第十一回
初陣の手痛い任務失敗から、僅か数日後のことであった。
臨洮の北方に位置する渓谷の集落が、再び大規模な野盗の群れに襲撃されたとの急報が太守府へと届く。自警団へ再びの出動命令が下ったその時、董家の邸の門前に、一張の強弓と一閃の曲刀を背負い、見事な駿馬に跨ったアランの姿があった。
これまで仲穎の目に映っていたアランは、傷が癒えた後も、邸の中で静かに身体を休めている異国の女性にすぎなかった。言葉の壁もあり、普段は物静かに過ごしている彼女が、なぜ今、完全な武装を施して戦場へ赴こうとしているのか。
驚き、物静かに問いかける14歳の仲穎に対し、アランは未だたどたどしい片言の漢語で、しかし武人の厳格な響きを湛えて短く答えた。
「アタク、一矢、イイ、ダケド、次、遅い。戦場、シヌ……ワタシ、行く。」
アランの傍らには、流暢な通訳として、そして姉の意志を正確に伝えるために馬を寄せる16歳のリアがいた。リアは気さくなお姉さんの口調の中に、客将としての真剣な眼差しを宿して阿卓を見つめた。
「阿卓、姉様はね、阿卓の弓の才覚を誰よりも認めているからこそ、実戦の泥臭い戦い方をその目で見せてあげるって言っているの。董家の客将として、主の長子を無駄死にさせるわけにはいきないもんね」
仲穎は、家でゆっくりしていた彼女の内に秘められた、深い至誠と配慮に胸を打たれ、深く一礼した。大柄な体躯に重厚な大盾を背負った14歳の良もまた、無言で愛馬の腹を蹴る。こうして、若き自警団の戦列の内に、西域の恐るべき野生が静かに従軍することとなった。
渓谷の集落は、すでに煙と怒号に包まれていた。
初陣の時を遥かに凌ぐ20人近くの悪党どもが、略濯した家畜や財貨を抱え、不規則に馬を駆って集落を蹂躙している。団長たちの下す漢の陣形や指示が混戦の中で乱れる中、仲穎は再び西域の強弓を引き絞り、抜群の才覚で最初の一人を正確に射落とした。
しかし、悪党どもはすぐに散開し、左右の岩陰から仲穎たちへと牙を剥く。初陣の時と同じく、二の矢、三の矢をつがえる漢の作法の手数が僅かに遅れた、その刹那――。
仲穎の真横を、一陣の烈風が駆け抜けた。アランである。
「――ハッ!」
アランの乗る駿馬が、岩肌を激しく蹴って跳躍する。仲穎の目が驚愕に見開かれたのは、その直後のことであった。
アランは手綱から完全に両手を離していた。激しく上下に揺れる馬上で、彼女は右の手で弓を引き絞り、間髪入れずに左の岩陰の敵を射落としたかと思うと、その反動のまま、瞬時に弓を左の手へと持ち替えた。そして、今度は左の手で寸分違わぬ威力の一矢を放ち、右の背後から迫っていた敵の胸を正確に貫いたのである。
左右どちらの手でも等しく矢を放ち、馬上の全方位へ間断なく死の雨を降らせる、圧倒的な速射と連射の連鎖。それこそが、西域の砂漠を生き抜くために生み出された神技「左右馳射」の正体であった。
さらに、矢を射尽くして肉薄してきた敵の首領に対し、アランは弓を背負うと同時に、腰の一閃たる曲刀を鮮やかに引き抜いた。漢の直刀とは異なる、三日月のごとき湾曲を描く刃が、夕日にきらめく。
アランは馬をすれ違わせる一瞬の刹那、その曲刀を円を画くように滑らかに振り抜いた。刃の風切り音すら置き去りにするような一閃。敵の首領が持つ長槍は、根元から綺麗に両断され、悪党どもはその圧倒的な武の威圧感の前に戦意を完全に喪失し、散り散りに敗走していった。
アランの至高の武芸によって、自警団の任務は見事に完遂された。
しかし、戦場に立ち尽くす仲穎の耳には、団長たちの歓声も、民の感謝の声も届いていなかった。少年の生真面目な瞳には、家での穏やかな姿からは想像もつかなかった、今しがた見解めたあの左右馳射のあまりの凄みと、曲刀の鮮烈な軌道だけが、焼き付くように残っていた。
(これだ……。僕が、馬上での限界を破るために、心の底から渇望していたのは、この技だったのだ)
天性の武のセンスを持つ少年だからこそ、その技の持つ恐るべき実戦の合理性と、それを支える強固な器の尊さが、誰よりも深く理解できた。
夕暮れの涼州の乾いた風が吹き抜ける中、仲穎は自らの内に眠る獣の目覚めを予感しながら、客将アランの凛とした背中を、深い畏敬の念をもって見つめ続けていた。




