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第九回(西暦158年)

永寿四年(西暦百五十八年)

あの砂塵舞う国境の十字路での、名も知らぬ野生の少年、あるいは燃えるような赤毛の仔馬との強烈な出会い――。その衝撃が仲穎の胸の奥深くに鮮烈な熱量を残したまま、涼州の果てなき大地には数年の歳月が流れていった。


漢王朝の威光がいよいよ陰りを見せる中、董家の邸の中だけには、驚くほど穏やかで豊かな日常が満ちていた。


かつて市場で理の盾を掲げて弱きを護った仲穎ちゅうえいは、今や14歳を超え、地方の有力者が募る自警団の末席に名を連ねるまでに逞しく成長していた。涼州の厳しい風土は彼の骨格を日に日に大きくし、その体躯は並の武官を凌駕するほど頑健である。しかし、実父・董君雅とうくんがの教えである「礼儀」と「誠実」の二文字をその身に体現する、物静かで丁寧な佇まいは、今なお変わってはいない。


実弟の董旻とうびんもまた12歳を超え、兄とは異なる地頭の良さを現し始めていた。彼は人の内面を鋭く察する瑞々しい感受性を持ち、己には兄のような武の才がないことを早くに悟っていた。それゆえ、いずれは文官として役人の道を進み、知恵をもって兄を裏から支えるのだという静かな決意を、その小さな胸に秘めている。自衛のための武芸の型もしっかりと身につけており、決して弱くはない。


そして、その兄弟を支えるように、董家の邸の者たちの役割もまた、長い時間をかけて確かな形を結んでいた。

14歳となった使用人のりょうは、大柄で底無しの怪力を有する若者へと成長し、邸内の力仕事や雑用を一手に担う家政の要となっていた。良は外への買い出しの折には常に主らの護衛を務め、街中ではただその自慢の素手と肉体のみで不意の暴漢を叩き伏せる。そしていざ本格的な戦場へ自警団が出動する時には、仲穎の影となってその背後を重厚な大盾で守る、寡黙なる至誠の盾であった。


その良と共に外へ出て、董家の資産を裏から支えているのが、16歳となったリアであった。美しい亜麻色の髪を涼州の風となびかせ、交易の商人たちと西域の言葉で自在に渡り合う彼女は、緑洲おあしすの潤いや交易品の売買を完璧にこなし、董家に豊かな富をもたらしていた。


さらに邸内に戻れば、リアにはもう一つ、欠かせない役割があった。


客将として董家に身を寄せる姉のアランは、西域の猛禽をも落とす至高の弓の達人であり、同時に一閃の曲刀をも鮮やかに使いこなす、恐るべき武芸の達人であった。しかし、異国の言葉を覚えることだけはどうしても苦手であり、未だ漢の言葉はたどたどしい片言しか話せない。それゆえ、アランが身をもって示す厳格な武芸の手ほどきや、その片言の言葉の奥にある真意を、仲穎たちへと正確に繋ぐためには、流暢な通訳を務めるリアの確かな知性が、どうしても不可欠の懸け橋であったのだ。


「阿卓、またそんなに難しい顔をして書物を読んでる。少しは目を休めないと、せっかくのいい男が台無しだよ」

ある日の午後、買い出しから戻ったリアが、中庭で書物を広げていた仲穎に、気さくで瑞々しい声をかけた。その呼び方は、幼き日に廊下の片隅で「緑の組み紐」を交わしたあの時から、何一つ変わってはいない。


「お帰りなさい、リア。良も、重い荷をありがとう。……いえ、父上のような立派な公人になるためには、まだまだ学ばねばならぬことが多くて」

仲穎は広げていた竹簡を静かに閉じ、鈴の音のように澄んだ、最高に生真面目な声で微笑んだ。その衣の奥には、今も変わらず、リアから贈られた緑の組み紐が大切に肌身離さず守られている。


あの市場での出会いから、心に静かに澱のように残り続ける、力への渇望。少年たちは未だ純粋な正義を信じ、それぞれの牙を、そして知性を静かに磨き上げていた。しかし、この平穏な日常のすぐ裏側に、自警団としての過酷な初陣、周辺の治安を脅かす不穏な影が迫っていることを、この時の彼らはまだ知る由もなかった。


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