悲痛な苦情を文官へ届けるために汗を流す、気の合う同僚としての日常が続いていた。
主母・王綏の凛とした統率、阿吽の呼吸で家事を切り盛りする良と木蓮の絆、そして実直に任務をこなす仲穎の足元で、董一族という大河は、静かに、しかし確実にその水量を増していた。




