第二十七回
市場での買い出しと交易の差配を終え、良が曳く荷車が臨洮の邸へと戻る頃、西方の空は群青の闇へと移ろいつつあった。
荷車に山と積まれた薪や炭、あるいは民からの恩義の品々を、良は黙々と邸の奥の倉へと運び込んでいく。その手際の良さは、いまや一族の生活のすべてをその背に背負う土台としての風格を帯びていた。
リアは文机の前に座り、今日手に入れた毛織物や薬草の木簡を静かに整理していた。
「ーーーリア様、よく来られたーーー」
昼間、市場の民から掛けられたその言葉と、彼らの温かき眼差しを思い返し、リアは灯心の炎を見つめながら、困ったような愛想笑いを小さく浮かべた。己はただ、阿卓の主たるこの董一族の家と、その帰る場所を守りたい一心で動いているに過ぎない。民からの過分なる敬意に気恥ずかしさを覚えつつも、それゆえにこそ、この一族の財布をいささかも枯渇させてはならぬと、木簡を握る指先に力を込める。姉様が命を賭して街の兵糧庫を護り抜いたように、己もまた、この家を底から支え抜くのだと、静かに胸の奥で誓っていた。
夜も更けた頃、外門が静かに開き、漆黒の玄衣を戦塵に汚した阿卓が帰還せし。
下級武官として、あるいは治安維持部隊の頭として、一日中荒野の境界を見回っていたその体躯からは、いまだ鋭き武人の気が立ち上っていた。
足元でサミルが尾を振って出迎える。阿卓は無言でその頭を一度撫で、板の間へと上がった。
「お帰りなさい、阿卓。今日も遅かったのね」
リアが文机から立ち上がり、手際よく大椀に麦の飯を盛り付ける。すぐさま良が沸かしたての温かき湯と、手拭いを運んでくる。阿卓は良の手から手拭いを受け取り、顔にこびりついた荒野の泥を拭った。主の顔には、かつての青き焦燥は消え、ただ一族と民を護る者としての寡黙なる威厳が宿っている。
良が台所から運んできた大釜には、市場の民が気前よく分けてくれた極上の干し肉と、大麦をじっくりと煮込んだ粥が、豊かな湯気を立てていた。
三人は飯椀を囲み、静かに箸を動かす。
外の荒野には未だ飢えと賊の影が潜む。しかし、この広き邸の奥、湯気の向こうにある三人の佇まいには、それぞれの役割を完璧に全うし、互いの命を支え合っているという、血の繋がりを超えた真の家族としての盤石なる紐帯が満ちていた。
阿卓は何も言わず、民の施してくれた干し肉を噛み締める。
その眼光には、師匠・アランが命を賭して守ったこの臨洮の民を、今度は己の武力を以て未来永劫護り抜くという、静かなる誓いが、夜の深まりと共に黒々と宿っていくのであった。




