第二十六回(私邸を支える者たち)
阿卓が治安維持の部隊を率いて荒野へと出陣せし後、臨洮の邸の大きな木門が再び開き、一台の頑強なる木製荷車が引き出された。
車を曳くは良なり。
その骨躯は一族の誰よりも厚みを帯び、麻衣の袖から覗く腕は鋼の如く引き締まっている。荷車の上には、邸での日々の営みに欠かせぬ塩や木炭、大麦の袋のみならず、リアが羌族の使者から買い付けた羊毛や薬草の包みが、山のごとく高く積み上げられていた。普通なれば牛馬を以て曳かせるべきその重量を、良はただ一人の肉体を以て、額に僅かな汗を浮かべるのみで、平然と前へと進めていく。その寡黙なる横顔には、一族の重荷をすべて背負わんとする鉄石の意志が宿っていた。
その傍らを、軽やかな足取りで歩むはリアであった。
亜麻色の髪を風に靡かせ、懐には小銭を納めた革袋と、取引を記すための小ぶりの木簡を抱えている。年上としての落ち着きと、独自の商才が、その佇まいに確固たる気品を与えていた。
「良、まずは東の角の問屋へ向かいましょう。あそこの主は、西方の乾物に目が無いの。ムルが遺していった羌族の細工物と引き換えに、上質な鉄釘と油をふんだくってやるわ」
リアは良の横顔を見上げ、悪戯っぽく微笑みながら口調を弾ませた。同じ年月を生き、共に阿卓の背中を守ってきた同い年の良に対し、リアは実の弟を慈しむかのような柔らかな情愛を向けている。良は言葉を返さぬ。だが、リアの言葉を深く聞き届けるように小さく顎を引き、車輪を力強く回していく。足元では、サミルが周囲の往来を鋭い眼光で払いながら、二人の先頭を誇らしげに歩んでいた。
臨洮の市場は、辺境の地ながら、漢の民と西方の異民族が入り混じる熱気に満ちていた。
大路を進む董一族の荷車を見るや、行き交う民や商人たちが、次々と敬意の眼差しを向け、道を譲っていく。先の匈奴の急襲において、アランが命を賭して街の兵糧庫を守り抜き、若き主・阿卓が治安維持の役人として荒野の賊を圧していることを、民は誰一人として忘れてはいなかった。
「おお、リア様、よく来られた。これはな、一番に仕入れた極上の羊毛だ。いつものように安くしておくから、持っていっておくれ」
「良! 相変わらず見事な働きぶりだな! ほら、これは気前よくおまけの干し肉だ、車に乗せな!」
市場のあちこちから、親しげな、そして二人の毎日の確かな仕事ぶりを称える威勢のよい声が飛ぶ。アランへの恩義をその妹たるリアの姿に重ねつつも、いま目の前で実直に大路を往く二人の気風の良さを愛し、民は笑顔を以て手を差し伸べていた。
「そんな……『様』だなんて、やめて頂戴。私はただ、姉様が命懸けで守ってくれたこの街で、我が家を支えているだけなのだから……」
リアはそう呟き、頬を僅かに赤らめて困ったような愛想笑いを浮かべた。敬われ、奉られる呼称には未だに慣れず、民の温かき眼差しに気恥ずかしさを隠せぬ様子で、小さく首をすくめる。その佇まいには、亡き姉の偉大なる影を常に背負い、己の非力を自覚しつつも、それゆえにこそ一族を支えんとする意志が滲み出ていた。
リアは民からの贈り物を、感謝を込めて丁寧に受け取りつつも、他所の老練な商人が粗悪な品を売ろうとするのを見るや、その困り顔を一転させて鋭き瞳を向けた。
「その毛織物、内側の織りが甘いわ。都でいま流行っている編み方とは程遠い。西国のあくどい商人だって、これには十銭も出さないわよ。その値の半分なら、良、荷車に積みなさい」
良はリアが指し示した重き品を、強靭な肉体を以て、まるでおもちゃでも扱うかのように片手で持ち上げ、次次と荷車へと積み上げていった。
二人の息の合った動き、そして市場の民との間に流れる確かな恩義と信頼――。
それこそが、戦なき日常の中で、董一族がこの臨洮の地に深く、深く根を張り、来るべき激動の時代に備えて富を蓄えている確固たる証であった。




