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第十三回

師匠アランへの弟子入りを果たし、中庭での過酷な基礎の鍛錬が始まってから、数月すげつが流れた頃のことであった。


ある夜、仲穎ちゅうえいは、自警団の夜間巡察の職務として、臨洮りんとうの町を静かに見回っていた。背後には、大柄な肉体を隠すように夜衣をまとい、武器も盾も持たぬ素手のまま、ただ影の如く従うりょうが無言で控えていた。さらに董旻とうびんの足元で育ったあの精悍な成犬――サミルも、音もなく夜闇の匂いを嗅ぎながら随行していた。


巡察の足が、父・君雅の無二の知己であり、仲穎にとっては正義の象徴たる隴西ろうせい太守・王奐おうかんの館の近くへと差し掛かった、その時であった。


同行していた忠犬サミルが、不意に足を止め、低く唸り声を上げて喉を鳴らした。

仲穎が鋭い視線を闇へと向けると、太守館の重厚な土壁の影から、不気味な一団が音もなく現れるのが見えた。


その中心にあったのは、一台の荷車にぐるまであった。荷台には、鉄帯で厳重に縛られた重々しいつづら箱がいくつも積み上げられており、その車輪を、訓練を重ねた刺客たちが音もなく囲んで護衛しながら、闇夜に紛れて引き出していく。館の奥から莫大な機密や富を強奪した、あまりにも組織的で冷徹な光景であった。


(野盗ではない……!)


仲穎の武人の直感が、瞬時に警鐘を鳴らした。国境の野盗たちの粗野で荒々しい足音とは根底から異なる、寸分の乱れもなく統率された、不気味なほど静かな一団の気配。それは、闇に紛れて一国の主の首を狙い、その莫大な財貨を掠め取らんとする、正体不明の不気味な一団のそれであった。


「待ちなさい! 何者だ!」

仲穎は鈴の音のように澄んだ声で一喝し、愛馬の腹を蹴った。良もまた、素手の拳に凄まじき剛力を込め、主を護るべく即座に地を蹴って突入する。


黒装束の影たちは、仲穎たちの接近を察するや否や、一切の声を上げぬまま流れるような動作で散開し、荷車を護るようにして館の裏手の複雑な路地へと逃走を図った。


仲穎は馬上で漆黒の名弓『骨喰』を引き絞り、荷車を引く影の足を正確に狙って一矢を放った。しかし、刺客たちの身こなえは尋常ではなく、放たれた矢は僅かに衣服を裂くにとどまり、影たちは国境の深い夜闇の彼方へと、あの重々しい金銀の荷車を引いたまま、文字通り煙のように姿を消してしまった。


「くっ……取り逃がしたか……」


仲穎は馬を止め、己の連射能力の不足と、実戦におけるあと一歩の技術の壁に、再び苦い悔しさを滲ませた。良もまた、一歩届かなかった自らの拳を静かに見つめ、無言で悔しさを滲ませている。


そこへ、騒ぎを聞きつけて合流したのが、近くの市場で物産の夜間取引の確認を終えたばかりのリアと、兄の身を案じて同行していた董旻であった。


「阿卓、大丈夫!? 怪我はない?」

リアが気さくな、しかし心配そうな声を弾ませて駆け寄る。


「ええ、僕は大丈夫です。ですが、太守殿の館から莫大なつづら箱を積んだ荷車を持ち去る一団を取り逃がしてしまいました」


仲穎が悔しげに唇を噛む中、董旻の足元にいたサミルが、刺客たちが消え去った地面の草むらを熱心に嗅ぎ、一寸の布切れを咥え上げて主の前に落とした。それは、仲穎の放った一矢が、刺客の衣の裾を切り裂いた際に落ちた遺留品であった。


リアがその布切れを拾い上げ、月光に透かした瞬間、彼女の持つ「砂塵の耳目」としての確かきが、鋭い真実を捉えた。


「……阿卓、これ、涼州の布じゃないよ。西域の織物でもない。これはね、漢の都――洛陽の宮廷や高官の邸でしか使われない、極めて上質で稀少な、絹の白紗はくしゃの裏地だよ」


リアの言葉に、董旻が一瞬にしてその裏にある恐るべき本質へと繋がった。

「朝廷の……白紗……。兄上、これは国境の不条理な野盗などでは断じてありません。太守・王奐殿の命を狙い、あるいはあの荷車に眠る莫大な金銀を奪うために、都の権力者が放った、音もなく統率された『朝廷の刺客』です……!」


まだ幼き少年の口から放たれたのは、あまりにも重く、冷徹な仮説であった。

あの強奪された荷車の中にあったものは、都の高官たちを揺るがす秘密の書状か、あるいは彼らが喉から手が出るほど欲した国境の莫大な富なのか。


この時、逃げ去る荷車の轍を見つめながら少年の胸に深く刻まれた「都の役人は、あのような荷車一杯の金銀や権力によって動かされている」という冷酷な気配。

夜風が太守館の軒を冷たく揺らす中、仲穎と董旻は、国境の平穏な楽園のすぐ裏側で蠢く、巨大な朝廷の凶刃の気配を、その身に冷え冷えと感じていた。

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