第十八回
実父・董君雅の喪が明ける間もなく、隴西太守・王奐は、悲しみに暮れる董一族を冷たく突き放すことはしなかった。それどころか、実の父親の如き深い慈愛を以て、仲穎と董旻の兄弟を太守府へと温かく迎え入れたのである。
その夜、太守府の講堂には、夜を徹して一条の明かりが灯り続けていた。
「知の道」を歩まんと欲する次子・董旻の前に積まれたのは、幾星霜を経て古びた竹簡の山であった。王奐は自らその竹簡に明かりを寄せ、我が子に教え込むように熱を込めて語りかけた。
「董旻よ。文字は刃よりも多くの民を殺し、また生かす。中央の洛陽という伏魔殿で生き抜くためには、ただの法理のみならず、統治の根幹たる義理の重さを知らねばならぬ」
董旻は深く息を吸い、その言葉の一言一句を脳裏に刻みつけるように、冴え渡る双眸で文字を追う。その足元には、忠犬サミルが静かに伏せ、主人の決意を見守っていた。洛陽の陰謀から兄を、そして一族を朝廷の内から助けるという文官への誓いは、この夜の講義を以て、確固たる智慧の骨格となって董旻の内に据えられた。
明くる朝、兵舎の重き扉が開かれ、正式に武官(府吏)となった仲穎が王奐の前に呼び出された。
王奐は慇懃に頭を垂れる若き将を見つめ、卓の上に置かれた一つの長持を開いた。中に納められていたのは、美しく磨かれた儀礼の鎧などではない。幾度も血を吸い、凹みを叩き直された、戦場を幾度も生き抜いてきた太守府家伝の重厚なる鉄具足であった。
「仲穎よ。これを纏い、涼州の、いや天下の盾となれ」
王奐の放つ言葉は温かく、しかし武官の長としての厳かさに満ちていた。
仲穎はその鉄具足の前に跪き、両手でその兜を捧げ持つ。ずしりと両腕に伝わる鉄の重みは、亡き父・君雅の不器用にして実直なる面影そのものであった。
太守・王奐という男の本質には、先般の金銀強奪事件を国境の野盗の仕業として処理した欺瞞があることを、仲穎はすでに知っている。胸の奥底には、今なお割り切れぬ重き澱が沈んだままである。しかし、目の前で我が子の如く慈愛を注ぎ、家伝の具足を惜しみなく授けてくれるこの老太守の姿もまた、偽りのない真実であった。
(この御方は、欺瞞を抱えながらも、我らを守ろうとしてくださっている――)
最高に生真面目にして実直なる仲穎の胸には、王奐という「第二の父」への絶対的な忠誠心と、受けた大恩には命を以て報いるという、至純なる義侠心が深く深く刻み込まれた。衣の内、リアから贈られた『緑の組み紐』の存在を確かめるように胸に手を当て、仲穎は覚悟を秘めた声で応じた。
「謹んで拝命仕る。この具足を纏い、王奐様の御恩と、涼州の民のために、我が身を賭して戦場の防波堤となりましょう」




